第11話 - 2節『白百合とオレンジ』◇part.8
「さぁ、ここからが大事な部分だよ♪」
楽しそうな声で踊るように、預けた倉庫から荷物を運び出すカレン。
どこか困惑しつつも、黙ってついていくロディー。
いつの間にかカレンは、四人分のフルーツドリンクを両手に持っていて、
にっこりと笑っている。町までがんばって帰ってきた、ご褒美らしい。
ドリンクを受け取りつつも、リリーとルークは、
自分が収集品を持つと言い始めたが、このくらい平気だと、
カレンはハッキリ笑って断った。
「たのもー♪」
空は既に夕方で、アトリエには、
優しいオレンジ色の夕陽が差し込んでいた。
「闘技場や道場破りじゃないんだから、
たのもー、はないんじゃない?」
「あっはは!
戦利品取ってきたよ♪」
どこか笑い飛ばすように話したカレンに、
デメットはゆっくり微笑んでから、四人のおおよその用件を察した。
「なるほど、ね。
新人さんかな? 今日はみんなでがんばってきたんだね」
「うん♪ カードの錬成、お願いできる?」
「もうすぐ店じまいだから、問題ないよ」
「カードの錬成か! 邪魔しないように、今日はもう帰ろうかな~」
「待って」
「まって!」
二人のやりとりを見ていたお客さんらしきお兄さんが、
気を遣って帰ろうとするが、同時に二人にストップをかけられた。
お兄さんは頭にハチマキ、胸にエプロンをしており、
どこかの食料品店の人だということは、一見して分かる。
お兄さんのいる前の机の上には、薬草がいくつか並べられていた。
「帰る前に、このおさかな、見てもらえるかな?」
カレンがお兄さんへニコッと笑顔を向け、リリーの手を引いて、前に連れてくる。
リリーが釣り具と一緒に背中に担いでいた、水の入ったケースを下ろして開き、
それをお兄さんの前に見せる。
そこには、銀の鱗に、赤と青のコントラストが輝く鱗が映える、
生き生きとした大きな魚が泳いでいた。
「これは……?」
「いくらで、買ってくれる?」
お兄さんは魚を見て、思わずはっとする。
彼が隠せなかった表情を逃さなかったカレンは、
営業スマイルを向け、すかさずお兄さんへと質問する。
うーん、としばらく考え込んでから。
落ち着いたトーンで彼は答えた。
「そうだね。
夕方だし、普通の魚だったら銅貨を出して、今日の晩ごはんにしようと思った。
でもこれなら……銀貨を出してもいいよ!」
「やったぁ!」
リリーが、ルークと高いところで両手をぶつけ合って、喜んだ。
帰る前にリリーが魚を釣りすぎたことがわかり、
その場で皆で、魚をいっぱい食べたのだが。
調理する前にいくらか相談し、持って帰れる貴重な魚だけを残し、
それ以外は調理するか、リリースすることになった。
その相談の末、いけすに残した魚が評価された。
だからこれは、リリーにとって今回の、本命の釣果。
「よくこんなの見つけたなぁ……。
昔は、小さい時によくこの魚を見たから、
ちょっとした高級品として食べてたこともあったんだ。
でも、今は町の周りじゃ、全然見なくなってたからね」
どこか懐かしそうな目で、
魚を見つめるお兄さん。
「それなら、この香草も、どうですか?」
そこにおずおずと話しかけたのは、ロディーだった。
少し震えている様子をカレンは逃さなかったが、
それでもロディーの眼は堂々として、少し笑顔を浮かべていた。
店じまい前で、商品がなくなっていた机の上に、
香草を何種類も並べて、お兄さんにわかりやすく見せる。
紫がかった赤と深い橙、薄黄色にライトグリーン、
シアンにビリジアン、青みがかった紫。
わざと斜めに並べられた香草は、彩度と明度もハッキリしていて、
まるで花の虹のように見えた。
「色がいいなぁ……。さっきの魚もだけど、一体どこから?」
「企業秘密です♪」
興味深そうなお兄さんの質問を、人差し指を口元に添えながらの楽しそうな笑顔で、
カレンはさらっとスルーする。
まいったな、と苦笑いするお兄さんは、
そのまま黙って銀貨を4~5枚、ロディーの香草を並べた机の上に置いた。
言葉を出さずに、ふふふと笑う。
「え?」
信じられないような表情で、ロディーはお兄さんを見つめる。
その様子は、リリーやルークも同じだった。
「そうだな……。
これでも、おれは人をあれこれ
当然! 商品を買う時に付加価値をつけたりもしない。
商売している以上、利用されないように人の裏は見るが、
基本は正直、それがおれのモットーなんでな。
だからこの商品には、これだけの価値がある。
とはいえ、だ。
買うかどうかはおれの自由意志だし、買わなくてもいいわけだ。
でもさ。
あんたら、新人なんだろ?
こんないいものを次々に見せられて、黙ってるわけないよな!
