赤き月
ついに恐れていた事態が起こった。
その朝、いつも通り魔物の討伐をしようと家を出るが一匹も魔物と遭遇しない。ヴァンパイアの村や町ではどこでも、要件がない限り魔法を使ってはならないとあるので、魔物がいないと魔素を消費できない。
「どうして……」
日に日に魔物の数が少なくなっていたのでこういう日が来るのではないかと思って対策は考えてきた。
とりあえず家に戻りルマを召喚する。召喚の魔法陣はそれなりに魔素を消費するがやはり魔物に打ち込んだ方が効率はいい。
ルマを召喚させては戻してを繰り返して魔素を消耗させていく。だが不運にもこの日は体の調子が良く、魔素の生成量は過去最高であった。
「おはよう!」
「おはようヘルン! 今日も元気だねー」
「うん! なんか今日は特別たくさん魔素があるっぽい! いまならメアちゃんかも!」
「メアになるならまずメアにテストで勝ってからだなー!」
「ぐぬぬ……」
村に魔物がいなくなっても変わらず日常は続く。いつも通りに学校で友達と話し、いつも通りに授業を受ける。
今年から入った魔術部にも顔を出す。部活動であればとりあえず魔法を使えるからだ。もちろん、魔物相手ではないので威力を調整する必要はあるが。
「おーヘルン、今日はほんとに調子が良さそうだね!」
「うん! 毎日こうだったらいいのになー!」
この中学はクラス替えもなく、私が魔術部に入ったおかげでヘルンとはだいぶ仲良くなっていた。友達の数こそ少ないが、こういう気の許せる親友ができたのはとても嬉しい。
部活も終わり、辺りはすっかり暗くなる。
「じゃあねーメアちゃん。またあしたー!」
「うん! また明日!」
家に帰るとすぐに着替えて家を飛び出す。まだ昨日の魔物が残っているかもしれないと、隣町とはさらに別の町へ移動する。
しかし、いくら探しても魔物は一匹たりとも姿を見せない――まるで、魔物がこの世界から消滅したかのように。
それでもお構い無しに、絶好調の私の体は永遠と魔素を生み出し続ける。
それなのに体内の魔素を消費できないでいると、魔素を消費できない焦りと魔素の限界量を越えてしまう不安から徐々に苛立ってくる。
「なんで今日に限って魔物がいないの?」
そもそも、なぜ毎日毎日魔素を破棄するようなことをしなければならないのか。
どんなに寒い冬の日でも、どんなに風の強い夏の日でも、理不尽に溜まる魔素を吐き出すために魔物を殺しに外に出なくてはいけない。
「どうして……どうして私だけが……!」
ヴァンパイア――魔素を体内で生成できる数少ない種族。
それは多くの魔法使いにとってメリットでしかない。魔法使いでなくとも、魔素は万物の根源。いくらあっても誰も困らない。
それゆえに誰もがその生成を羨み、妬み――嫌う。
しかしそれは誰にとっても願望であるから、想像であるから羨ましい。
実際に持っている者からすればそれはただの理想、幻想だ。
誰も私の苦労を知らない。聞いてすらくれない。
暑い日も、寒い日も、毎日のように溢れる魔素を無意味に廃棄し続けるだけ。
こんな生活、どこが羨ましいのだろうか。
――頭がいいのは魔素が多いからだろ。
魔素が多いんだから勉強ができて魔法も使えて当然。
魔素たくさんあるくせに友達は全然いないんだな、魔法で友達作っちゃえよ。
全身真っ赤で血みたい。だから魔素がいっぱいあるんだなぁ。
メアちゃん、魔素たくさんあるのってちょっとずるいよね――
止まらなかった。私には、止められなかった。
それは私で、私が、私の魔素が、私の魔素で
「――血が、欲しい」
村人を、傷つけた。
こうすれば、鮮血が手に入る。
「もっと、もっと……」
腕に魔法を撃ち込む。
こうすれば、魔素を減らせる。
「殺せば、たくさん……」
道行く人に、無差別に、魔弾を発射する。
限界まで溜まった魔素を、
「どうしてっ!!」
積み重なった憎しみを、
「誰も分かってくれないっ……!!」
苦しみを、
「なんで私が……!!」
日々を、
「どれだけ私が……っ」
何発も、何発も、何発も、何発も、私の魔素が尽きるまで、狙いも定めず闇夜に撃ち続けた。
最後に見たのは村の魔術士――父親の姿。
気づけば、家の部屋に封印されていた。
十四の誕生日、前夜。
星一つ無い漆黒の空には、血のように赤く孤独な満月が
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