第12話 - 2節『白百合とオレンジ』◇part.9

扉に入ってきたのは、赤毛の女性。

少なくとも外見上は、デメットやカレンよりも年上に見える。


メガネをかけており、右のこめかみには、

桜の花の装飾のついたブローチ型の髪飾り。


髪の後ろには白いシュシュをつけており、

肩のあたりまである髪をばらけさせない工夫がしてある。



彩度の低めなレモン色のワンピースに黒いコートを羽織り、

コートの背中には、白の縁の毛皮で彩られたフードがついている。


右の腰には光沢のある、ブラウンの冒険者ポーチ。

反対側の左肩に引っ掛けるタイプのものである。



ほんの少し口角を上げて微笑み、ちわっす、といわんばかりの、

そろえた左手を、顔の横に添えるポーズ。


どうやらデメットやカレンとは、

それなりに親しい仲のようである。



「――むむっ、冒険の予感ッスか?」


見慣れぬ三人が、わざわざ奥の錬金工房で、

カレンたちと並んで立っているのを見て、

女性は何かを察したようだった。



「ん、察してくれてありがと、アデル。

 初心者三人に、戦闘のレクチャーをしてあげたくてね」


「なるほどッス。

 カレンがやりたそうにも見えるッスが、これはもしや……」



「そう、そのもしや、なんだよね。

 もう何もない、と思ってたんだけどね……」


「元賞金稼ぎは、つらいッスね。

 賞金首が狙われるのは当たり前ッスけど、

 稼ぐほうも、狙われることがあるってのは」


「あはは……ごめんねえ」



本当は違う。そう考えている。

元賞金稼ぎだから狙われているのかと、カレンは思っていた。


しかし、帰る途中から、彼女はもっと別の予感を感じていた。

賞金稼ぎというだけなら、あんな回りくどい手口を使う意味がわからない。


ただ首を取りに、殺しにくればいいだけではないか。

周りから精神を削っていくように追い詰めるのは、相手を弱らせるためには、よく使われる手段なのだが。


恐怖を与えて弱らせるならまだしも、相手と "張り合って" 挑発させる必要はない。そんなことをすれば、カレン自身のスペックを引き出すだけで、殺すにはデメリットしかない。復讐するだけなら、いじめて弱らせた上で、確実にカレンを殺せば、事は済むのだから。


相手の真意は、決闘を望んでいるのか?

だが、相手の情報が全然足りなさすぎる。


何もかも特定できない以上、暫定上の想像された理由で進めるしかなくて、

アデルと呼んだ女性に、話を合わせるカレン。



「ううーん。ここはデメットのお店だから、

 デメットに話を通してほしいなぁ」


「ごめん!」


「それで、アデル。

 今日は十字弓の修理、ってことでいいのかな?」


「問題ないッス。

 魔法の矢を使いすぎちゃったんで、弦が少々傷んでしまったかなと」


「もっと強い弦なら用意できるから、次からは大丈夫だと思うよ。

 本来ならもっと高くなるんだけど……」



話を一度切ったタイミングに合わせて、

アデルが同調する。



「このコたちの面倒を見たら、値引きッスかね?」

「うん、そういうこと。話が早くて助かるよ」


任せてといわんばかりに、

三人のほうへ向かって、微笑むアデル。



「自分はアーデルハイトって言うッス。

 アデルと気軽に呼んで欲しいッス!」


「「「よろしくお願いします!」」」


三人が思い思いに、

声を合わせてあいさつする。



その一瞬を見て、デメットがこっそりカレンのほうへ体を寄せ、

耳打ちしながら、質問を投げかける。


(一体、何があったの?)

(私が狙われてるっぽい。このままだと三人が巻き込まれると思った。

 たぶん賞金稼ぎ関連じゃない。もっとヤバい何か……)


(なるほどね。

 それで、明日はどうするの?)


(一人で、今日行った『狩場』の拠点まで行く。場所は明日、教える。

 明日、そこで落ち合う予定の子がいる。名前はフレア。泊まりになると思う。

 特に今夜なんだけど、次の日の夕方になっても帰らなかったら……

 あとはお願いね)


嘘だ。フレアと約束まではしていない。

希望的観測にすがって、また同じ狩場に向かおうと思っているだけだ。

それでもカレンには、確認したいことがあったから。



(了解。万が一、必要になった時は、

 リリルカたちを向かわせるかもしれないけど、それでもいい?)


(できれば私一人で片したいけど、本気でまずそうなら、お願い。

 私だけの問題なら、ほっといてくれていいけどね)


(できることなら、助けたいんだけどな……)

(そっか、ありがと)



「戦闘訓練は明日からでいいッスよね?」


「大丈夫!」「大丈夫です!」

「時間はいつからですか?」


耳打ちで会話をしているデメットとカレンをよそに、

大丈夫と答えるリリーとルークに、開始予定時刻を質問するロディー。



「朝からでいいッスか?

 一日目から、三人分を鍛えなきゃッスからね。スパルタッスよお?」


「スパルタって、なにー?」

「はっ……読み物の話をうっかり出してしまったッス。

 ええっと、泣きたくなるほど、めちゃくちゃ厳しい人のことッス!」


「マ、マジですか」

「どんとこい!」

「朝は血圧低いですけど、がんばります」



「あは♪ だったら、そこのローブの子は一番最後がよさそうだね。

 最初は元気のいい金髪のキミ、名前はなんていうのかな?」


「リリー!」


元気そうに返事しているリリーたちをよそに、

カレンは静かに、アトリエを去ろうとする。



(……カレン)

(ん?)


(気を付けてね)

(うぃっす)



心配そうな顔で見送るデメットに向かって、

ほんの少し、ニヤリと不敵に笑ってから、

音もたてずに、カレンはこっそりアトリエの扉を開け、去った。



ゆるい空気だったアトリエと、

空間が分断される。


夜闇の冷たい空気と、数秒の静寂。

深呼吸したカレンが、たった一言、告げる。

カレンが自分で思っていたよりも、ずっと冷たい声色で。



「出てきなよ」


「シトリの『カモフラージュ』を見抜くなんて。

さすが、ね。お嬢さん」



夕陽は既に落ちかけており、空は既に、夜の紫色の闇に染まっていた。

影が落ちる街に、影の存在する場所は、いっぱいある。


それこそ、いくらすくってもなくならない、

泉の水のように。


近くのタルの影から出現する、影のドレス。

輪郭しか見えない何か。

その瞳だけは、不気味なほどに、黄金色に輝いていた。

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