第12話 不味くても 美味いと感じる メシがある


タタヌ王国辺境領都内 マラクス


 惨劇の現場を後にしたオレは町の中に侵入していた。

 あちこちから悲鳴が重なるように聞こえてくる。

 既に用済みの町だと思ったら大間違い。

 オレとしてはやりたいことが三つあるのだ。


 そのために領主の館と思われる、町一番の大きな建物を目指す。

 城というほど大きくはない建物がある。

 その無骨な外観からすると、小さめの要塞といった方が正解なんだろう。

 普段はあの蜥蜴やら騎士たちが詰めているのかな。

 ただそいつらは全員オレが殺したからね。

 ほぼ無人になっている要塞の前に降りて、中へと入っていく。


 バカでかい蜥蜴人の像が置いてあるんだけど、自己主張が激しいタイプなのか。

 こんなことしなくても目立つだろうに。

 適当に歩いて、手当たり次第にドアを開けていく。

 三つほど空振ったところで、ようやく正解を引けた。


「ビンゴっ!」


 厨房だ。

 悲鳴をあげている料理人たちがいるけれど、サクッと隅の方へ蹴飛ばしておく。

 おお!

 ある、ある。

 調理済みの料理が山のように、だ。


 まぁオレとの戦いを終えたら宴会でもする予定だったのかな。

 大ぶりの鍋の中にはシチューらしきものが見える。

 でっかい肉の塊を焼いたものもあった。

 他にはパンとか、サラダっぽいもの、魚を焼いたもの、色々とある。

 これは楽しみだ。


 とりあえず手近にあった肉の塊を手にとってかぶりつく。

 どうせオレ以外に口をつけるものはいないんだ。

 行儀がどうとか知ったことじゃない。

 

 焼かれた肉の香ばしさと、香辛料の刺激が鼻をつく。

 肉を噛み切ると、じゅわとした肉汁が溢れてくる。

 美味い……。

 本当に美味い。

 ずっと求めてやまなかったものだ。

 それがここにはある。


 ゴブリンでも本当に心の底から美味いものを食うと言葉がでない。

 呼吸をする時間すら惜しいと思うほどに、オレは肉の塊にむしゃぶりついた。

 美味い。

 指についた肉汁も舐める。


 酒が欲しい。

 こういう厨房の近くにあるんじゃないだろうか。

 家探しをすると厨房の隣に酒の保管庫があった。

 そこから適当な樽を担いで持ってくる。


 樽の底を力まかせに割る。

 鏡割りかっての。

 適当な器を突っ込んで、ぐいと一息だ。

 うん、酸っぱくて雑味が多い。

 口の中になんかぶどうの皮っぽいのも残る。

 でもしっかり酒の味だ。

 いや美味くないよ。

 オレが前世でよく飲んでた劇安ワインよりも不味い。

 でもよ、懐かしくって涙がでらぁ。


 涙をふきつつ、酒を飲む。

 料理を手にとって食らう。

 至福だ。

 そりゃ前世の記憶からすると、物足りなさはあるけどね。

 ゴブリンのワイルド過ぎる食事に比べれば天国だ。


 腹いっぱいになるまで詰め込んで、厨房を後にする。

 自分の容姿がどうなっているか確認したいんだよ。

 どこかに鏡か、ガラスがないかと要塞の中をさまよってみる。

 この建物は窓もあるけど、全部木製なんだよね。

 上部に蝶番みたいな仕組みがあって、下から持ち上げるタイプのやつ。

 ふだんはつっかえ棒みたいなので窓を開けるんだろうな

 

 なんで横開きじゃないのか、ふと頭に疑問がうかぶ。

 攻められたときに、つっかえ棒外すだけで対応できるからかな?

 知らんけど。


 二階、三階と部屋をうろついていると、ようやく鏡が置かれた部屋を見つけた。

 といってもさほど映りはよくない。

 たぶん領主の奥さんとかの部屋なのかなと思っていると、ベッドの上で喉をかきむしって死んでいるでっかい蜥蜴がいた。

 奥さんなんだろうけど、正直にいってあの領主と見分けがつかん。

 これが種族の差ってやつか。


「ううん」


 鏡の前に立つ。

 黒い。

 人の形をした影みたいだ。

 でも両手がやけに長いな。

 こんな感じだったか?

