第3話


 父であるキャメロン伯爵が縁談の話を持ってきたのは突然のことだった。



 コーデリアは大変優秀な成績で学園を卒業した。その後はキャメロン家の領地経営の手伝いをしながら花嫁修業をする予定でいたのだが……。

如何せん、勝ち気で令嬢らしいことが苦手なうえ、才女と呼ばれるその頭脳を持て余し気味にするような娘だ。

 その身を着飾るよりも本を読み、算術を解いていた方が楽しいと思うような、変わり者と呼ばれるコーデリア。

 当然、色事に興味などなく、結婚に関しても無縁のように振る舞っていた。

 そんなコーデリアに対して両親も兄も、縁談話には遠慮気味になっていたのだ。


 そして突然のハリスン・アンダーソンとの縁談話である。

 当初家族は皆、話も聞かずに断るのだろうと思っていた。しかし、コーデリアの反応は予想とは違うものだったのだ。

 


「アンダーソン子爵家が借入先を探しているらしい。確か、ルークとは学園で同級だったと思うが?」

「はい。確かに机を並べた仲ですが、特別仲が良かったわけではありません。

でも、悪い噂も聞いたことはありませんが」


「なるほど。アンダーソン家は先代当主夫妻が流行り病で亡くなり、今は子息のハリスン殿が子爵位を継いでいる。彼は宮廷騎士をしながら領地経営もしているらしい」

「まあ、それは大変ね。では、領地経営のほとんどを家令にまかせっきりなのかしら?」


「そういうことになるだろう。だが、あそこは肥沃な土地で農作物が豊富に採れる。大きく望まなければ問題はないのだろうが、昨年の災害で大きな被害を受けたらしくてね。復興費用の資金繰りに困っているらしいんだ」

「若輩者に貸せる金は無い。と、言うことですか?」


「親が信用できるからと言ってその子も信用に値するとは限らんからな。私も色々と調べたが評判は決して悪くない男だった。

 そこでなんだが、彼をコーデリアの相手にどうかと思うんだが?」

「どうかとは? どういう意味でしょう?」


 今まで家族の会話に口を挟まなかったコーデリアが、自分のことか?と、すかさず疑問を投げかける。


「まあまあ。コーデリア、あなたもそろそろ本気で婚約者探しをする頃よ。むしろ遅すぎるくらいだわ。こういうことは早い者勝ちなんですからね。とりあえず会ってみるだけ会ってみたらどうかしら?」

「そうだな。別に政略的なものがあるわけじゃない。お前が嫌なら無かったことにすればいいだけだ」


 両親ともにコーデリアの気持ちを尊重すると言っている。しかし、金が絡む以上相手は必死になって逃がさないように囲い込んでくるだろうとルークは踏んでいる。どちらにしてもコーデリアはこんな話、受けることは無いだろうと思っていたのに……。


「私なんかでよければ、お会いするのはかまわないわ。もちろん、相手の方の気持ち次第ですけれど」


 家族皆、一斉にコーデリアに顔を向ける。「え?」と、言う表情で。


 それを見て一瞬ひるんだように、「なによ?」と睨み返すコーデリアだった。




 それから二人が顔を合わせるのに時間はかからなかった。

 宮廷騎士をしているハリスンの休日に合わせ、キャメロン家での茶会が開かれた。

 最初は学園で同級だったルークも同席し、まずまずの雰囲気だった。

 その後、二人はハリスンの休日を利用し何度か茶会で顔を合わせることになる。


 見合いをするに至る理由はお互いが承知の上のこと。

 ハリスンは最初からその理由を誠実に打ち明けていた。


「アンダーソン家の問題にあなたを巻き込んでしまい、申し訳なく思っています。

 うちの領地は豊かで、農作物の収入で十分賄えていました。俺は騎士として王都にいるので、普段は家令や管財人に任せっきりで、それでもどうにかなっていたんです。領民に重税を課して苦労をさせるつもりなんかないから、皆で困らない生活が送れれば良いって、そんな風に思っていたのがまずかったんですよね。

 恥ずかしながら、貯えがほとんどなくて。災害で作物や民家に被害があってから初めて気が付いたんです。まったく、ダメな領主です」


 力なくハハハと笑うハリスン。


「本来なら、騎士を辞めてきちんと領地に向きあうべきなんでしょうが、騎士になることは子供の頃からの夢で。亡くなった両親もずっと応援してくれていたんです。

 宮廷騎士の試験に受かった時も、二人して泣いて喜んでくれて。だから、騎士の仕事はどうしても辞めたくなかった。そんな時、キャメロン伯爵からお声をかけていただいて、本当に嬉しかったんです。

こんな俺じゃあ、あなたに不釣合いなのはわかっています。

 でも、もし一緒になってもらえるなら、大切にすると約束します。

 王都と領地の、行ったり来たりになりますが、今度はちゃんとアンダーソンの地を守るために頑張るつもりです」


 ハリスンの言葉に飾り気はない。ここ、王都に居れば少しは洒落た言葉や態度、仕草も身に着くはずなのに、彼にはそれが感じられなかった。

 綺麗な顔立ちで令嬢からの人気もありそうなものだが、「社交界の裏で仕事をするのが騎士の務めですから、正直出会いなんてないですよ」と、軽く笑ってみせた。

 彼の言うことは本当なのだろう。両親の愛に包まれ、騎士を目指す努力を続けて来た彼には、コーデリアと同じく色事に身を置く暇はなかったのかもしれない。


「ご覧の通り、私はこのような見た目です。それを変えるつもりはありません。

 この身を飾り立てるような物に興味もないですし、社交の場も好きではありません。それでも、我がキャメロン家の数字を扱うくらいのことはしておりますので、少しはお役に立てることもあるのではないかと……。

 まずは領地の復興から一緒に。と言うことでいかがでしょう?」


 目を輝かせ喜ぶハリスンを見て、コーデリアは「可愛い人」と心の中でつぶやいた。


 コーデリアは元々、結婚するつもりなどなかった。

 本当なら学園を卒業後、宮廷事務官として勤めたいと思っていたのだが、両親や兄の猛反対にあい夢を諦めた経緯がある。

 この国では、若い未婚の令嬢が男に交じって数字を追うなど、あり得ないことだった。侍女などは女性の世界であり花嫁修業の意味合いもあるため、結婚相手としては申し分のない立ち位置に属するが、算術をするなどもってのほかだ。

 女性が下手に数字に明るくなれば、家の財産を好きにしたい男達からしたら目障りこの上ないのだろう。

 それこそ事務官になどなったら生意気な娘と思われ、婚期を逃すと言われている。

 事実、数少ない女性事務官は皆そのような者ばかりだ。


 だからだろうか? ハリスンの夢を追う姿が眩しく見え、それを応援したくなったのかもしれない。

 宮廷事務官を諦めた今、貴族令嬢として結婚をしなければならない事実はちゃんと理解している。ならばせめて、誠実な人が良い。そこに愛はなくとも信頼関係は欲しい。

 見目麗しい彼の口から愛をささやくような言葉が漏れたら、きっと信用は出来なかったと思う。見合いの場なのだから自分を良く思ってもらいたいと、飾り立てた言葉を並べられたら断っていただろう。



 コーデリアは、誠実で嘘のない人が良い。と、ハリスンを見て思った。




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