忍な彼女が俺にだけ忍ばない
金沢美郷
プロローグ
三軍の平穏
「水原はいいよな、
ある十二月の体育終わり。
体育程度に本意気で挑むほどの熱意もない俺たちは、程よく温まったのも束の間、さっさと冷えてしまった体で極寒の渡り廊下を凍えながら小走りで駆ける。
この季節から体育はさすがにほとんどが屋内で、体育館の半面ずつを男女それぞれが使うため、体育では珍しくクラス全員が一堂に会するシーズンになる。
女子の目があるから男子は色めきだち、クリスマスを目前に控えているのがさらに拍車をかけていた。
持ち前の運動神経でリードする一軍、運動神経は微妙だが派手に動いて目立とうとする手合い、そこまで色気は出さないものの、やはり普段よりいくらか気合いの入っているその他。
と、端から諦めていていつも通りほどほどな残り。
俺はというと、女子というか特定の一人が気になってはいるが、彼女は彼女で体育が得意ではないのかいっぱいいっぱいのようで、隣のコートで男子が何をやっていようと気にも留めていない。余裕があったとて興味もないだろうし。
なのでお気楽に、たまたま自分の目の前に飛んできたボールだけを手堅くトスする。それを横取りしようとしてミスったり、必要以上にはしゃぐ面々を見て「青春してるなぁ」とほんわかするくらいだ。
そんな様が余裕なように見えて癪なのか、同じくほどほどな連れは縁のない華やかな青春への羨みを込めたやっかみをちょいちょいかましてくる。
冒頭のそれはまさしくクリスマスに向けた季節柄の青春が現実的ではないはみ出し組の、本来は同士としての棘のない嫌味でもある。
「茜部さん」とは、俺が気になっている特別仲のいい女子で、男女問わず結構な広範囲から「両片想い」と囃し立てられているクラスメイトである。
顔立ちは綺麗だが、不愛想とまではギリ言えない程度には感情の起伏がフラットで、ゆえに目立たず、特定の男子と親しくもならず、色恋の対象からは外されがちだった。
きっかけは何てことはない。委員の雑務でちょっと喋ったくらいだったが、意外と話が弾み、「あぁこの娘普通に話せるんだ」とお気楽に話す仲になり、俺はありがたくも茜部と親しい特定の男子となった。
「両片想い」説は、後に茜部を密かに狙っていた男子のやっかみが発端だったと知ったが、茜部と話すようになってからそう間を置かず「もしかしてそうか?」と思うくらいにはそれっぽくなり、説が耳に届いているはずの茜部もそれを強く否定せず、俺と距離を置くでもなく、「話しはするけどそういうつもりはないですよ」という予防線も引かずに距離が詰まる一方なので、最初こそ囃し立てた周囲が「いつになったら付き合うねん」と痺れを切らし始めているとまで聞く。
そうは言われても、だ。
「別に茜部とは付き合ってるわけじゃないから」
「付き合ってるようなもんだろ」
「ハッキリ確認してないだけでもう付き合ってるフェーズにいってるよ」
実際俺は茜部と話し始めてからそう間をおかず、彼女に好意を抱き始めた。
話していて一切気を張らない楽さが心地よく、それが起伏に乏しいが土台可愛い女子なので、日頃異性との距離が遠い年頃の男子が落ちない方が難しいだろう。
人伝なので百まで信じてはいないが、茜部と親しい女子が「水原好きなの?(恋愛的な意味で)」と訊いたところ「うん」とあくまでフラットに答えもしたらしい。百まで信じてはいないがそれを聞いたときは心の中でガッツポーズをした。
当然付き合いたいか付き合いたくないかと問われれば付き合いたいし、カップルらしいアレコレにも興味はある。年頃だもの。
が、そんな仲の茜部と関係を進展させることよりも、仮にお互いの依然交わらない好意の上にこの心地よさが成り立っているとしても、俺は今の関係が万が一にも崩れることの方が怖かった。
要は臆している。付き合うことで「破局」という未来が現れるのが怖い。
「そりゃ俺も付き合えたらとは思うよ」
この口説きも何度目だろうか。「いや告れよ成功するんだから」と誰もが言い飽きたくらいには情けなくも吐いている。
「水原も茜部さんも、この高校生活は人生で二度とないわけじゃん。こうして制服着て無邪気に青春できる時限がもうそこまで迫ってるんだぞ」
「勿体ないよなぁ」
「ほんと勿体ないし、茜部さんに失礼だよな」
ぐうの音も出ない。
向こうがどうかは知らないが、こちらから踏み出せないのは俺が変化を怖がっているからだ。付き合うことで出るかもしれない俺の粗に幻滅して茜部が離れていくのが怖いという、ただただ身勝手な保身だ。
それを、彼女を真似ているわけではないがフラットな風を装って隠し、彼女が心地よい時間を共にしてくれていることに甘えているだけだ。
「今更何て言って告ればいいんだよなぁ……」
「好きですつって」
「今更過ぎる……」
「付き合ってください~でいいだろ」
いいんだよなぁ、本来。
皆そうやって青春を始めていくんだもんな。別に変なことじゃない。当たろうが躱されようが砕けようが、そうやって青春しているんだ。
「クリスマスくらいは何かしろよな。いい加減幻滅されるぞ」
呆れつつも笑う連れは、俺がこんなに憶病でも嗤わず、ただ茶化しもせず、真剣に応援してくれている。
当事者の俺だけが全然ダメなんだよなぁ……そう思うたびに、勇気が削がれていく。
そんな俺の気を知ってか知らずか、茜部から「放課後話したいことがあるんだけど」とメッセージが届いたことで、望んでいた分相応の平穏からかけ離れた青春に足を踏み入れることになるのをこの時の俺はまだ知らない。
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