Marriage or Death

1 忍なんだけど

 「私、しのび……あ、忍者なんだけど」



 高揚していた気分は一瞬にしてフラットになり、今にも口から出ようとしていた快諾の言葉は急ブレーキで口腔に留まり、次いで出るか出ないかと押し寄せた疑問句が喉に渋滞して息が詰まった。



 俺――水原 優生ゆうきは、周りが言うには「学年で有名なレベルの両片想い」らしく、俺的には満更でもなく、向こうも大概満更でも無さそうな相手であった同級生――茜部 彩から放課後、人気ひとけのない旧校舎側の屋上に呼び出され、ほんの一瞬前まで甘酸っぱい青春の一ページを繰り広げていた。


 あぁついに来たか、向こうから言わせることになったか、情けないな……せめてこちらも真っすぐに思いを伝えて、晴れて付き合えたら挽回してやろう……なんて呑気な想像を膨らませつつ、全身を緊張でカチコチにさせながら対峙した。

 茜部は二人の間柄では珍しく数瞬ほど逡巡した後、真っすぐこちらを向いて「好きです。付き合ってください」と頭を下げた。止め処ない感激をぐっと抑え「俺もずっと好きだった」とまず答えた。

 そりゃもう、気が早くもこれまでの人生丸々を共にしてきた童貞の部分が死に別れるつもりで、走馬灯の如く色んな思考が頭をよぎったさ。あぁ、ついに華開くのか俺の青春、なんてね。

 次いで「こちらこそよろしくお願いします」と頭を下げようとしていたところに食らった豆鉄砲。俺はさぞ滑稽なハト顔をしていたことだろう。

 

 そんな俺のハト顔を気に留めた様子もなく、茜部は顔だけは数瞬前に告白してくれたときからも平時通り貫いている素っ気なさを崩さず続ける。



 「私が忍であると知ったからには、水原は私と結婚……ていうか生涯を共にする前提で付き合うか、一家丸ごとこの世から抹消されるか選んでもらわなきゃなんだけど」



 「なん……はぁっ!?」



 急転直下、彼女は混乱した頭で受け止めるには重すぎる二択をあくまで素っ気なく俺に突き付けた。

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