理解
「突然お手紙を差し上げます失礼をお許しください。私はヘヴリッジ王国立レジェロ魔法学院高等部生徒会会長、キバマキリュウホウと申します。このたびはシグレアメア様の高い魔力を受け、誠に勝手ながら本学院への入学の提案をさせていただきます」
誕生日の朝、一通の手紙が送られてきた。
レジェロ魔法学院といえば、人類の王国ヘヴリッジ王国内にある、大陸最大の魔法教育施設、さらには魔法研究機関だ。
「一年前の件は私の耳にも届いております。しかし何か原因があるのではないかと思い、この一年間私なりに魔法、そしてヴァンパイアについての研究をしました。その結果、現在では解決策もいくつかある状態です。我々レジェロ魔法学院は魔法を、そして魔法使いを等しくその才能、種族、容姿に関係なく尊重しております。もし希望されるのであれば、本学院の入学試験を受けてみてください。貴女の魅力は必ずそこで理解されるでしょう。レジェロ魔法学院が貴女の支えになると、私は確信しております」
「何が理解だ」
文字だけの言葉。
かつて母親も言ってくれた。魔素が多いことは分かってるからね、と。
それでも助けの手はくれない。そもそも、魔素が多いことを問題だとすら思っていない。
一年前、私がただ暴れただけだと思われている。
所詮、言葉は知識。
経験していないものはどれだけ知識があっても真に分かったとはいえない。
だから私はこの手紙の言葉を信じることが出来なかった。
信じたい、そう思いながらも―――
「……?」
その感覚は、知らなかった。
十五年間、知識にもない感触。
「なに……これ……?」
指先にある違和感。
「……魔素が」
――手紙が、私の魔素を奪い取っていく。
思考は追いつかないが、確かに魔素が吸収されているのを感じ取る。
「どういうこと……?」
思わず手紙を投げ捨てる。魔素が抜け落ちていく感覚は収まった。同時に、体内の魔素量が減っているのも分かった。
「この手紙……?」
起きた現象を思い返す。そして、もう一回手紙を拾い上げる。
触ると、私の魔素が奪われていく。
「魔素を、奪い取る紙……?」
頭の中で何かが繋がり、心拍数が上がり始める。
そんな変なもの聞いたことがない。
普通の人にとって、魔素など溢れるくらいがちょうどいいのだから、こんなものの存在も知らなければ誰も作ろうとしない。
こんなもの、すべての人にとって害悪そのものである。
私は手紙をもう一度読み返す。
奪われる魔素を気にも留めず書かれている文字をひたすら目に入れる。
「ヴァンパイア……研究……解決策……?」
魔素が抜け落ちたせいか、体の力が無くなっていく。
それでも、両手で手紙を握りしめる。
「あっ……」
ついに全身を支えるものが無くなり、頭から床に倒れ込む。
手紙から手は離れ、魔素の吸収は止まる。
毎日のように外へ出て減らしていた魔素が、ものの数分で、完全に無くなった。
今まで誰も知らなかった解決策。
会ったこともない、話したこともない他人からのたった一通の手紙。
そのたった一枚で、他の誰よりも私への最大の理解を示してくれた。
魔素じゃない別の何かが、全身に満ちる。
そして、その何かがついに限界を迎える。
涙が目からこぼれる。
「メア、毎年泣いてんじゃん……っ……」
十五歳の誕生日、見ず知らずの人から誕生日プレゼントを受け取った。
それは理解。本質を、苦しみを分かってくれるもの。
メアが、いちばん欲しかったもの。
メアへの誕生日プレゼントが吸収したのは魔素だけじゃない。
心の不安を、絶望を、過去を、『私』を、その一枚で消し去ってくれた。
ふつふつと希望が湧いてくる。
真っ暗闇に、光が差し込む――悪夢が覚める。
もしかしたら、ここなら、レジェロなら、あるのかもしれない。
何かが、変わるのかもしれない。
いや、ここにあるんだ。
メアは、ここで変わるんだ。
絶望とは、現状を変えられないと思うこと。
希望とは、現状を変えられると思うこと。
どちらも等しく思い込みに過ぎず、現実は同じだ。
それでも、たった一つの小さなきっかけで、その針はどちらへでも容易に傾く。
小さなきっかけは、小さすぎて自分では見つけられないかもしれない。
でももし、そのきっかけを見つけられたのだとしたら――あとは全力でその針を傾けるだけだ。
長い冬も過ぎ去り、命は再び芽吹き始める。
レジェロ魔法学院高等部入学式。
メアは壇上に立ち、大きく息を吸う。
「本日より、私たち新入生はレジェロ魔法学院高等部の一員となりました。これからの三年間というものはあっという間に過ぎていくものと思います。勉強面などでの不安もありますが――私はここで学べるということに期待でいっぱいです。偉大なる先生方、道を示してくれる先輩方など、これから私はたくさんの人に助けられることになるでしょう。お互いを理解し合い未来を歩める仲間と共に、これから始まる高等部の三年間という短く貴重な時間を噛み締めながら過ごしていきます」
雲一つ無い群青の空には、ルビーのように赤く大きな太陽が
その空を、大きな鳥から小さな鳥まで、翼を広げ自由に飛び回っていた。
孤独なヴァンパイア 鹿毛ろう @kagerou343
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