蔵の中

狂フラフープ

第1話

 格子の隙間から最初に目にしたとき、幼い私は彼女を天使だと思った。

 彼女が自分の双子の妹であり、自らが忌子として幽閉されていることを知るのはもっとずっと後のことだ。

 妹は意地の悪い奉公人たちの目を盗んで私の繋がれた土蔵に足を運んでは、同じ言葉を幾度も私に吹き込んだ。

 お姉様はこの世の何より美しいと。

 彼女の言葉と、双子のくせに似ても似つかぬと蔑む奉公人たちの言葉と、鏡というものを見たことが無い私に真実を確かめる術はなく、けれど私があんなにも美しいのなら、奉公人たちは母殺しなどと罵りはしない。きっと私を宝物のように扱うだろう。

 お姉様になりたいの。声を潜め、格子に唇を寄せる妹の言葉は、私に困惑だけをもたらした。

 あの子になりたいと願うのは、私の方だろう。

 けれど少しも逸らさず触れるような距離で私を見据える彼女に、私は何も言えなかった。

 妹の瞳。私が見ることのできる唯一の鏡。映り込む歪んだ私。

 明るい場所から闇の底を覗く瞳の何と暗いことか。

 格子の向こうから細い指が伸びる。

 かすかに触れた指先が私の顎を引きずって、私の頬をふたりを隔てる冷たい格子に押し付けた。

 私たち、成り代わってしまいましょう。

 天使が耳元で囁く。

 その日から妹は陽の光を浴びず、食事を減らし、ありもしない病に伏せった。自らを私に似せるために。

 医者に坊主に、多くの客が屋敷を慌ただしく訪れ、その喧騒に紛れて私は人の絶えた土蔵の底に穴を掘る。

 月の夜に私は蔵を抜け出し、夜明けより前、仄暗い蔵の隅で妹は隠し持った毒を呷った。

 次に会ったとき、妹はあまりに多くを失っていた。言葉も、記憶も、己の名さえ。

 無知を無垢だと人は言う。私にはそれがわからない。

 外を知らず、憎しみという言葉さえ知らず、それでも私は世界を憎んでいた。

 私の世界を憎んでいた。

 蔵ひとつと窓ひとつ、幾人かの奉公人と妹ひとり。闇より深い憎しみを、硝子のような己を通す。ちっぽけな世界に集め、灼き切るように音も無く。

 今、視界をよぎる鏡には、かつての妹のような自分の姿がある。

 憎しみは消えてはいない。けれど広い世界に薄められ、もうどこにも届きはしない。

 格子の隙間を覗き込むとき、少しだけ彼女の気持ちがわかるような気がする。

 闇の底からこちらを覗く瞳の、何と眩しいことか。燃える様に音も無く。

 蔵の中に宝物がある。

 陽の当たらぬ陰の月。ふと暗がりで目が合う黄金。

 慄くほどに美しく、けれどけしてきれいではない。

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蔵の中 狂フラフープ @berserkhoop

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