9 忍の福利厚生
「したくはないけど……ごめんね」
色々と含みのある「ごめん」を珍しく本気でしおらしそうな顔で吐いた茜部に、いくらか毒気が抜ける。
「俺は茜部が忍者でも好きだよ」
「あぅん」
「!?」
もはや平時ではないので、悪びれもせず恥ずかしげもなく気持ちを吐露してみたが、彼女は変な声を上げて腰砕けになった。
「不意打ちはずるい……」
「何かごめん……いや散々不意打ちしてきた奴がずるいはおかしいよな?」
忍者の存在と機密を知って監視が付いたってことは、告白当日の夜、何かよく分からないけどとにかくよく分からなすぎるのでとりあえず抜いて寝ようと粛々と抜いた様もじっくり監視してたってことだろ?人の恥部を散々覗いてきたんだからこれくらいは甘んじて受け入れてほしい。
「ただ思ったのは、俺の一言に家族の命運をかけさせるなら、乗るからには家族の安全を約束してほしい」
「……ごめん、説明不足だったね。それはもちろん組織を挙げて約束する」
「家族はこれまで通りの日常生活を平和に送れるんだな?」
「事前調査で水原一家は家系的にも素行的にも問題ないことが確認できてるから、基本的にはこれまでと変わらず……組織の陰ながらのサポートは介入することになるけど」
「ちなみにサポートって具体的には?」
「まず、忍の配偶者一家には何やかんや理由を付けてそこそこの額の手当が定期的に給付される。病気や怪我をしたときは関係機関の医療施設で最先端の医療を無償で提供するし、有事の際には一般市民に先んじて身の安全を確保する。お義父さまのお仕事関係では融資や取引先仲介などの支援はもちろん、お義母さまにはご希望なら機関のフィットネスジムやエステの利用パスも提供。公共交通機関を割引料金で利用できたり、あと……」
手
可愛くて馬の合う婚約者が出来て、確定公務員路線で、この福利厚生。忍という組織についてはまだ百まで信用してはいないが、あんなハイテク手裏剣を見せられた後ではできないだろうと斜に構えて見るほどに疑ってもいない。
もし本当にそれが叶うなら、一般庶民の棚ぼた親孝行にしては最上級じゃないか?
「結婚してください」
「戸籍いじったり、ケースにもよるけど揉み消しも……あぇ?」
何やら色々列挙を続けていた茜部に横槍を入れるように求婚する。
我ながら現金な一刺しだったが、それ故に不意打ちとしては効果覿面だったようで
「う……」
茜部は「ぴえん」の絵文字を体現するかのように目を潤ませ、初めて泣き顔を見せた。
「絶対……ぐすっ……水原も水原の家族も幸ぜにじまず……」
「俺が言ってみたかったなそのセリフ」
男として一度は言ってみたいセリフ。まぁ俺みたいな若造どころか小僧が言える甲斐性はないし、忍者のバックを想像するととてもじゃないけど言える度胸もないが。
「正直俺でいいのかって気持ちは今もあるんだけど、色々覗き見た上でそれでも俺でいいって言ってくれるんだったら……」
ただ一つ、言ってくれた茜部に誓うことはある。
「俺で良かったって茜部に思ってもらえるように、不束者ですが頑張ります」
言うと彼女はいよいよ泣き崩れ、雪崩れるように俺に抱き着いた。
エロすぎる全身黒のぴっちりスーツで。
エモくなっていた脳内を雑念が猛スピードで浸食した。年頃だもの。
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