第2話 主人公 そんなヤツも いたかもね


暗雲の森 リヴィツツの刃 ギデオン


「このゴブリンって希少種だよな? ぜってー高く売れるって!」


 死臭が漂うゴブリンの集落でパーティーメンバーのラッセルが燥いでいる。

 確かにラッセルの言葉は一理あるとリーダーであるギデオンも思う。

 だが……本当に大丈夫なのかと一抹の不安も覚えるのだ。

 一般的にゴブリンは知性も低く、最弱の魔物とも言われている。

 ギデオンたちリヴィツツの刃も幾度となくゴブリンを狩ってきた。

 駆け出しの頃は数に圧されて苦戦することもあったが、瀕死の重傷を負うようなことはなかった。

 せいぜいが噛みつかれた程度だ。

 そもそもまともな武器も持たないゴブリンに後れを取ることはない。

 魂挌レベルの上がった今ならなおさらだ。

 それでも血を流して横たわるゴブリンに対して、どことなく不穏なものを感じてしまう。


「メータ、ロザリーどう思う?」


 ギデオンは残りのメンバーに声をかけた。


「ゴブリンがアタシらの言葉を本当に理解してたの? 信じられないんだけど」


 疑問を発したのは弓使いのロザリーである。

 妖人種特有の長い耳が上下に動いているのを見ると、相当疑っているようだとギデオンは思う。

 ゴブリンが言葉を話したって言っても信じられないものだ。

 しかもラッセルの発信なのだから、何かの間違いと思っても仕方がない。

 ギデオンもゴブリンの言葉を耳にしていなかったら、ロザリーと同じように考えただろう。


「マジだって。殺してやるって言ってたんだよ」


”ほおん”と相槌を打ちながら、ロザリーがギデオンを見た。

 その視線を受けてギデオンは大きく首肯する。


「本当だったら高く売れると思う。けど闇市場ブラックマーケットに伝手があんの?」


「そこだよなぁ! ラモヌイーには持って帰れないし。どうするか」


 ロザリーとラッセルの話を聞きながらギデオンは考える。

 確かに言葉を理解し、話すこともできるゴブリンは希少だ。

 しかし拠点にしている城塞都市ラモヌイーには持ち込めない。

 当然だが表の市場で売ることもできないだろう。

 持ち込むとすれば闇市場ブラックマーケットになるが、そんな伝手はない。

 もう少しギルドでの等級が上がっていれば別だったかもしれないが、どうするべきか。


「ギルドで相談すればいい」


 口数の少ないメータが口を開いた。


「ああ! ギルドなら闇市場ブラックマーケットとの繋がりがあっても当然か」


「ん」


 闇市場ブラックマーケットに伝手がない以上は、持ってそうなところと相談か。

 確かに今のところはそれ以上の方法がなさそうだ。


「じゃあとりあえずこのゴブリンは森の外縁部まで持ってくか。あの大岩のところでいいだろう」


 ギデオンの言葉に他の三人が頷いた。


「大岩のところまで行ったら、オレとロザリーがギルドへ行く。ラッセルとメータはゴブリンの見張りだ」


 ”それでいいか”とギデオンが確認をとる。

 パーティーからの異論はなかった。


暗雲の森外縁部大岩 リヴィツツの刃 ラッセル


 魔物に襲われることもなく、暗雲の森外縁部にある大岩に到達できた。

 ギデオンとロザリーは”頼んだ”と残してラモヌイーへと向かう。

 その後姿を見ながら、ラッセルは顔を綻ばせていた。

 今回の依頼はゴブリンの集落を潰すことだったが、思わぬところで追加の報酬があった。

 集落を二つ潰したことに加えて、言葉を理解するゴブリンという希少種だ。

 最初に剣を振るったときに首を跳ねなくて良かったとラッセルは思う。

 単なる気まぐれの行動が功を奏したわけだ。


 蔦でぐるぐる巻きにしたゴブリンを見ると、まだピクピクと動いているから生きているのだろう。

 袈裟懸けに斬ったが手ごたえとしては十分なものがあった。

 このままだと遠からず死ぬだろうと思う。

 生きたままでないと意味がないだろうから、回復してやった方がいいのだろうか。


「なぁメータ」


 そんな思いからメータに声をかける。

 自分よりも十歳以上は年上だが、妖人種エルフは成長が遅い。

 普人種でいえば十三歳程度の見た目だが、ラッセルは敬意を払っているのだ。

