晩夏九相

十余一

晩夏九相

 夏は死に逝く季節だと、わたくしは思うのです。苛烈な陽射しで干乾び、或いは淀んだ湿しとりの中で腐り落ちてゆく。それが晩夏ともなれば尚の事。鮮やかに咲いた立葵は枯れ、騒々しく鳴いていた熊蝉は嘘のように沈黙し、蛙も蚯蚓も土瀝青アスファルトに張り付き木乃伊ミイラに成り果てる。まるで全てが生を終え、死に絶えるかのような錯覚に陥ってしまうのです。

 そして今、私の目前にも物言わぬ方が横たわっております。生気を失った骸はやがて瓦斯ガスで醜く膨らみ、眼窩がんかと口腔から蛆が湧き出で、肉塊から白磁の骨が露わになりましょう。どれだけ徳の高い立派な御方だったとしても、所詮は血と肉の詰まった袋でしかないのです。成した偉業や犯した悪行も時と共に薄れ、死してこの世に残るものなど何一つとしてありません。だからこそ、私の体に残る痣も心に刺さった棘も永久ではないと思えるのです。

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