第6話
随分仕事にも慣れ、少しずつ信頼もされるようになったコーデリア。
仕事はやりがいがあるし、楽しい仲間も出来た。
そんな日々を過ごしながら、年度末の慰労パーティーの日を迎えることになる。
この日は基本休日であるが、仕事の内容によっては休めない者も多い。厨房担当などは逆に大忙しだ。それでも皆、交代で顔を出し楽しんでいる。
女性陣などはこの日の出会いに期待をし、ここぞとばかりに飾り立てる者もいれば、普段と変わらぬ仕事着で出る者もいる。そこは正に無礼講で、とやかくいう者もいない気どらない会だ。
コーデリア達も一応は貴族令嬢。女だてらに事務官などになる変わり者と言われても、ちゃんと貴族令嬢としての礼儀は学んでいる。
さすがの彼女たちも普段の質素な仕事用のワンピースではなく、それなりの社交用ドレスを身に纏っての参加となった。
「うわー。パトリスさん、綺麗なドレスですね。瞳の色と同じ深い青で、よく似合っています」
「ありがとう、コーデリアさん。でもね、実はこれ一張羅なの。去年もその前も、なんなら三年前からこのドレスよ。誰も私の事なんか見ていないから、何か言われたこともないわ」
「あら、私だって去年と同じよ。覚えているでしょ? 去年ワインをこぼしたシミも、お針子さんに上から刺繍を入れてもらったの。ほら、目立たないでしょ?」
「まあ本当ね、全然わからないわ。むしろ裾のアクセントになって綺麗よ」
「それよりコーデリアさん。さすがキャメロン伯爵家ね、立派なドレスだわ」
「ええ、ええ、本当に。目の保養とはこの事だわ」
「本当に。眼福ね」
今のいま迄、必要最低限の社交の場にしか出たことのなかったコーデリア。
それでも娘のために、母は毎年ドレスを新調してくれていたのだ。
着る機会のない物を作るのはもったいないから止めて欲しいと訴えたこともあるが、ある日突然必要になるかもわからないのだから、用意だけはした方が良いと言われてしまえば強く言うこともできない。
しかも、母親の楽しみを奪うな!とまで言われては、それ以上何も言うこともできず、ドレス一枚でうるさく言われないのなら、と思っていたのだが。
まさか、こんな所で役に立つとは思ってもみなかった。
「実は母が毎年ドレスを作ってくれていまして。社交の場には出ないから無駄だと言ったのですが、母親の楽しみと言われれば何も言えず。
しかも、久しぶりの社交の場で母が張り切ってしまって。ホント、お恥ずかしいです」
コーデリアは恥ずかしくなり、申し訳なさそうに身を縮こませ苦笑いを浮かべた。
「お母さまの思いが詰まったドレスですもの、とても素敵よ。侍女の方たちにも引けをとらないわ」
「さすがお母様、あなたによく似あう物をわかってらっしゃるのね。すごく似合っているもの」
「これならダンスの誘いもひっきりなしじゃない?」
「え? ダンスはちょっと。あまり踊ったこともないですし、リズム感が壊滅的にダメで、実は苦手なんです」
「あら、そうなの? 運動神経とかよさそうなのにね?」
アハハ……と、四人は互いを褒めたたえあいながら、会場へと向かった。
宮殿内の中広間と小広間を解放し、そこで思いおもい好きなように過ごしている人たちがすでに大勢いた。
楽団の音が奏で続けられ、好きな時に踊り、好きなものを食し、好きな酒を飲む。
言われた通り華やかなドレスの淑女たちがそこかしこに舞うように移動し、結婚相手を物色しているのだろう。
そんな女性陣を掻い潜り、男たちはカード遊びに興じながら賭け事をしている者もいるようだ。
「本当に華やかですね。いつもの仕事の顔とは違って、皆さんお綺麗だわ」
「女性だけじゃないわよ。男性たちも着飾って、普段の仕事の顔じゃないわ。ここでは皆貴族の紳士に戻るのよ」
なるほど、言われてみれば見知った顔がちらほら見える。
いつも眉間にしわをよせ、頭をかきながら書面とにらめっこをしている顔ではない。こうしていれば、皆貴族紳士に見えてくるから不思議なものだ。
「じゃあ、さっそく美味しいものをいただきますか」
アニカの号令で四人は好き好きに舌鼓を打ち始めた。
普段食べている王宮内の食堂に出る料理とは段違いの美味さ。
楽しい会話に、美味しい料理。
コーデリア達はしっかり堪能した後、二次会に向かうべく準備を始めた。
グラスを片手にそれぞれワインのボトルや、料理の乗った皿を持ち、庭園に移動をしようと思ったその時。
「キャー」「わぁ!」と言う、令嬢達の歓声が背の方から聞こえて来た。
何事かと振り返ると紳士たちの一行が会場入りするのが見えた。
「ああ、騎士様達のご入場ってわけね」
「これは、騒がしくなるわ。早いとこ逃げましょう」
なるほど、言われてみれば皆、背も高く鍛え上げられた立派な体つきをしている。
後ろの方には騎士服を着ている人もいて、その周りを着飾った令嬢達がわいわいと群がっていた。
何とはなしにその集団を見ていたコーデリアだったが、ふと一人の人物に目が止まる。決して意識したわけではないのに、どうしてか目が離せない。
横を向いているその顔を見たいような、確かめたくないような気がして……。
ほんの一瞬のことだった。たぶん、相手も気が付かないはずだ。それほどまでの短い時間。
目が合ったその人は、かつて自分が不幸にしてしまった人。
ハリスン・アンダーソン。本人に間違いない。
ほんの一瞬。見てはダメ!と、心が叫びすぐに目を反らした。
あれから時間も経っている、今の自分はかつてのそれよりも少しは大人じみて、しかも今は母によって飾り付けられている。気が付くはずがないのだ。
「コーデリアさん。早く行きましょう!」
「はい。今行きます」
先輩たちの呼び声に身を預け、急ぎその場を後にした。
そんなコーデリアの後ろ姿を消えるまで見続けている男の存在に、彼女は気がついていなかった。
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