3 紐無しバンジ―は忍の嗜み
「返事はちょっと考えてもらっていいから」
言いながら茜部は微かに苦笑する。
ちょっと考えるも何も、断ると俺と一家に未来がないみたいな言い方をされているので、YES以外答えようのないバリバリの脅迫である。今のところまだ順当にYESに傾いてはいるが、急でごめんねくらいのノリで済まさずもう少し申し訳なさそうな苦笑をしてくれ。
「まず、忍者って何?」
「忍者は忍者。マジシャンじゃなくてマジモンの忍者」
「二択の方は置いておいて、茜部が忍者っていうのが……言っちゃなんだけど、っぽくなさすぎて脳がバグる」
「っぽくなさが忍としては重要なんだけどね」
そう聞くと一理どころか百理ある。
「何か……忍者ってパっと分かるアクションなり道具なり、こう……何かないか?」
何せ、体育では徹底して女子のよくあるたどたどしい動きで可も不可もない貢献に終始していた彼女が、足音も立てずに颯爽と駆け抜けていそうなテンプレイメージの忍者とはどうしても結びつかない。
「アクションかぁ~……まぁ言ったからにはね。じゃあ今から私が何しても大声出さないでね」
言うと彼女は俺に背を向け、屋上の縁のフェンスの方に駆けて行くと
「あっ」
日頃の体育の様子からは想像もできない軽やかなロンダートからのバク宙でフェンスを飛び越え、そのまま落ちて行った。
茜部さん?
ここ四階建ての屋上ですが?
止める間もないくらいに躊躇なく、日頃の大人しさとか体育のたどたどしさとはかけ離れてそれはそれはスムーズに。「声を出すな」と言われても出かけた呼びかけが引っ込むくらいに余りに不自然な光景。地面まで何メートルだ?下手したら普通に死ぬだろ。ちょっと待て動悸がヤバい。
……落下音がしないな?
さすがに無音はない……よな?もしかしてギリギリどこかで引っかかってるとか?
震える脚で何とかフェンスに向かい恐る恐る見下ろすと、彼女は普通に地面に立ってこちらを見上げ、事も無げに手を振っていた。
「戻るから!」
気持ち張り気味の声で言って、こちらの返事を待つことなく校内へと駆けて行ったのを見て、忍者云々の前に死んでいないっぽいことに安堵して腰が抜けた。
「腰抜けた?」
普通に階段を駆け上ったにしては早すぎる間で再度屋上に現れた彼女は、へたり込む俺を見てプスっと笑う。
「……死んだかと思ってマジで焦った」
「ここから百回飛び降りても一回も怪我しないくらいには
そう言うと彼女は気持ちドヤ顔をしてみせた。張り切った風が珍しくイイが、心臓がバクバクでそれどころじゃない。もっと別のタイミングで堪能したかった。
「忍者は分かったからああいうのはやめてくれ。好きな人が目の前で死んだかと思って心臓が爆発しそうだった」
「今萌えすぎて死にそうになってる」
少し胸を張った体勢と表情を崩さず、首から上だけボッと赤らめているのを見て、ほんの少し溜飲が下がる。
しかし「忍者」のくだりから夢でも見ているかのような気分だが、こうドカンと非現実的なことがあると、どこからかが受け入れ難い現実から心を守るための幻想かとすら思えてしまって何とも言えない浮遊感がある。
……あぁ、もしかしてこれが
そんな俺の内心を知ってか知らずか、
「ごめん、不謹慎だけど、心配してくれて嬉しかった」
そう、ほんのちょっとしおらしい顔をして座り込む俺に寄り添った。
「マジで心配した」
「ごめん、嬉しい」
「何が忍者だよこの心配強盗め」
「ふふ、逮捕して、逮捕」
「ふふ、じゃねーよ反省しろ反省」
まぁ、茜部が屋上から飛び降りて無傷の人間でもやっぱり心地いいし、ちょっと面白いし、あといい匂いするなとはしみじみ思った。
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