第8話
あのパーティーの後、とくに何事もなく日々が過ぎていった。
やはり、ハリスンは自分に気が付いていなかったのだと、自分の気にし過ぎだとコーデリアは思うのだった。
そんなある日、仕事中に隣の席の同僚が小声で耳打ちをしてくる。
「なあ。この前、騎士隊のヤツにお前のこと聞かれたんだけど、何かしたのか?」
突然の話に「は?」と言う疑問符しか浮かんでこない。そんなコーデリアに追い打ちをかけるように、
「あ! それ、僕も聞かれました。昼食を食べている時に、勤務態度とか、仕事内容とか。特に私的な事を聞かれたわけじゃないので、本人に言うほどのことでもないかな?と思って黙っていたんですけど」
「ああ、そう言うのなら俺も聞かれたわ。残業しているのかとか、自宅通いかとか?
たぶん縁談の話しかな?と思って、静かにしていた方が良いのかなと思ったんだけど。あれ、違うの?」
小声で耳打ちしているのにしっかり聞き耳をたてている辺り、地獄耳かと思ったりもしたが、今はそれどころではない。
「いえ、お見合いの話しなんて全くありませんし、誰かにお誘いを受けるようなことも、もちろんありません。大体から、私にそんな浮いた話があるはずないって、皆さんがよくおわかりでしょうに」
コーデリアは自虐気味に本気で答えた。
「いや。今までならね、俺らもそう思っただろうけど。この前の慰労パーティーの姿を見たら誰だって、やっぱり伯爵令嬢だったんだって思うだろうよ。
あの姿を見たら縁続きになりたいって思うヤツは出てくるさ」
「そんな……」
コーデリアはがっくりと肩を落とし項垂れる。
結婚など考えてもいない身には縁談の話など迷惑以外の何物でもなく、面倒この上ない。
「でも、それにしては未だに何の話もないって言うのもおかしな話ですよね?」
「う~ん。それは俺も思った。三人とも騎士隊の奴らに聞かれたんだろう?
あいつら、がっついてくるから本当だったら今ごろ列をなしてもおかしくないと思うけどなぁ。それが無いってことは、ねえ?」
「ねえ? なんですか?」
コーデリアは思わず食い気味に聞き返す。
恋愛話に疎い彼女にとって、こういった話はよく分からないし、ましてや男心なんてものもさっぱりわからない。
「なあ? 誰かに恨まれたりしてないか?」
「え? 恨み?」
「うん。聞かれる内容が変なんだよ。
普通、気がある子の探りを入れるなら、婚約者や恋人はいるのか?とか、社交の場への出席予定とか。もっと具体的になれば、好きな花とか菓子とか、贈り物用に聞いたりするもんだけど。それが全くない。
むしろ勤務時間とか、仕事内容。残業の有無に自宅通いかどうかなんて、まるで闇打ちでも狙っている……、な、わけないよな。うん、ないない」
先輩も手をふり、まさかそんなこと。と、笑いながら冗談にしようとする。
だが、周りの同僚たちの顔は何故か引きつった笑いになっている気がする。
「は、ははは。そんな」乾いた笑い声が聞こえるのだ。
そんな作り笑いの中、コーデリア本人は真顔になり本気で怯えていた。
「闇打ち」思いあたることが……、ある。
まさか、まさかと思いたい。騎士に憧れ、その夢を叶えた人がその手を卑怯な方法で汚すはずがないと本気で思いたい。
でも、それ以上に心を傷つけ、見境ないほどに憎んでいたら?
宮廷騎士ともなれば、自分の手を汚すことなく始末できる方法はきっといくらでも知っているはずなのでは?
そんなことを考え始め顔色を悪くするコーデリアに、「大丈夫か?」と聞いてくる同僚先輩たち。「だ、だいじょうぶです」と答えるのが精一杯で、仕事に戻り集中しようとするのに気もそぞろでうまくいかない。
闇討ちで狙われるほど自分は恨まれていたのかと思うと、さすがのコーデリアも恐ろしくなってしまった。
襲われでもしたら、何をどうしたって騎士に敵うはずがない。狙われたが最後、もうその命を守る術が見つからないのだ。
短い人生だったと振り返り、可もなく不可もない、実りのない人生だったと思い知り、できることならもう少し色々な経験をし、知識を深めたかったと思い直す。
自分の亡骸を見て家族は泣くだろう。いや、泣いてくれるよね?と、変な期待をしたりして。
「ああ、なんか吐きそう」
何とはなしに口から漏れた言葉に、
「すまない、俺が悪かった。顔色も悪いし今日はもう帰れ。狙われるなら定時で帰宅する時のはずだ。今なら安心だ、悪いことは云わん帰った方がいい。上司には俺が上手く言っておくから」
「はっ!」と我に返り見渡すと、先ほどまで話していた皆も「うんうん」と頷いている。そんなに顔色が悪いのだろうか?と思うと同時に、何やら不穏な言葉を耳にした気がする。『狙われるなら定時』ああ、やっぱり狙われているのね?と確信し、逆にスッキリした気にもなったりした。
「すみません。では、お先に帰らせてもらいます。狙われるなら定時ですものね。
今なら大丈夫、きっと大丈夫。今なら、いまなら……」
ブツブツ呪文のようにつぶやきながら立ち上がると、足元をふらつかせ歩き出すコーデリア。
「あいつ、大丈夫かな?」
先輩の心配する声が耳に届くこともなく、コーデリアは帰宅の途につくのだった。
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