「知ってる？　私は貴女（あなた）の才能が、妬（ねた）ましいの。私は貴女みたいに、物語を書けないわ」

　これは以前から、それとなく彼女が私に伝えていた事だった。なので私も、以前と同じように言葉を返す。

「私は私で、貴女が羨（うらや）ましいんだけど。演劇部の部長でしょう？　部員の皆から慕（した）われてて、自然に、人の上に立つ器量がある。私には、人を率（ひき）いるような才能は無いもの」

「演技よ、演技。そういう人間であるかのように振舞（ふるま）っているだけ。狡（ずる）いだけの女なのよ、私」

　恋人が、変わらず私の背後から首に手を回したまま、そう言っている。私から見れば、それは立派な才能だと思うのだが、彼女は納得しなさそうだ。リーダーというのは、時に相手を騙（だま）してでも人心（じんしん）を掌握（しょうあく）するもので、そういう不純（ふじゅん）さを恋人ちゃんは憎んでいるのかも知れなかった。

「いいじゃない、狡（ずる）くて。狡（ずる）さも使いこなしてこそ、魅力的な大人の女性になれるんだと私は思うわ。第一、貴女が本当に狡賢（ずるがしこ）いだけの人間だったら、本心を私に話したりしないでしょうに」

「……ほら、そうやって、私の気持ちを軽くしちゃうんだから。私が求めている言葉を貴女は、あっという間（ま）に紡（つむ）いで見（み）せる。それが貴女の才能なのよ。その才能が妬ましいの、私」

　恋人ちゃんは私を背後から、緩（ゆる）やかに引き倒す。凄（すご）く優しい動かし方なので、後頭部を打つ事も無く私は仰向けの態勢（たいせい）になる。そして恋人ちゃんは、私の上に馬乗りになって、しなやかな両手の指を私の首に絡（から）めてきた。

「……抵抗しないの？　このまま、殺されちゃうかも知れないのよ？」

「別にいいよ。貴女が望むのなら、それを私は受け入れるから」

　本心だった。髪の毛から爪先（つまさき）まで、私の身体（からだ）と魂（たましい）は全て彼女のものだ。その彼女が望むのなら、彼女の所有物である私は壊（こわ）される。それだけの事だ。恋人ちゃんは私の首に指を絡（から）めて、その指には全（まった）く力（ちから）が入っていない。上から心配そうに私を見ていて、そんな恋人ちゃんを安心させるために、私は笑顔で話しかける。

「貴女はね、精神的に大人なのよ。私よりもね。そして年（とし）相応（そうおう）の脆（もろ）さも、純粋な心も持っている。大人な部分と、子供な部分が時々、上手（うま）くバランスが取れなくて不安定になってるの。それで貴女は苦しんでるんだと、私は思う」

　私は精神分析も何も知らない。ただ彼女を愛していて、だから見えてくるものを言葉にして表現（ひょうげん）しているだけだ。その表現力（ひょうげんりょく）を恋人ちゃんが言うように、「私の才能」だと言うのなら、そうなのかも知れない。きっと愛は人に能力を与えてくれるのだろう。

「成長（せいちょう）痛（つう）みたいなものよ。背が伸びる時に膝が痛くなったり、私達みたいな女子だと、中学生の時みたいには運動できなくなったりするでしょ？　貴女の苦しみは一時的なもので、だから私を妬（ねた）ましく思ったりするのも、そういう一時的な気の迷いに過ぎないの」

　首に触（ふ）れる恋人の指。感触（かんしょく）が気持ち良かった。このまま、ずっと触れられて眠りに就（つ）きたいくらい。仮に私が安楽死を望む場合、この指に絞（し）められて人生を終えられたら、それは最高の締（し）めくくり方（かた）だと私は思った。

　その指が私の首から離れていく。感触が消えて、ちょっと残念に思っていたら、恋人ちゃんが私の上に覆（おお）い被（かぶ）さってきた。ああ、こっちの方が、やっぱり素敵な感触だなぁ。

「月並（つきな）みな言葉を言っていい？……愛してるわ。だから、これからも、私と一緒に居て」

　耳元で、そう伝（つた）えられる。彼女と私は同級生だけど、やっぱり彼女の方が、私よりも大人だ。彼女は真剣に悩んで、真（ま）っ直（す）ぐに言葉を私に伝えてくる。真剣に悩む事が苦手な私は子供に過ぎなくて、恋人ちゃんの言葉と体温の暖（あたた）かさに喜びで一杯（いっぱい）となる。子供がプレゼントの箱を抱（かか）えるように、私は彼女の背中に手を回して、少しでも彼女の苦悩が和（やわ）らぐよう抱（だ）き締（し）め続けた。