 だから手持ちの回復薬を使う前に声をかけた。


「ん?」


「このゴブリンって生かしとかないとダメだよな?」


「ん」


「なんかピクピクして死にそうじゃねえか?」


「ん」


「回復薬かけた方がよくね?」


「んん?」


少しの間メータは目を閉じて思考した。

そして結論に至ったのだろう。

”ん”と大きく首を縦に振った。


「わかった」


ラッセルは腰につけてあるポーチから回復薬を取り出して、乱暴にゴブリンに振りかける。

傷は治ったのだろうか。

そう言えばゴブリンに回復薬を使ったことなどない。

今にしてそんな疑問がわきあがってきた。


「なぁメータ。今さらだけどゴブリンに回復薬って効果あんの?」


 こてんと首を傾げるメータ。

 その姿は見る人が見れば垂涎ものだっただろう。

 しかしラッセルの好みは色気むんむんのお姉さんである。

 メータは好みの範囲外だ。

 童貞だけど。


「たぶん……大丈夫」


 ”たぶんかよ”と突っ込むのを自重してラッセルは笑った。

 よくよく考えてみれば、回復薬を使う以外の方法は知らないのだ。

 もちろんラモヌイーに戻れば、神官による治癒魔法で治療を受けられる。

 しかしゴブリンに治癒魔法なんて馬鹿げている話だ。

 そんなものを持ち込んだとしたら頭のおかしいヤツ扱いされるに違いない。

 である以上、ラッセルとメータにできるのは回復薬を使うだけだ。

 それがゴブリンにとって毒となるかは不明だが、選択肢はないのである。


「見て」


 ラッセルが得意ではない思考をしていると、メータがゴブリンを指さした。

”しゅわわ”と音を立てて、白い煙があがっている。

 自分たちが回復薬を使ったときには見られない現象だ。

 

 あれ? マジでヤバい?


 少しすると煙はあがらなくなって、ゴブリンの呼吸が整ったものに変わった。

 ハッハッと間隔の短いものから長いものへとだ。

 その様子を見て回復薬は効果があったのだと、ラッセルは判断した。

 メータも同様である。

 二人がホッと一息をついていると、森の方から人影が近づいてくるのが見えた。

 警戒するがすぐに顔見知りの冒険者であることがわかる。


「おう! ラッセルにメータじゃねえか」


 二人に声をかけてきたのは『傲慢なる血盟団』のリーダーであるネラヒムだ。

 ネラヒムはリヴィツツの刃にとっては先輩にあたる。

 しかも駆け出しの頃には教導にあたってくれたパーティーだ。


「お疲れさんっス、ネラヒムさん」


 ラッセルとて自分の役割はわかっているので、率先して挨拶をする。


「おう。ギデオンとロザリーはどうしたんだ?」


 一瞬だけ逡巡したが、ラッセルは正直に話すことにした。

 これがネラヒムたち傲慢なる血盟団でなければ、適当な嘘をついていただろう。

 希少種のゴブリンを捕獲したとなれば、奪い合いになってもおかしくないからだ。

 しかし傲慢なる血盟団なら、そんな無体な真似をしないはずだと考えた。

 自分たちよりもランクが上で、収入も桁違いに多いからである。


「いや実は……」


 ラッセルはさほど話が上手くない。

 ところどころつっかえながらも一通りのことを話した。

 メータに手助けして欲しかったが、同郷の先輩であるイネズと楽しそうに話をしている姿を見て諦めた。

 

「なるほどな。まぁギルドに相談しておけば悪いことにはならんだろう」


「だと思ったんス」


「しかしゴブリンが言葉を話す、か。そんな事例は聞いたことがないな」


 ネラヒムが副リーダーのシルパに水を向ける。


「あたしもそんな話は聞いたことがないね。なにかの前兆でなきゃいいんだけど」


 ベテランの冒険者として何か感じるものがあったのだろうか。

 ネラヒムとシルパは目で会話をした。


「お前らも一人前になってきたようだし、そのまま頑張れよ」


 しばらく雑談をした後、傲慢なる血盟団はそう残して去っていった。

 ギデオンとロザリーがギルドの副長を連れて戻ったのは、それから一時間後のことである。




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