第2話
コーデリアが怒って帰った後、一人残されたルークはキャメロン家の馬車が戻るまでの間、暇つぶしにカードゲームをしていた。
どれくらい時間が経っただろうか。ポンと肩を叩かれ振り返ると、そこにはハリスンが笑顔で立っていた。
「コーデリア嬢の姿が見えないのだが。談話室にでもいられるのか?」
やっと来たかとルークは重い腰を上げ、ハリスンに「ちょっと良いか?」と、連れ立って部屋を後にした。
夜も更け、あちらこちらで思い思いに夜会を楽しむ姿が見える。
ルークはハリスンを庭園に連れ出すと、つる薔薇で飾られたアーチの前に立った
「ここに。さっきまでコーデリアが居たらしい」
「……え?」
ルークの言葉の意味が理解できずに無言で固まるハリスンに、ルークは言葉をぶつける。
「ここに隠れて君たちの会話を聞いていたらしい。君との縁談は考えられないそうだ」
「!!」
ハリスンが青ざめた顔でルークを見るも、彼はハリスンの顔を見ようとはしない。
目を見ることも、表情を気にすることもしない。淡々と言い聞かすように話すだけだ。
「妹が聞いたという話が事実なら、確かに君が言う通りだ。我がキャメロン家にとって、アンダーソン家の土地は魅力的なのは事実だ。昨年の災害で損害を被り先行きが危ういと聞いて、何とか手助けできればと思ったのも事実。
だが、そこにコーデリアを押し付けて、私欲を肥やそうなんて思いは微塵もなかったのも事実だ。
他人から見たら見映えがしない妹でも、家族からしたら優秀で頼もしく、可愛い妹だ。あいつを幸せにする気もない奴に、くれてやるつもりはないよ」
「いや、俺はそん、な……」
「そんなつもりはなかったって? 事実、そうなんだろうな。君にとっては気の許せる仲間内での軽口のつもりだったんだろう。男同士の僕なら、それも理解できなくはない。だが、コーデリアにとってはそうじゃない。女性として、当事者本人の立場で聞いてしまえば、それは軽口なんかじゃないんだよ」
「でも、まさかこんな所で……」
「こんな所で盗み聞きをするなんて淑女らしからぬ、はしたない真似だって?
確かにそうかもね。でもこんな夜会の人込みの中で、堂々と人の事を侮辱するのも、紳士にあるまじき行為だと僕は思うけど。どうかな?」
「あ、それは……」
顔色を青く変え脂汗とも思えるような汗をかいたハリスンは、すがるような思いでルークに頭を下げた。
「どうか、コーデリア嬢に謝る機会を与えてほしい。決してあれは本心では無かったと誓って言える。あれは場を盛り上げる為の、俺のバカな行いだったと、誠意を持って謝らせてほしい」
頭を深くふかく垂れ、許しを請うために頭を下げるハリスン。
だが、ルークの眼差しが緩みことはない。
「元々貴族学園で同級生だったとは言え、君とは在学中にそれほど親しかったわけじゃない。友情なんてものはなかったと認識している。
それでも、在学中の君の評判は決して悪くはなかったし、亡くなられた先代も悪い話を聞いたことはなかった。
実直で真面目に子爵家の領地を守っているだけの、堅物と悪く言う人もいたようだけど、我が家はそうは思わなかった。特に僕の父はね。
流行り病で早くにご両親を亡くされ、若くして子爵位を継いだ君の事も大分心配していたくらいだ。
今回の話しは、コーデリア本人が否と言えば無かったことにするつもりだったんだ。まさかあいつが会うとは思っていなかったから。
でもね、あいつは断らなかったんだ。みんなビックリしていたよ。
たぶん、学園在学中から君の事を見ていたのかもね? それくらいには君に対して好意を持っていたんだと思う」
「ならば!」
「なに? 自分に気があるんだから許せって? そんな虫のいい話が通ると本気で思っているの? 僕もね、父が君との縁談の話を出した時、コーデリアにとって良縁かも? なんて思っていたんだ。
君となら義兄弟として、今後友情を深められるんじゃないかってね。でも、それも夢に終わってしまった。残念だよ」
ハリスンは跪き、ルークの両腕を掴みすがる様に懇願した。
「頼む。このままでは我がアンダーソン家は立ち行かなくなってしまう。縁談がダメでも、なんとか支援を頼めないだろうか。伯爵殿に融資の願いだけでも頼めるように取り計らっていただきたい。せめて領民を救えるように、頼みます!」
膝をつき頭を下げ請う姿は、子爵としての矜持を捨てた、まさに捨て身の行為だった。何とかしなければと、ただそれだけの思いが彼を動かしていく。
「今頃、家に帰ったコーデリアが父に報告していると思う。きっと父も僕と同じ意見だ。ならば今君がするべきことは僕に頭を下げることじゃなく、もっと他の家に頭を下げて回った方が良いという事だよ。
そうだな。君のその美しい顔立ちなら、裕福な未亡人に身を売れば融資の一つ、二つ、都合をつけてくれるんじゃないか?」
意地悪そうに上から視線を落とすルークを見上げ「っな!」と、悔しそうに怒りのこもった目で睨み返す。
「見目が良いってことは得だね。それすらも商品になるんだから。
でもお互い良かったんじゃない? コーデリアとは婚約を結ぶまでに至ったわけじゃないから傷にはならないし、両家にとっても商品価値を下げずに済んだんだから。婚約を先延ばしにしたコーデリアに感謝してよね」
そう言うと、ルークはすがりつくハリスンの手を払いのけ歩き出した。
彼は一度も振り返ることなく、まっすぐに前を見据え庭園を後にする。
一人残されたハリスンは握りしめた両手を地に付け、しばらくその場を動くことができずにいた。
賑やかな夜会の席で誰にも手を貸してもらう事もなく、ただ一人項垂れる男の姿が月夜に照らされていた。
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