第3話 主人公 影が薄すぎ モブになる


ギルド副長 ガラオリラ


 のんびりとした昼下がりのことだった。

 ギルドの副長であるガラオリラは昼食を終えて、ゆっくりと香草茶でも飲もうと思っていたところだ。

 その静かな時間を壊したのはギルド職員だった。

 急報があるとのことで、淹れかけの香草茶を諦めたのである。

 くだらない報せだったら嫌がらせをしてやろうと思うほどに、ガラオリラはイラっとした。

 そんな内面をおくびにも出さずに、リヴィツツの刃のメンバーを自室に招く。

 リヴィツツの刃は最近になって頭角をあらわしてきたパーティだ。

 教導した傲慢なる血盟団からの評価も高い。

 ギルドとしては期待の新人といったところだろう。

 このまま伸びていけば、その内に高位ランクにも入れるはずだ。


「ガラオリラさん、忙しいところすみません」


 ギデオンと名のった青年が頭を下げる。

 好印象ではあるが、まだ報せの内容は聞いていないのでこちらから振った。


「いえ緊急の用件と聞きましたが、なにかありましたか?」


 そこからギデオンの報告が始まった。

 時にロザリーが補足を入れたこともあって、概ねは理解できた。


「言葉を話すゴブリンですか……」


 ガラオリラは形の良い顎に手をやって思案する。

 二百年ほど生きている妖人種エルフのガラオリラは、自他ともに認める博識な人物だ。

 そんな彼でさえ人語を解するゴブリンなど聞いたことがない。

 恐らくは突然変異と呼ばれる特殊な個体なのだろう。

 しかしどうしてそんな個体が生まれたのか。

 上位の魔物になると、特殊な個体を見かけることがある。

 例えば長い年月を生きた竜種などが代表的な存在だろう。

 ガラオリラ自身も、かつて言葉を解する竜種と出会ったことがある。

 彼らは発声器官が異なるため、念話という手段を使っていた。

 大いに語り、酒食をともにして、友となったのだ。

 そんな彼らとゴブリンを同列に語ることはできない。

 いや、したくない。


 だが……。


「わかりました。とりあえずそのゴブリンを確認しましょうか」


 ガラオリラはギデオンとロザリーを伴って城塞都市ラモヌイーの外に出る。

 二人に案内を任せて、暗雲の森の外縁部へ足を向けた。

 件の大岩の下で件のゴブリンを見る。

 そいつは蔦でぐるぐるに巻かれて、地面に転がされていた。

 見たところ怪我もしていないようだが、とガラオリラが思ったところで年少の剣士が口を開いた。


「あ、ラッセルって言いマス。そいつ死にそうだったんで回復薬をかけました」


 語尾がおかしくなったのは、彼が緊張したせいだろう。


「へぇ。魔物に回復薬って……効果があるんだねえ」


 それは遠回しな嫌味ともとられかねない言葉だったが、幸いそうした印象をリヴィツツの刃には持たれなかった。


「いやかけてから気づいたんです。魔物にも効果あるのかって」


 短絡的な若者が先走った結果か。

 ただその選択肢しかなかったこともガラオリラは理解している。

 だから苦笑する程度ですませた。


”では”とガラオリラは仰向けになっているゴブリンの腹を踏みつけた。

 ゴブリンの目が開く。


「キミはこちらの言葉がわかるそうだけど本当なのかな?」


「ああ、最悪なことにてめえらの言葉が理解できるぜ」


 ガラオリラを睨みながらゴブリンが口を開いた。


「ほう。どこで言葉を知ったんだい?」


「知らねえよ! ニンゲンに会ったのだって初めてだ!」


「隠し事はためになりませんよ」


 敢えてガラオリラは威圧を放ってみる。

 現役を退いて長いとはいえ、上級まで登り詰めたガラオリラの威圧だ。

 リヴィツツの刃の面々は、歯をガタガタと震わせている。


「知らねえもんは知らねえんだよ! この耳長がっ!」


”ふふ”と笑ってガラオリラは踏みつけた足に体重をかける。


「あまり調子にのって欲しくないですね」


 ガラオリラはゴブリンが悲鳴をあげるのを期待して、かなりの力を込めた。

 しかしゴブリンは悲鳴の代わりに、胃液を吐きかけたのだ。

 突然のことでもガラオリラは慌てることなく胃液を回避する。


「死ねっ!」


 ガラオリラの白面に朱がさした。

 怒りの言葉とともに、ゴブリンの頭が弾けとぶ。

 リヴィツツの刃の面々には何をしたのか理解できなかった。

 ただゴブリンの頭が弾けた事実に怖気が走る。


「ふ、副長」


 ギデオンが青い顔をしながらガラオリラへ声をかける。


「おっと。申し訳ないですね」


 まったく悪びれていない口調であった。


「つい殺してしまいました。そうですね、お詫びもかねて私の個人資産からいくらか支払いましょう。金貨五十枚でどうです?」


