第4話 モブからよ 返り咲きたる 主人公
城塞都市ラモヌイー ギルド長執務室 ガラオリラ
齢三百歳を超えても壮健なギルド長のボードゥアンを前にして、ガラオリラは言葉を理解するゴブリンについて報告していた。
しかし鍛え抜かれた肉体は健在で、その筋量からくる圧力はガラオリラにしても圧されるものがある。
「以上が今回の報告になります」
そこまで告げて、ガラオリラはテーブルの上に置かれた香草茶に手を伸ばした。
「ガラオリラ、どう思うんじゃ?」
やたらと低音の声が執務室に響く。
大きな声ではないのだが、室内がビリビリと震えたような気がした。
”飽くまでも予測にすぎませんが”とガラオリラは前置きをしてから話す。
「十中八九、件のゴブリンは何らかの神による祝福持ちでしょうね」
ボードゥアンは腕を組みながら唸り声をあげた。
「やはりそうなるんじゃろうな。儂も祝福持ちの魔物は聞いたことがある……」
そこで一旦区切ってから、ボードゥアンは眉間に皺を寄せる。
「……が、ゴブリンの祝福持ちなどとは聞いたことがない」
「でしょうね。私も似たようなものです」
ゴブリンの祝福持ちなど聞いたことがない。
ここで話を終わらせることができるのなら、どれだけ楽だろうか。
城塞都市ラモヌイーを危機に陥れることなど、責任あるギルドの副長にできることではない。
常に最悪を想定しておく必要があるのだ。
最悪がおきなければ、それでいい。
笑い話ですませることができる。
しかしどうにもガラオリラは嫌な予感がするのだ。
それはボードゥアンにしても同じなのだろう。
ガラオリラは短く息を吐く。
「どうします?」
そうなのだ。
どう対応するのかが問題だ。
「確認じゃ、ガラオリラ。件のゴブリンの祝福は言葉の理解と異常な再生能力の二つじゃな」
”はい”と答えて首肯する。
「言葉の理解は大きな問題にはならんじゃろう」
「知恵があるといってもゴブリンですからね」
「問題は再生能力の方じゃな」
ここまではギルド長と副長の両方が同じ考えである。
先にガラオリラが意見を述べた。
「いかにゴブリンといっても魔物には進化がありますからね」
「そこじゃ。高位アンデッドと同等以上の再生能力がどう影響するんか儂にはわからん」
「わからない以上は放置できない」
「そのとおりじゃ」
「かと言って儂らじゃどうにもならん。ガラオリラ、昔の伝手で聖女を呼べんか?」
ボードゥアンの問いにガラオリラは端正な顔を歪めた。
「恐らくは無理でしょうね。個人的に連絡を取ることはできますが、魔王種くらいでないと国外には出られませんよ」
「じゃよなぁ。言うて所詮はゴブリンじゃもの」
魔物としての脅威度は低いのだ。
ゴブリンが過剰な数に繁殖した数の暴力は無視できない。
しかし今回は再生能力があるゴブリンが一匹だ。
ガラオリラやボードゥアンの懸念は、限りなく低い確率でしかない。
それを封印するのに聖女を呼ぶのは無理があるのだ。
聖女と言えば教国における権威の象徴なのだから。
さりとて二人にとって放置していい問題ではない。
どうすればいいのか。
しばらくの間、ギルド長の執務室には香草茶を啜る音しかしなかった。
「私にひとつ腹案があります」
ガラオリラがそう告げると、ボードゥアンが顎で先を促す。
「
”ふむぅ”とボードゥアンが自慢の顎髭に手をやる。
「結局のところですよ。件のゴブリンが我々の手元にあるのが問題なのです」
「厄介払いをしてしまえということか」
「闇ギルドに話をとおしておいて、面倒な奴らに引き取らせてしまえば……」
「仮にゴブリンが進化したとしても、そいつらが餌食になるってとじゃな」
「うむ。それでいこう!」
大まかな方針が決まったことで二人は細かい点を詰めていく。
