第5話


 時が経ち、コーデリアは宮廷の事務官として働き始めていた。



 あれから全ての縁談を断り続け、今ではまったくと言っていいほど話が来なくなってしまった。

 見た目がどうであれ、彼女の頭脳とキャメロン伯爵家の名は優良物件の類に入る。

 元々、コーデリアは特別醜いわけではない。良くも悪くも『その程度』。

 もっと手入れをし、他の令嬢のように磨けばそれなりになるのだ。それを怠っての『その程度』なのだから仕方ない。本人にその気がないのだから、手の施しようがないのだ。


 数多く届く釣書が開かれることもないままに、かくしてコーデリアは宮廷事務官の職につくことになる。


 男性でも狭き門である宮廷事務官。女性がその職を得るには、並大抵の努力ではつかみ取ることはできない。そこには確かな才能も必要だ。

 コーデリアもあの夜会の一件以来、引きこもりのように試験勉強に励み、翌年の採用試験で好成績の上、合格をもぎ取った。


 元がそれなりのコーデリア。試験勉強で社交の場に一切出なくなったことを良いことに手入れを怠った今、想像通りの見た目に成り下がっている。

 だがコーデリアは気にしない。仕事をするのに見た目は関係ないから。

 


「コーデリア。これを出納部まで持っていってくれ」

「はい。わかりました。すぐに」


「そのまま昼休みに入って良いぞ」

「はい。ありがとうございます」



 コーデリアが配置された部署は請求管理部。王宮に届く請求書を精査しまとめた後、出納部に渡し支払いをしてもらう。

 その部署でコーデリアは雑用からのスタートだ。

 頼まれた書類を専用の布袋に詰めると、金庫部の部屋に向かって歩き始めた。



 王宮内は広い。

 王族が住まう宮殿に、貴族議員などが議会を開く会議館。事務官などが実務処理を行う事務館。広い敷地の中には様々な施設がある。そして一番奥には宮廷騎士が身を置く詰め所や、働く者達の寮などがある。

 

 コーデリアが事務官として働きだしてすでに半年以上が経つが、宮廷騎士と顔を合わせる事はほとんどなかった。

 勤務前、王宮騎士として勤めているハリスンに会うかもしれないと、心を乱したりもしたが要らぬ心配だったようだ。

 各館は専用通路や渡り廊下で繋がっており、その出入り口に騎士が門番として立っている。コーデリアが唯一顔を合せる騎士などはこの程度だ。

 だが、そこに立つ者は殆どが新人騎士なので、ハリスンがいるはずもない。


 新入りのコーデリアと違いハリスンは現在、第二王子付の騎士になっていると風の噂で聞いた。第二王子殿下の信望も厚く、高位貴族の令嬢からは相手にされないようだが、王宮内で働く低位貴族の令嬢達には人気があるらしい。

 それでも婚約を結んだと言う話は耳に入っては来ない。コーデリア同様、未だに独り身でいるようだ。

それがなんとなく嬉しいような、申し訳なく思い苦しいような、言い表せない想いを燻らせるコーデリアだった。


「ご苦労様です」

「いつもありがとうございます」


 門番の騎士にも顔を覚えてもらい、軽い挨拶をする程度にはなった。

 だからと言って、どうこうなるわけもないのが実情だが。


 出納部に書類を届け出た後、その足で食堂へ向かった。

 王宮内の食堂は朝早くから夜遅くまで開いていて、職員はいつでも食べ放題だ。


 コーデリアはいつも仲良くなった女性職員たちと、この食堂で昼食を取る様にしている。元々女性の少ない職場ではあるが、色々な部署の年の近い者同士が集まり、いつのまにか仲間意識が芽生えすっかり打ち解け合う仲になっていた。

 

 今日はいつもより少し早く着いたコーデリアが席を確保して待つ。


「あ! マリーさん、こっちです」コーデリアは大きく手を上げ誘導する。


「今日は早かったのね?」

「はい。出納部へお使いの帰りで、そのまま休憩です」

「なるほどね、皆が来る前に取りに行く? 今日の日替わりは何かしら?」

「今日はポトフらしいですよ。少し寒くなってきましたからね」


 そんな会話をしながら他の仲間が来るのを待つ。こんな他愛ない会話が、この職場での気晴らしだった。



「そういえば、そろそろ年度末の招待状が届く頃よね」

「ああ、もうそんな季節なのね? 一年があっと言う間だわ」

「全員参加なんて誰が言い出したのかしら。面倒くさいったらないわ」


 三人の会話を聞きながら、何か催し物があるのはわかった。でも、それが何かは新人のコーデリアにはわからなかった。


「年度末に何かあるんですか?」


「ん? ああ、コーデリアさんは初めてね。

あのね、年度末に王宮内で働く人間への慰労と称したパーティーが開かれるのよ。

この日は上司と言えど無礼講ってことになっているけど、実際はそんなこと絶対ないから気をつけて。

でも、美味しいご馳走と高級酒が飲み放題!それだけを楽しみに参加するのよ!」


「ああ、マリーのいう事は気にしないで。美味しいご馳走とお酒が飲み放題は合っているけど、それだけじゃないから。

我々、事務官の女性とは違って侍女の方たちは、それは、それは艶やかに着飾ってくるの。この日は全ての部署の人間が参加するから、素敵な出会いがあるかもしれないでしょ? だから、気合が入るんでしょうね」


「コーデリアさんなんて若いんですもの、その気になれば一人や二人なんとかなるんじゃない?」


「いえいえ、私はそう言うのは興味ないので、大丈夫です。夜会とかもあんまり出たことないですし。でも、全員参加なんですよね?」


「うん、まあ決まりとしては全員参加だけど。でも、王族に付いていられる方たちは交代になっちゃうし、仕事が残っている人もいるから、みんな適当に出たり入ったりしているわ。だから、最初だけ顔を出して抜けても大丈夫よ」


「なるほど、だったら私も最初だけ出て帰ろうかな」


「去年はね、最初だけ出た後三人で抜け出して中庭で飲み明かしたのよ。

 なんたって飲み放題ですもの。これを逃す手はないでしょ」


「うわー。そっちの方が楽しそうですね。私も参加したいです」


「本当? じゃあ、今年は四人で飲み明かすわよ。それまで、精々頑張って仕事しなくちゃね」


 

 今年働き始めたばかりのコーデリアにとっては、初めての慰労パーティー。

 夜会などの付き合いは面倒だと思えても、全員参加ともなれば仕方がない。

 それに、その後の飲み会が楽しみで、ワクワクを抑えるのが難しかった。


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