 今回の依頼でリヴィツツの刃が稼いだのは約金貨五枚だ。

 ガラオリラの提案は破格の報酬になる。

 そもそもゴブリンを生かしていたのも、追加報酬がもらえるかもと判断したからだ。

 言葉を理解する希少なゴブリンだろうと、彼らにとってはカネでしかない。

 変なゴブリンが金貨五十枚に化けたのだ。

 ガラオリラの提案を断るという選択肢は彼らになかった。


「ではラモヌイーに戻ったら報酬を渡しますね」


 踵を返したガラオリラの背中にロザリーが声をかけた。


「副長っ! あ、あれ」


 ロザリーが指さしたのは頭が弾けとんだゴブリンである。

 ゴブリンの肉片が、骨が地面を這いずるようにして身体に集まっているのだ。


「これは……」


 ガラオリラは頭を振る。

 十年ほど前に相対したアンデッドを思い出させたからだ。

 不死の騎士王と呼ばれた高位のアンデッドだった。

 あれも結局は倒すことができなかった魔物だ。

 そしてかけがえのない仲間を失った相手でもある。

 最終的には聖女の封印でしか対応できなかった苦い思いがよぎる。

 あの魔物を封印して、ガラオリラは冒険者を引退したのだ。

 因縁の相手だと言ってもいいだろう。


 しかし今回はただのゴブリンだ。

 アンデッドでもない、最弱の魔物でしかない。

 こんなことがあり得るのか。

 ジュクジュクと嫌な音を立てるのと同時に白い煙があがる。

 ゴブリンの頭が再生していく。

 

 まさか。


 ガラオリラの頭にふとよぎった考え。

 それは何らかの神による祝福だ。

 共闘した教国の聖女は癒しの女神アハテポテリアの祝福を授かっていた。

 類をみない効果を発揮する治癒魔法に邪悪なるものを退ける封印魔法は、祝福によるものだと聖女が語っていたのを思い出す。

 そして聖女はこうも言っていた。


 、と。


 このゴブリンがそうなのか。

 ゴブリンは弱い。

 そう弱いのだ。

 神による祝福があっても脅威にはなりにくいだろう。

 ただ……懸念は残る。


 ガラオリラにしては珍しく人前で舌打ちをしていた。

 まったく面倒なことになったものだと思う。


 さて……どうすべきか。


 ガラオリラの目の前でゴブリンの頭部が完全に再生した。

 そして奴は何事もなかったかのように、こちらを睨んでいる。


「確信を得るにはちょっとした実験が必要ですね」


 ガラオリラはリヴィツツの刃に視線をやった。


「そこのゴブリンに攻撃してみてください。殺しても構いません」


「あの副長、その前にいいっスか」


「ラッセルだったね、なにか?」


「さっきゴブリンに回復薬をかけたって言いましたけど、その時に伝え忘れてたことがあるんス」


 ラッセルが少しだけ間をあけて口を開く。


「回復薬をかけたときも白い煙があがってたんス。関係ないかと思ってたんスけど、どうやら違ったみたいス。すんません」


 ガラオリラは少し大げさにため息を吐いた。

 まぁ仕方ないと言えば仕方がない。

 前例のないことに理解が及ばなかったのだろうと推測できる。

 ただ伝え忘れが大きなトラブルに発展することもあるのだ。

 些細なことと当人が思っても、他の人間が聞けば重要なことはある。

 つまり現場で起こったことをありのままに伝えなくてはいけない。

 それを理解させるために、ガラオリラは声を低くしてラッセルを見つめた。


「まぁ……いいでしょう。もう伝え忘れはありませんね? ではどうぞ」


 剣使いのラッセルが首を跳ねる。

 槍使いのギデオンは心臓を突く。

 魔法使いのメータが得意の火魔法で焼いた。

 弓使いのロザリーは弓に矢をつがえて、その様子を見ていた。


 ゴブリンに対しては明かなオーバーキルである。

 跳ねられた首も心臓を突かれた身体もぜんぶ焼けてしまった。


「さすがに復活してこないでしょ」


 ロザリーが笑う。

 それに釣られてリヴィツツの刃の他のメンバーもぎこちない笑みをうかべている。

 だがガラオリラは楽観視していなかった。

 神の祝福は理不尽なものだと理解しているからだ。


 ガラオリラの予測は覆されなかった。

 焼け跡から白い煙がしゅうしゅうと上がる。

 そしてゴブリンは復活した。


 身体を絡めとっていた蔦は焼けていた。

 それに気づいたゴブリンは脱兎のごとく逃げ出そうとする。

 しかしその背中に向かって、ロザリーが矢を放つ。

 狙いはあやまたず、ゴブリンの背を貫いた。


「なるほど」


 ガラオリラはどうにも厄介なことになったと天を仰いだ。

 赤銅色に染まる空が何かを暗示しているようで、彼はホンの少しだけ憂鬱になった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る