リヴィツツの刃には正式にギルドから報酬を出すことにした。
ただし三日後に行なわれる
その他にも様々な点を詰め終わったのは、深夜と呼ばれる時間帯だった。
城塞都市ラモヌイー
薄暗い洞窟で生まれたオレは夜目が効く。
っていうかゴブリンなら誰でもそうだけどね。
その夜目をいかして周囲を探る。
どうやらどこかの屋敷に連れてこられたみたいだ。
一メートル四方の檻に入れられていて、ゴブリンの細腕で脱出は無理だと思う。
ちくしょう。
ニンゲンどもめ、いつか必ず復讐してやる。
そうは思うものの、なにもできない自分にイラついてしまう。
気を紛らわせるように少し記憶をさかのぼってみた。
マラキザ種族のゴブリン、マラクスとして生まれたのがオレだ。
まぁ軽く心が折れたりしながらも、ゴブリンとして成体になってからしばらくした頃だ。
村がニンゲンに襲撃された。
オレはボッコボコにされた上に、ガチガチに縛られて拉致されたんだ。
なんでかっていうと、ニンゲンの言葉が理解できたからだ。
そしてニンゲンにオレの言葉も通じた。
これにはオレもビックリだ。
今にして思うと、自意識ができた頃からゴブリンの言葉を理解していたのもそうなんだろう。
たぶん暗がりと性欲の神であるイライトが何かしたんだと思う。
拉致されてからところどころ記憶がないんだけど、偉そうな耳長がきてからニンゲンたちの態度が少し変わった。
どこかオレのことを恐れているような表情なんだよな。
ただ腹をすかせたオレの前で、美味そうに飯を食いやがったことは忘れない。
めちゃくちゃ美味そうだった。
”オレにも食わせてくれ”と叫んだが、ずっと無視され続けたんだ。
ゴブリンの食事に調理という発想はない。
木の実も肉も生だ。
ワイルドだろう?
繊細なオレはどうしたって食が細くなろうというもの。
そんなオレが、だ。
夢にまで見たニンゲンらしい食事を目の前でお預けされたのだ。
その怒り、恨みは相当に深いものがあるぞ。
絶対に忘れない、絶対にだ。
「それが件のゴブリンなのか」
物思いに耽っていたら、いつの間にかニンゲンどもがいた。
どちらも初めて見る顔だ。
いや一人はローブなような姿でフードで顔を半分程度隠しているからわからない。
もう一人はどっからどう見ても悪徳商人って感じだ。
「なんとこっちの言葉がわかるばかりか、再生能力持ちでさぁ」
”おい”と悪徳商人が檻を蹴った。
「うるせえな、静かにしろよ。品性が疑われるぜ、膝小僧みたいな頭しやがって」
「だかましい! このクソゴブリンがっ!」
怪しいローブ姿の方は声をあげて笑っている。
「なかなかの玉だな。よかろう、金貨百枚だったな」
「お買上げってことで」
二人の間で交わされるやり取りを聞いて、オレは売られているのだと理解した。
しかし魔物であるゴブリンを売買するなんて、まっとうな場所ではないんだろう。
となると、正直に言って嫌な予感しかしない。
ローブ姿の男が買い主ってことなんだが、オレに何をさせる気なんだ。
まさかゴブリンに性的な欲求を抱く変態紳士ではなかろうか。
ッアーーーーってしたいのか、それともされたいのか。
深淵なるはニンゲンの業ってヤツだ。
控え目に言っても、ゴブリンは生理的な嫌悪感を催させる生物なんだぜ。
いくら氏族の中では紅顔の美少年扱いだったオレでもだ。
むしろゴブリンの美的感覚的にもっと酷いことになっている可能性だってある。
まぁオレは自分の顔をちゃんと見たことないからな。
ハッキリしたことは言えないんだけど。
とまぁそんな呑気なことを考えていたオレは、これから始まる地獄を予想だにしていなかったのである。
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