第10話 - 2節『白百合とオレンジ』◇part.7
「……誰ッ!?」
誰かに、監視されている。
(一体いつから?
今までのシーン、全部見られていた?)
『狩場』は死角と、外側の森以外、あまりに見通しが良すぎる。
ということは、どこにいても大して変わらないし、
当然、三人のことだって気づいているはずだ。
「戻ろうか……」
カレンは大きく、ため息をつく。
フレアを連れて、元の場所に戻ろうとした。
誰がこんなことをやったのか、カレンには分からなかった。
しかし、これだけは、彼女は確信を持って言える。
こんなやり方、絶対に『許せない』と。
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
太陽が西のほうに傾いてきた頃、三人の狩りは終了した。
リリーの釣果もかなりのもので、カレンたちの足りないごはんは、
あっけなく満たすことができてしまった。
それも、ロディーが詰んできた香草のおかげだろう。
香草自体は、この『狩場』に何種類もあって、いっぱい生えているものなのだが、
少しクセが強いものが多く、料理に使う香辛料として上手にブレンドするためには、色と香りの両方が良い草を厳選しなくてはならない。
どうやら、ロディーには目利きの才能もあるようだった。
それなら、できることはもっとある。
「このパープルラベンダーとイエローセージ、
どっちに値打ちがあると思う?」
「そうですね……。
ラベンダーが治療薬の効果しかなく、
セージを傷治しのポーションにできることを考えても、
普通の相場なら、セージのほうが高いんだと思います。
それでも、このラベンダーはかなり良質のもので、
他の花より極めて青に近い。かなり珍しいものだと聞きました。
あるいは、亜種や新種のラベンダーなのかもしれません。
もう少し、詳しく調べてもらう必要がありそうですね。
上手に交渉すれば、レアな収集品として、
"とても" 良い値段で売れるのではないかと、考えます」
「そうだね!
あの図鑑は持っていっていいから。
後で帰りに、交渉の仕方も教えてあげる♪」
とても、という部分にイントネーションの強調を含ませているところに、
カレンはニヤリとしてしまった。
思わず表情を崩してしまうほどに。
図鑑を貸したのは、たった数時間前。
ロディーにとってのあの図鑑たちは、
伝説のヒヒイロカネにも匹敵するのかもしれない。
この子なら、もしかしたら。
カレンはそう思った。
「このまま、帰るの……?」
「うん。また "明日" 会おうね!」
先ほどの件があったから、カレンとしては、フレアを一緒に連れて行きたかった。
自分たちの町に来ないか、とつぶやきそうになる口の端を。
必死につぐんで、押し殺す。
「そうだね。また "明日" 会おう」
いきなりフレアがいなくなってしまったら、
フレアの周りの人が心配するかもしれない。
今までフレアは無事だったのだし、向けられた敵意はほかでもない、
『自分に対してのもの』なのだとカレンは考えた。
フレアが狙われる可能性よりも、
自分がフレアと居続けることで巻き込む、
もう一つの可能性のほうを疑った。
ならば、ほぼ初対面のフレアはまだ安全で、
次に意図的にカレンがフレアに会おうとしたら、
そこでフレアが、本当に危なくなるのではないか。
そんな別の意味で最悪な可能性だけは、心の中で押し殺しつつ。
まずはこの三人を無事に、町まで送り届けなきゃいけない。
真犯人はカレンだけを狙っていて、この三人はまるで相手にされていない。
そうカレンは推測したからだ。
それでも、夜になればアンティシアが出現してしまう。
この狩場の周囲で、町レベルの安全を確認できたわけでもなく、
三人を守れる保証がない以上、どう考えても、
帰らない選択のほうがリスクは高かった。
フレアはあれだけ強いのだから。
きっとまた会えるし、何とかなるはずだ。
どうしようもない二択を迫られて、
それでも、少しでも安全な方を取らなければいけなかった。
今までカレンは旅をしていて、
同じ町にとどまり続けたことは、そこまで多くなかった。
だからデメット以外に、
自分の協力者になってくれる人物が出てきてくれるとまでは、
思っていなかった。
とても嬉しいことのはずなのに、
「『一緒に冒険をする』なんて安請け合いをしてしまった」などと、
うかつにも考えてしまった。
きちんと事が運べば、ロディーは最大の味方の一人に、
なってくれるかもしれない相手だというのに。
それなら、共に旅をするのは、いずれ必然となるはずなのだ。
ロディーのことは、今後の成長していくだろう姿は、
ひとりの冒険者としてカレンも、とても興味がある。
それでも、フレアのことが気になって仕方ない。
このまま、彼女について行きたい。
夕陽をゆらめかせる風のように、
揺れる気持ち。
目の前にいたロディーが声をかけようとするものの、
カレンはもう一度だけ強く、かぶりを振った。
「帰ろっか」
誰かが余計なことを言ってしまわないうちに。
カレンは心に強く決め、笑顔を向けて、フレアに一礼だけしてから、
ずんずんと前に進む。
慌ててフレアに一礼し、カレンについていく三人。
胸の前で軽く手を振る、フレア。
まだ夕陽は高かったが、
斜陽で赤みの挿した『狩場』が、
どこか寂しさを漂わせているように見えた……。
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