第6話 ゴブリンを いじめた結果の 大覚醒



カルト教団拠点 贄を奉る祭壇 マラクス


 アハン! オケツ割れるぅ!

 マンマンちゃんが遠慮なくラブを注入してくるのだ。

 お、おお。

 なんか身体が光ってるんだけど。

 これって大覚醒の予感がする。


「あひぃぃぃ!」


 腹の奥底にある熱の塊が弾けて、全身を駆け巡っている。

 まるで足の多い虫が身体の内側を這いずりまわっているみたいじゃないか。

 あたい、ぞくぞくしちゃう。

 

「のっほおおおおおお!」


 なんぞこれ。

 こんなの知らない、初めて。

 全身に電気が走るみたいでビクンビクンしちゃう。


「あばばばばば」


 かと思えば、ものすっごい痛いんですけど。

 完全に遊ばれているような感覚になっちゃう。

 ダメ。

 ンもう新しい世界の扉を開いちゃうわ。


 ぼふんと心臓付近で音がした。

 あ、これあかんやつや。


【おめぇどんだけの怨嗟をためこんでンだ。こりゃ予想以上だな】


 あふんあふんと声が漏れる。


【おい、これからが本番だぞ!】


 ッアーーーー!


【うお、マジでか。こりゃあヤベえ】


「贄が! 贄が!」


 うるせえよ、イカレポンチども。

 ああ、すげぇなこれ。


【おめぇ……ゴブリン・ネメシスって種族になったみたいだぜ】


 マンマンちゃん。

 ゴブリン・ネメシスってなに?


【知らんがな】


 もうマンマンちゃんって名前を受け入れてくれたんだね。

 嬉しいよ。


【受け入れてねぇよ! バカっ!】


 ツンデレなんだから。


【ちげぇよ!】


 ネメシスって確か復讐の神じゃなかったか。

 いや前世の記憶があれ、あれれ?

 まぁいいや。

 マンマンちゃん。

 プギツムトって本当にいるの?

 あいつらが脳内設定で作り出した架空の神じゃないの?


【プギツムトは実在するぜ】


 そうなんだ。

 

【だけどあれぁ外なる神なんだよ】


 なにそれ?


【かんたんに言やぁ、この世界に根ざしていない別口の神ってこった】


 それって交信できるの?


【んんにゃ。なのさ】


 こっちが言ってることもわからなければ、むこうの言ってることもわからないってこと?


【概ね正解だな。だからおれぁあいつらをからかって遊んでンの】


 性格が悪いね、マンマンちゃん。


【悪魔だからな】


「神だ! 我らが神が降臨なされた!」


 イカレポンチどもがひれ伏している。

 なんだこの状況は?


「プギツムト様、我らに慈悲を!」


 あーはん。

 なるほどね。

 こいつらオレを神と勘違いしてるのか。

 そういや随分と視点が高くなった気がする。

 背が伸びたってことか。

 手を見ると、薄汚れた緑色だった肌が真っ黒になっている。

 ん? 背中には翼があるのか。

 漆黒の……白鳥みたいな翼だ。


【おい、そいつらに慈悲をくれてやれよ】

 

 声の感じからニヤニヤしているのがわかる。

 まったくマンマンちゃんったら根っからの悪魔なんだから。

 でも大賛成しちゃう。

 種族が進化したからか、色々と理解できたんだよね。

 この個体には特殊な能力があるってことも。


「神判ですのおおおお」


 オレを中心として力の波動が球形に広がっていく。

 その波動に触れた者は、例外なく過去に犯した罪過に応じた罰を受ける。

 ははは。

 見ろよ、イカレポンチどもは全員が全身から血を垂れ流してやがる。

 悲鳴。悲鳴。悲鳴。

 阿呆どもの悲鳴しか聞こえない。

 阿鼻叫喚の大地獄だ!

 神による罰は罪を償うまで消えやしない。

 オレが神かどうかなんて知らんけど。

 ただ復讐はできる。


 こんなに喜ばしいことはない。

 見てろよ、シモ爺。

 やたらとM字開脚で誘ってくるメスゴブリンたちよ。

 これが地獄だ。

 罪を償うまで絶対に死ねないんだぜ。

 ゴブリンを虫けらだと思ってきた奴らの末路にふさわしいだろう。


 あは。

 あはは。

 あはははは。


【ぎぃやああああ! 痛ぇ痛ぇえええええええええええ!】


 マンマンちゃん?

