悪魔

 私は人殺しなのだろうか。


 人は殺さなかった。ただ傷を与えて血を貰っただけ。


 私にはそれ以外どうすることも出来なかった。仕方がなかった。


 翌日、私は停学となった。自分の家の周りには結界が張られ、家ごと封印された。


 私はヴァンパイアの村でただ一人『悪魔』と呼ばれた。

 

「反省しなさい」

 

 村の住人を何人も傷つけ、死に近づけた。

 決して許されることではない。

 

「謝りなさい」

 

 父親が、母親が、村人が、みんなが私を怒鳴りつける。

 

「ごめんなさい……」

 

「ごめんなさいで済むと思っているの?」

 

 涙が目からこぼれる。

 

「……っ……ごめん……なさい……」

 

「どうしてあなたが泣いているの?」

「泣いて許されるつもり?」

 

「……っ…………」

 

「いい子だと思っていたのに」

 

 私は何がいけなかったんだろう。

 

 魔素がありすぎたこと?

 魔素を使いきれなかったこと?

 魔素を止めれなかったこと?

 ――生まれてきてしまったこと?

 ――そしてここまで、生きてしまったこと?

 

 十四歳の誕生日。生まれてきた意味を問う。

 



 魔素は万物の根源。それゆえに、毒にも悪にもなりうる。

 

 私だって何もしてきてない訳じゃない。

 馬鹿にされないように、勉強をした。そしたら魔素のおかげだと妬まれた。

 魔素を減らすため、そして村も守るため魔物も倒した。そしたら調子に乗ってると憎まれた。

 魔物がいない日だって、魔法陣を使ったり出来るだけ魔素を減らした。でも足りなかった。

 誰からも理解されなかった。日々の苦悶も、聞き入れてくれなかった。ただ向けられるのは羨望。嫉妬。理想。

 それでも私は逃げられなかった。私は村も、親友も、夢もどれも失いたくなかったから。


 それなのに私の魔素が、私が、一夜にしてそれらを握り潰した。


 まさに悪夢――

 

「自分がやったことをよく考えなさい」

 

 学校へは行けず、自室に引こもる。

 壁にはいくつもの賞状。魔法大会で優勝したときのものだ。

「……昔は褒めてくれてたのに」

 暗い部屋の片隅で膝を抱える。

 何も飲まず、何も食べず、雨の聞こえる部屋でただひたすらに時間が過ぎるのを待っていた。

 



 悪夢が起きてその噂は村だけに留まっていなかった。隣町にも、さらに別の町でも、『同族殺しの悪魔がいる』と。

 人類の王国にも、ドラゴニュートの里にも、獣人の森にも、『ヴァンパイアが復活した』と広まっていた。

 

 村を歩けば悪魔と呼ばれ、自室に篭れば引きこもり。

 それでも魔素を消費するため魔物は倒さないといけない。

 こんな行為が、こんな村のためになっていると思うと威力が倍増する。

 

 無力なまま、無気力なまま、一日、一週間、一ヶ月が経った。

 授業も受けられないのに、成績をつけるためテストは受けさせられた。

 点数は奮わなかった。どうして、知らないことがテストに出てくるんだろう。




 私は中学三年生になった。停学期間も終わり、学校へ行ける。


「あ、悪魔だ」

「ほんとだ! 本物だ!」

「やっぱりあの赤いしっぽは悪魔のしっぽだったんだ!」


 誰も近寄ってこない。当たり前だ。先生ですら距離を取っている。


 学校の全員から冷酷な目線を向けられたまま一日を終える。かつての親友、ヘルンとも縁を切られたみたいだ。もっとも、親友などでは無かったのかもしれない。

 

 放課後、先生に呼び出される。

「いいですか。いくら魔素がたくさんあるといっても、他人を傷つけてはいけません。今度誰かを傷つけるようなことがあれば、その時は退学になります」


 家に着くと母親に尋ねられた。

「学校の人を傷つけなかったでしょうね?」

 学校で魔法は使っていない。ただ一人静かに席に座り授業を受けただけだった。


 その翌日も、学校へ行った。

「あ、今日も悪魔来た」


 その次の日も、学校へ行った。

「やべえよ、殺されちまうよ」


 その次の日も、次の日も、学校へ行った。

「どうして悪魔が学校に来てるんだろう? ここはヴァンパイアの学校なのに」


 その翌週、私は学校へ行かなくなった。

 起きて魔物を倒し寝る。

 体を起こし魔物を殺して眠りにつく。

 目が覚めると魔物を虐殺し布団に潜り込む。

 そんな日常を何ヶ月も繰り返す。




 十五の誕生日。厄災から一年。悪夢はまだ覚めない。

 誰もいない真夜中の誕生日に、壁に向かってあの日のように問いかける。

 

「どうしてメアは魔素をたくさんもってるの?」

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