 背中の翼も真っ黒だけど、なんか質感が違っているから黒でコーディネートしているように見える。

 そんでもって目だけが紅い。

 爛々とした紅色だ。

 あとさ、髪の毛が生えてた。

 黒髪なんでわかりにくいけど、まばらに生える感じじゃなくなって良かった。

 まぁゴブリン生まれ、ゴブリン育ちのオレに見た目はあんまり関係ないけどな。

 

 よし、これで満足できた。

 とりあえずゆっくり寝たい。

 ベッドの上で死んでいる蜥蜴の足を持って、ポイッと捨てる。


 今生で初となる柔らかい寝床は最高に気持良かった。


タタヌ王国辺境領都内 骨幹の異端者シャフトヘレティック 食屍鬼グール


 教国の暗部を担う骨幹の異端者シャフトヘレティックは、一時的に指揮権を移譲されたシドニーの命に従ってタタヌ王国へと潜入していた。

 中でも特に警戒をしていたのが辺境領都である。

 潜入していたのは七日に二度まで生き返ることができる食屍鬼グールと呼ばれる諜報員だ。

 冒険者として活動をしながらの潜入である。

 当然、黒いゴブリンの討伐にも加わっていた。

 噂の真相を確かめるためだが、ゴブリンの力の前にあっさりと一度殺されてしまう。

 復活して現場から逃げ出そうとしたときに、再度得体の知れない力で死んでしまった。

 食屍鬼グールが、二度目の死に戻りをしたとき、周囲は死体で溢れかえっているような状況だ。


 食屍鬼グールとて冒険者の中では上級よりの強さを持っている。

 それがほとんど何をされたのか分からないうちに殺されてしまった。

 死に戻りをした今でも、何をされたのかわからない。

 ただ根源的な恐怖を抱いていた。


 あのゴブリンはゴブリンではない。

 人の身では抗えないナニカである。

 少し思い出しただけでも、食屍鬼グールは全身の肌が粟立つような思いだ。

 嫌な汗がさっきから止まらない。


 アレと正面から戦うなどバカのすることだ。

 どうにかして戦いを回避しないと。

 ギルド長であったウベルトとの戦いを見ていると、会話はできそうである。

 会話ができるのなら、何かしらの条件を提示して教国を……。


「ぐお」


 足に鋭い痛みが走った。

 見れば死体だった冒険者が噛みついている。

 本物の食屍鬼グールだ。


 マズいと思ったときには遅かった。

 次々と死体が起き上がってくる。

 足に噛みついている食屍鬼グールの頭を踏み潰して戦闘態勢を取った。


 骨幹の異端者シャフトヘレティックの仲間はまだ辺境領都に何人かいる。

 しかしあの神判とかいう能力が怖い。

 下手をすると領都内の仲間も死んでいるかもしれないのだ。

 なんとしても情報を持ち帰らないと。


 諜報員食屍鬼グールの絶望的な戦いが始まる。

 食屍鬼グールの持ち味は飽くまでも不意を突いた暗殺に特化しているのだ。

 こうして真正面から一対一で戦うのは得意ではない。

 正確には多体一の状況だ。


 既に囲まれている以上、隠形法を使った目眩ましも効果が薄い。

 いやそもそもアンデッドの食屍鬼グールには、目眩ましの効果があるのかもわからない。


「ちくしょう」


 焦りを滲ませながら食屍鬼グールは両手のナイフを振るう。

 立ち回りも十分にできないのだから、とにかく手数で対抗しなくては話にならない。

 こんなときに魔法を使えればとないものねだりをしても仕方がないことはわかっている。

 それでも食屍鬼グールは願わざるを得なかった。


 自身が信奉する白昼夢の神ザズキゥタに祈る。

 しかし神から答えが返ってくることはないのだ。

 都合の良いことなど起こらない。

 それが残酷な現実である。


 十分もしないうちに食屍鬼グールは数に圧されて倒れ伏した。

 そこに死体が群がって、身体のあちこちに噛みついてくる。

 やがて食屍鬼グールは食い散らかされて、その生命を失った。



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