 まさかキミも巻きこまれてしまったのかい?

 

【赦して、赦してくれよぉう】


 あ。

 お察しします。

 でもごめんよ、マンマンちゃん。

 オレの特殊能力は解除できないんだ。

 なにせ神の罰だから。


 さらば、マンマンちゃん。

 キミの尊い犠牲は忘れないよ。

 超常的な存在の悪魔にも効果があったんだ。

 恐らくニンゲンどもに防げるものではないとわかったよ。


 ありがとう。

 進化させてくれて。

 復讐の機会をくれて。

 キミの言うデメリットはオレには関係ないんだ。

 だってイライトはオレを狂わないようにしているから。

 さっきは嬉しすぎて調子にのっていただけなんだよ。

 だから許してね。

 キミの雄姿は忘れないから。


 じゃあ、オレは行くね。

 あいつらに復讐しなくちゃいけないから。

 また会えるかどうかはわからないけど。

 さようなら。

 マンマンちゃんあーん。


リオアハン教国 聖騎士団 シドニー・アレクサンドル


 トギア大陸で大きな影響力を持つ五大国の筆頭ともされるのがリオアハン教国である。

 その教国の首都にある大神殿にて、聖女と謳われるミカリンが真っ青な顔になって倒れこんだ。

 祈りを捧げる儀式の最中であったため、多くの人間がそれを目撃した。

 聖騎士団の若き団長であるシドニー・アレクサンドルもその一人である。


 聖騎士とは教国における最精鋭だ。

 その団長ともなると人外の領域にまで手が届く存在である。

 特に歴代でも屈指の騎士と呼ばれるシドニーは、聖女の伴侶でもあった。

 闘争の神であるヘララーグの祝福を持ち、教国一の美女を伴侶にしているシドニー。

 そんな彼をやっかむものは少なくない。

 しかし実力を持って黙らせてきたのがシドニーだ。


「ミカリン!」


 聖女の表情から色が抜け落ちていくのを見て、シドニーは愛しい伴侶のもとに駆け寄った。

 どさりと崩れるようにして倒れる彼女を抱き上げる。

 その身体はやわらかく温かかった。

 まだ息はある、と瞬時にシドニーは判断したのだ。


「どうしたんだ?」


「シドニー、ああ、シドニー」


 栗色をした大きな瞳が潤んでいる。

 大粒の雫をそっと拭うシドニーの姿に、こっそり”ほう”と息を吐く女性信者たちがいた。


「災厄がくるのよ、大きな大きな……とても大きな災厄よ」


「なにがあってもキミのことは守ってみせる。だから安心して」


「違うの……シドニー、ああ、私の愛しい人」


「なにが違うんだい?」


「あれは神罰なの。傲り昂った私たちへ、神の怒りなのよ」


「……神の怒り?」


「そう。シドニー、あなたは強いわ。でも違うの」


 聖女ミカリンの顔をジッとシドニーは見つめた。

 左右対称に整った美しい顔だ。

 しかし大きな影がさしている。


「強いだとか弱いだとか……それは関係ないのよ」


「神の怒りだからかい?」


 シドニーの問いにミカリンはこくりと頷いた。


「シドニー、逃げましょう? なにもかも捨てて」


「ミカリン……それはできないよ」


「そう、そうよね。わかっているの、わかっているのよ」


 ボロボロと幼子のように涙を流す彼女をぎゅうと抱きしめる。

 彼女が小刻みに震えていることに、シドニーはそのとき気がついた。

 聖女ミカリン。

 彼女もまた一騎当千の能力を持つ者の一人だ。

 かつてはシドニーとともに、高位アンデッドの封印にも赴いたことがある。

 その彼女がここまで怯えるとは。


 彼女に祝福を与えている癒しの女神アハテポテリアから神託があったのだろうと、シドニーにも推測できる。

 ただどんな内容だったのか……。

 それを確認するのは彼女がもう少し落ちついてからでいいだろう。

 シドニーは彼女を抱きかかえたまま立ち上がった。


「医務室へ行く。道を開けてくれないか?」


 祈りを捧げる信者たちの間を抜けて、シドニーはゆっくりと歩く。

 人の波が割れていく。

 さながら聖者の行進のように。

 シドニーはできるだけ不安を与えないように、胸を張って顔は正面を見据える。

 笑顔は絶やさない。

 それが聖騎士団長であるシドニーの役割だからだ。



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