いわば、これは『先行投資』だよ。
自分も
あはは、と苦笑いしながら、
自分が長くしゃべってしまったことをごまかすお兄さん。
ぽけーっと、その様子を見ている三人。
笑顔を隠せないカレンが、ロディーの肩を、ぐーで軽く叩いた。
ロディーの下ろされた両手が、
強く握りこまれる。
「よかったね。ロディー」
最終的に、カレンに情報の相談をしつつも、
自分で魚の目利きをしていたのは、ロディーだった。
だから、これは……。
しばらくは、三人が力いっぱい騒いでいる様子を、
お兄さんやデメットと、一緒に眺めているカレンなのであった。
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
三人とカレンが、デメットの錬成釜の近くに並び立つ。
釜を使う様子でもなく、デメットは広間の上に布を広げて、
どさっと収集品を乱雑に置いた。
しかしそれは、三つか四つのかたまりになるように置かれている。
乱雑に見えるが意図を感じさせるそれは、
三人には、とても不思議な風景に思われた。
「ちょっと離れててね」
デメットが数枚の透明なカードを持って、五文節ほどの何かを唱えると、
山のように積み上げられた、一度はゴミ扱いされてしまった収集品の一群が、
黒色の光となって、全てのカードに吸収されていった。
そしてカードは透明から黒へと変わる。
丁寧に見せるように、三人の前へと差し出された。
「これが『エレメント』のカードだよ。
属性の力を持ってて、錬金術の使える武器や防具などに挿すと、
強いパワーを出せるんだ。
これは黒いから『闇属性』のカードだね。
収集品はなかなか売れないけど、防具用のカードにすると、
役に立つことも多いと思う。
あとは……」
別の透明なカードをさっと懐から出して、
残りのかたまりごとに、軽く詠唱を重ね、それぞれが、
赤のカード、青のカード、紫のカードへと変わった。
「赤が『炎属性』で、青が『氷属性』だね。紫は『雷属性』で、
今回はなかったけど、白だと『光属性』になるからね。
収集品のままだと、全然お金にならないけど、
『エレメント』として売れば、それなりの収入になると思うよ」
だから錬金術師はもうかるし、アトリエが必要なんだよ、と
カレンが説明を加える。
「うーん。それだけじゃ、
説明が足りないんじゃない?」
カレンの説明に対し、デメットが考える仕草をした後、
持っていた『エレメント』のカードを全てルークに手渡してから、
タンスまで歩いて、かかっていた鍵を開ける。
そこから別のカードを五枚ほど取り出して、初心者の三人に見せた。
その中には、白の光属性のカードも混じっていた。
「お店の中で武器を振り回すのはどうかと思うから、
物を切るのに使ってみようか。無駄撃ちには変わりないんだけど……」
デメットが視線を向け、カレンが微笑んでうなずいた。
おそらくは、カレンから預かっていたカードだったのだろう。
カレンがお店の端に小走りして、大きな石の台のようなものを持ってくる。
そして、その上に小さなナイフと、薪が置かれた。
「火属性が分かりやすいよね。
今からナイフに『エレメント』の力をまとわせてみるね」
右手にナイフ、左手に赤いカードを持って、
デメットが『フレイム』と唱えると、
赤いカードが消滅して、ナイフの刃の部分が、
魔法の赤い炎で燃え始め、やがてオレンジ色に光る刃へと変わる。
「せいやっ」
薪を石の台の上に立てて、それをナイフで横から切った。
すり抜けるように、ナイフが薪を通過していった。
薪は焦げ目を残して上下両断され、支えを失った上側の薪だけが、
滑るように落ちていった。
数秒後、デメットがナイフを軽く振ると、
オレンジ色の刃は消え去り、元の銀色の刃へと戻る。
「……マジ?」
「えっ……?」
リリーが驚いて目を開く横で、
ルークが慌てて、腰のポケットの中にカードを突っ込み、
残った薪のほうへと駆けつけ、薪を熱心に調べ始めた。
そして、デメットからもナイフを奪い取り、
ナイフも熱心に調べようとする。
次にルークは、落ちたほうの薪を立て、
横からナイフを強めに突き立てたが、
刃先が木材に突き刺さった後、勢い余って、薪が倒れるだけだった。
切られた薪の両端を持ち、ふとももで割ろうとして叩きつけた後、
痛そうな顔をして、足を必死にさすりはじめる。
そこで、首をかしげて言った。
「ズルした、って訳じゃないよな。これ」
「うん。炎の刃で切っただけだからね」
「炎の刃を、ナイフに付与した?」
「そういうこと。手品じゃないから、タネも仕掛けもありません。
当然だけど、人に向けたらケガじゃすみません」
「すげえ……!」
「今のどうやったの!?」
三人で、デメットのほうへ駆け寄る。
そして、残りの四枚のカードの使い方を聞こうとしていた。
デメットは少し考えた後、カレンと協力して、
ただの金属の箱を冷蔵庫にしたり、電気の仕掛けを動かしたり、
ランプの明かりをつけたり、逆に消したりして見せていた。
「……あの。
カードの錬成って、どうやるんですか?」
一通りの実演を見た後、小さく片手をあげながら、ロディーが質問する。
その様子を見たデメットは、嬉しくなったのか、とても楽しそうに答える。
「企業秘密……なんて、カレンみたいに言ってみたかったけど、
やり方をおぼえれば、すぐかな。
でも、ちょっと勉強が必要かもね」
呪文の言葉を、言葉として覚えるのは難しくないけど、
魔法がしっかり使えないといけないから、まずはそこからかなぁ、
とカレンが補足した。
「なるほどな。道中で誰かがカードの錬成ができれば、
冒険中でも、荷物が最小限になるってわけか」
「ほええ~」
ルークとリリーが、思い思いに答える。
「でもまずは、戦闘能力が必要かもしれないね。
さっきのは採取だったし、そっちはどうなってるの、カレン?」
「それなんだけどさ」
「まだやってるッスかー?」
「お、ちょうどいい人が来たね」
閉店前の突然の来客に、
リリーたち三人は、同時に振り返る。
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