第13話 煮詰まると 一発逆転 欲しくなる
タヌヌ王国領 マラクス
ふかふかの寝床で寝たからか、起きたのは昼下がりだった。
身体を起こすと、部屋の隅に寄せていた大蜥蜴が起き上がってこちらを見ている。
死んでたよな、と思って近寄るとなぜか頭を下げられた。
これって
シモ爺が確か言ってたな。
瘴気に晒された死体は起き上がって
でも
なぜか頭を下げられてしまった。
ひょっとして神判の力を使うと、こうなるのかな。
オレが部屋を出ていくと、カルガモの親子のように後ろを大蜥蜴が付いてくる。
いや付いてこられてもさ、オレはどうしていいのかわからない。
せめて話ができればいいんだが。
そこでふと閃くものがあった。
「なぁどこかに地図はないかな? この建物の中に地図があるんなら連れてって欲しいんだけど」
大蜥蜴はコクリと頷いて先導するように歩きだした。
おお、言葉が通じるじゃないか。
案内されつつ二階へ。
重厚感のある金属の扉がついた部屋を開けると、そこは領主の執務室のようだった。
壁に大きな地図がかかっている。
「おお、これこれ」
この世界は北が上なんだろうか。
素朴な疑問がうかんだが、気にせず地図を眺める。
といっても何ともファンタジーな地図だ。
前世のような詳細なものじゃなくて、なんとなく位置関係が掴める感じか。
ちなみに地図に書かれている文字は読める。
翻訳さん、いつもお仕事ありがとうございます。
地図を見ると、下の方にヨア大峡谷とあるのを見つけた。
たぶんここがあのカルト教団の祭壇があったところなんだろう。
そこから少し上に書かれているのが辺境領都だ。
他に大きな町のような記載がないから、この場所がそうなんだと思う。
ああ、大蜥蜴に聞けばいいのか。
ここの場所を指さしてもらうと、やっぱり辺境領都と書かれた場所だった。
ただ地図の上の方は王都と書かれた場所しかない。
暗雲の森という表記がないから、大蜥蜴に聞いてみる。
「暗雲の森って聞いたことある?」
大蜥蜴は首を横に振った。
「もっと他の場所まで書かれた地図はある?」
またしても大蜥蜴は首を横に振る。
「じゃあそんな地図がありそうな場所はわかる?」
大蜥蜴が王都と書かれた場所を指差す。
そりゃそうだわな。
うし、とりあえず王都に行くにはと確認する。
あの大きな河沿いに行けば地図の上に行けばいいのか。
おっとここの確認しておかなきゃ。
「この地図って北が上でいいんだよな?」
今度は首を縦に振ってくれた。
おし、次の行き先が決まったぞ。
王都へ行こう。
そして地図を探すんだ。
リオアハン教国 総教主執務室
リオアハン教国の総教主執務室に聖女と聖騎士団長シドニーが集まっている。
聖女ミカリンが癒やしの女神アハテポテリアから信託を受けてから、定期的な会合を持っているのだ。
そして今回はシドニーから総教主と聖女の二人に告げられたのは、密かにタタヌ王国の辺境領へと派遣した骨幹の
「全滅……したと言うのか」
総教主の呟きにも似た言葉にシドニーは首肯する。
そしてシドニーを見た聖女ミカリンは大きく息をはいた。
「はい。今回は
「それは町に住む人たちが皆殺しにされたってこと?」
「その可能性が高いだろうな。ただ後方要員も中へは入れずに遠目から確認したのみだ」
「確かにそのような場所に立ち入るのは、いかに骨幹の
総教主レカサワエルが腕を組む。
「シドニー、その後の報告はあるのか」
「骨幹の
「迂闊に近づけば
シドニーがミカリンを見つめて大きく頷く。
「このまま北上するのなら次はタヌヌの王都、その次は我が国の南方領に進行される可能性が高いです」
「……真正面からぶつかるのは愚策であるな」
総教主の言葉に思い沈黙がもたらされる。
その沈黙を破ったのは聖女ミカリンであった。
「ねぇシドニー。ふと思ったんだけど、このゴブリンって無差別に動いていないわよね?」
「明らかに北に向かっているね」
「なぜ北なのかしら? そこに何か理由があるんじゃない? 例えばだけど……故郷に帰りたいだとか」
形の良い顎に指を当てながらミカリンは自分の考えを言語化していく。
「例えば知性のないゴブリンだとすると、わざわざ制圧した辺境領都を捨てるかしら」
ミカリンの言葉にシドニーは首肯するも反対の意見を出した。
「だが
「それを忘れていたわ。そうよね。でも……なにか動きが気になるのよね」
ミカリンが黙したのを見て、総教主レカサワエルが口を開く。
「レヌの大河に沿って移動しているだけかもしれんが、確かに指摘されれば何か意図があるのかも……」
”ああ”とミカリンは手を打つ。
「シドニー、総教主さま。私、なにかモヤモヤしていたのですが、その正体がわかりましたわ」
二人が”ほう”と声を揃えた。
「このゴブリンをゴブリンと考えるのではなく、知性のある存在として考えるべきなのです。そう私たちと同じようにです」
「知性なき魔物がすることではなく、知恵のあるヒト種と同じように見る、ということか」
シドニーは口にしたものの、表情からも半信半疑といった感じだ。
実はミカリンの考えは正鵠を射たものである。
しかしそのことをシドニーも、総教主も知らないのだ。
結論の見えない煮詰まった会議では、話をどれだけ続けても建設的な意見がでないものである。
それを嫌ったミカリンが行ったのは、煮詰まっているのだから発想を変えようという思考だ。
常識的な考えを捨てて、感情的な面でのみ考えてみれば、理解できることがあるかもしれないと考えたのだ。
「では聖女はゴブリンが故郷に帰りたい、そのために北進していると考えているのか?」
レカサワエルの問いにミカリンは大きく首を縦に振った。
「じゃあゴブリンは自分の故郷がなぜ北部にあるとわかったんだい?」
「地図を見たのではありませんか?」
「は?」
「地図?」
シドニーと総教主の二人が眉根を寄せた。
当然のことだが地図を読むというのも知識がないとできないことだ。
その知性がゴブリンにあるとは、二人にはとても思えない。
言語を理解することとは、また別のことだからだ。
論理的に考えれば、ゴブリンごときにそんな真似はできないのである。
そこまで発想を飛躍させることが、二人にはどうにも無責任なようにも思えるのだ。
「そう地図ですわ。辺境領都は城塞都市でもあると聞きます。周辺の地図くらいはあるでしょう?」
確かにその言葉は間違っていない。
いないのだが、二人はミカリンの言葉に素直に頷けないのである。
地図、地図かと総教主は思う。
その可能性を否定できるだけの材料もないのだ。
単純な話、自分の中にある常識との戦いになっているとも思う。
いや聖女の考えに縋りたいだけなのかとも考えている。
「……しばし休憩としようか。少し私も考えをまとめたい」
とりあえず休憩を入れることで、総教主レカサワエルは冷静になりたかったのだ。
それほどミカリンの言葉は衝撃的だった。
祝福を持ち、言語を理解するゴブリンは神から逃れることのできない災厄とされた。
しかし……もしミカリンの言葉が真実なら、僅かに光明が見えたかもしれない。
どこかで接触できるのなら、城塞都市ラモヌイーへと誘導できる可能性がある。
彼の地に住まう者には悪いが、そもそもあの災厄を連れ出したのだ。
その責任を取るには十分な理由があろうと、レカサワエルは考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます