第7話


「こっちよ」


 先に歩くアニカの後を追い歩くコーデリア。

 さっき目が合ったハリスンが頭をよぎり、消えることがない。


 目が合って、気が付かれた? としても、別に問題があるわけじゃない。

 悪いことをしているわけでもなければ、今更どうこうといった話でもないのだから。今までだって王宮内で会う事はなかったのだし、これからもきっと関わることはないはずだ。何事もなかったと普通にしていよう。それが一番だと思いこむことにした。



 庭園の中には灯りが灯り、四阿や休憩場のそばには焚火が起こされており、暖を取ることができる。

 少し肌寒くなってきたこの季節、丁度いいくらいだった。

 所々にはちゃんと騎士が立ち、見張りをしている。

 もっとも、普段の夜会などと違い、ここで愚弄を働くものなどいないらしい。

 無礼講とはいえ、ここで何かあれば明日からの仕事に支障をきたすことになる。

 皆、生活の糧を無くすわけにはいかない身分の者がほとんどだ。

 それくらいの頭は残しての羽目外しと言うことなのだろう。




 それぞれが持ち寄った物をテーブルに並べ、ワイングラスを持ちながら「カンパーイ」と高らかにグラスを傾けた。

 話に聞いていた通りの楽しいひと時。


 彼の存在さえなければ……。




 昨年は飲み明かしたと言っていたが、翌日仕事のマリーを気遣い日付が変わる手前でのお開きになった。

 頬を赤く染め、少しだけ足をふらつかせながら家路に向かう。

 寮生活のアニカを除き馬車止め迄向かう途中、門番として立つ騎士の姿を目にし、コーデリアは「どうして?」と、思わず振り返り逃げ出したくなった。

  

 あれはどう見てもハリスンだ。

 門番なんて新人の仕事だろうに、なぜ彼がここに? そんな思いを秘めながら、他の二人に気が付かれないよう冷静を装い歩を進めた。


「お気をつけてお帰りください」


すれ違いざま、少しだけ顔をのぞくように見つめると、彼はまっすぐ前を向いたまま無表情だった。


 通り過ぎる時、彼の口から告げられた言葉。

その声を聞き、ハリスンの最後に聞いた言葉がよみがえる。



「恥ずかしくて連れて歩けない娘」

「見た目の悪い売れ残りの娘」



 気になどしていないつもりだったのに、思い出されるのは自分を虐げるような言葉だけだった。昔の話だ。今はこうして仕事を得てやりがいもある。仲間との関係も楽しんでいる。胸を張って人生を謳歌していると誇れる。誇れるはずなのに。


 彼を前にすると、自分への誹謗の言葉に苦しむよりも、その人生を歪ませてしまった事への後ろめたさが込み上げてくる。

 振り返りすがってでも許しを請いたくなってしまう。


 きっと彼は自分を憎んでいるはずだ。忘れたくても忘れられないほどに。

 いや、二度と思い出したくないほどに、この存在すら消し去ってしまっているのかもしれない。


 ああ、人の人生を狂わせるようなことを……。

 なんてことをしてしまったんだろう。


 酒に酔い赤く染まった顔はいつしか青くなり、表情さえも消え失せてしまっていた。



~・~・~




「ハリスン。どうだった?」

「ああ、代わってくれてありがとう。やっぱり彼女だったよ」


「そうか。で、どうする気だ?」

「……、そうだなぁ」



 騎士服を着たハリスンと、その同僚のルイスが小声で話し始める。

 慰労パーティーの今宵ばかりは、楽しみたい者達のために年齢や職位に関わらず交代で門番などを請け負うことになっている。


 パーティーの席で目が合ったと認識したのはコーデリアだけではなかった。

 ハリスンもまたコーデリアの存在を認識し、彼女が王宮で働いていることを始めて知ったのだ。



「伯爵令嬢だ。侍女だろうけど、どなたの担当か調べようか?」

「ああ、悪いが頼むよ」

「わかった。まかせてくれ」


「いや、待った!! 侍女の他に事務官としてもあたってくれるか?」

「事務官? 伯爵令嬢が? いや、それはあり得ないだろう、さすがに」


 カラカラと笑うルイスに、


「彼女の事だ、侍女なんかに収まる玉じゃない。たぶん、事務官だ。間違いない」


 そう告げるハリスンの顔には一切の笑みがこもっていない。

 真面目な横顔を見ながらルイスはため息を吐き、


「お前が言うなら調べるけど、無駄足だろう? 一応、念のために調べるよ」

「すまないな」

「いやいや、夜勤の門番を代わってもらって、こっちこそありがたい。

 じゃあ、俺は侍女たちと遊びに行ってくるわ」


 背中越しに手をひらひらさせながら去って行くルイスの後ろ姿を、ずっと見つめるハリスンだった。





 ルイスの情報網は聞きしに勝るもので、あのパーティーからすぐに結果が伝えられた。


「彼女、お前の言う通り事務官だったよ。よくわかったな?」

「やっぱりそうか。で、部署は?」


「請求管理部だとさ」

「なるほど。数字に強い彼女らしい」


「いや、俺なんかまだ信じられないからね。伯爵令嬢が事務官なんて、それも請求書を扱う部署なんて。しかも、女性は一人だけらしいし」

「一人?」


「うん、前にいた女性事務官が辞めて代わりに配属されたらしい。よく務まるとおもうよ、ホント」

「そうか……」


「で? どうするの? 早速、行動に起こすの?」

「いや、まだ早い気がするんだが」


「でも、こういうのは早い方が良いんじゃないかな? たぶん、向こうだって気が付いているだろうし」

「そうだな。確かに目が合ったんだ。俺だとわかっていると思う」


「なんとも、厄介だな」

「ああ、自分でもそう思うよ」



 男二人は苦虫を潰したような顔をして、何やら考えこむのだった。



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