第9話 - 2節『白百合とオレンジ』◇part.6

(か、か、間接キ……いやいやいや! 何考えてるの私!)


カレンは両方の頬が赤くなるのを抑えられず、思わず両手をほっぺに添えるが、

こんなところをフレアと三人に見られたらとにかく気まずいので、

完全に背中を向ける。


それをいぶかしげに見ている、リリーとフレア、

突然皿を取られたことで困惑の表情を浮かべるルーク。


ロディーはそこで何かを感づいたのか、

リリーとルークを呼び、こそこそ話を始める。


二人は迷っているような反応を返しつつも、

ロディーの言葉に、うんうんと頷いていた。


十数秒経ってカレンが落ち着いて振り返ると、

ロディーが声をかけた。



「ボクたちはちょっと素材を集めてくるので、しばらく本借りますね。

 どうしても分からないことあったら、ききに来ます。

 それでは、ボクも花を摘んできますので」


何かを言おうとしたカレンだったが、

やや上目遣いの、覗き込んでくるような視線でおずおずと、

しかし、はっきりとした口調のロディーに、思わず口ごもる。


これでは、まったく立場が真逆じゃないか。

さっきまでの、自信なさげな雰囲気とは、全然違っていた。

案外に、芯の強い子なのかもしれない。


カレンが気の利いたことを何も言えないまま、

三人が近くで図鑑を広げながら話し合いを始めてしまい、

ぽかんとしているカレンは、力なくフレアに微笑む。



「……なんか、ヒマになっちゃったね」

「うん」


スープを一杯しか飲んでいないから、おなかはまだいっぱいじゃないけれど、

穏やかであたたかな、お昼過ぎの太陽に当てられて、

ゆったりとした空気感をふたりで楽しむ。


いつの間にか、食器なども片付けられて、大きなかばんの横に積まれていた。

おそらくはあの三人が、既にやっていたのだろう。



「孤児院の周り、

 あんまり魚いなかったんだもん!」


「そうだったのか……!

 てっきり、おまえは釣りの才能がないものだとばかり!」


「ほら言ったじゃん!

 あたし、釣れる時は釣れるって!」



「バケツいっぱい釣れたのに

 帰りにずっこけて全部逃がしたの……

 ホラ話じゃなかったのか!


 あの時信じてやれなくて、

 すまなかった!」



「わかればいいんだよ!

 ふふん!」



カレンはなんとなく、聞いてはいけない内容を聞いたような気がした。

しかし二人は大声で会話している。隠す様子もない。



(ま、いっか)


カレンは大きく深呼吸して、

かつーん、こつーんという、ルークの採掘音を聞きつつも、

すぐ横にいる橙色の髪を眺め、にっこりと微笑む。



「……そうだった」


思わずその場の空気に飲まれそうだったカレンだったが、

大切なことを思い出し、我に返った。



「フレア、ちょっとお願いがあるんだけど……」


『狩場』の安全を取り戻す。

そのために、ポールの調査を一緒にして欲しいと、状況の説明を簡単にする。



「いいよ!」


二つ返事で許可された。

どこまでも明るいその表情が、真昼の太陽のようにまぶしく見えてしまって、

どこまで先はあるのかと、手をのばしそうになるカレン。


それでも、かぶりを振って否定する。

そこまで否定しても、カレンは自然に浮かんでくる笑顔は隠さないまま、

フレアを連れて駆け出す。

なんだか、子どもに戻ったかのように。



▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼


探していたものは、あっけなく見つかった。

熊が突っ込んできたと思われる方向の近くにあった、

真ん中に穴が開き、ものの見事に、真ん中から折れたポール。



「なっ……」


カレンは絶句する。

その辺りに、折れたり、燃えたと思われる木々や岩は存在しない。

それ以外にも、様子の変なものは、特に何も見られない。


派手に焦げているという様子でもなく、

ただポールの一部が黒く変色し、ぐにゃりと折れている様子だった。



どうみても、人為的な犯行。


ポールには、『錬金術師(アルケミスト)』が

従者との契約や術式に使う『守護石』に魔術の回路を通す要領と同じように、

カレンによって魔術の回路が通されていたはずだが、

回路の重要な部分だけ、一部がかなり正確に、

えぐり取られるように破壊されている。


カレンは、ポールがへし折れた部分を観察する。

焼けた跡で変色したように見えるから、熱量を持つ "何か" に破壊された。

周りに焦げたものは見られないから、上空から撃った物でもない。

貫通した後に空中の彼方へと放射され、消えていったのだろう。

炎は揺らめきやすく、熱エネルギーは拡散しやすいから、収束させるには向かない。




一体、誰が?


湧き上がってしまった、疑念。

カレンは目の前の少女フレアを、じっとかがみこむように、

上目遣いの角度から、じっとのぞき込む。


「ど、どうしたの!?」


突然のカレンの行動に、フレアはびっくりするものの、じっと見つめ返す。

カレンがあまりにも真剣な表情をしていたので、

両者は完全に息を止めるように見つめ合い、

その場の時間が止まったかのような錯覚をおぼえる。



「……フレアなわけ、ないか」


はぁ、と大きくため息をつくカレン。

困惑するフレアに、カレンは「疑ってごめん」と謝り、

今度はポールに触れて観察しようとする。


「……たッ!」


わずかに、びりっと来た。

カレンには何度も慣れている、電気による衝撃。

彼女は少しびっくりしたものの、冷静に状況の分析を続ける。



(やっぱり。雷による "鋭い何か――おそらくは雷の光線か矢" を、

 正確にポールにブチ当てて、しかも正確に、

 魔術回路の主要部まで消し飛ばした?)


こんな器用なこと、

魔術の知識がなければできない。


いや、それだけでは足りない。

ポールは頑丈な金属製で、

それなりので激突しなければ

へし折ることはできない。


強度で物理的にポールを割れば、ひびや割れた跡が残るはずだが、

このポールはぐにゃりと折れている。

間違いなく、エネルギーの熱量でねじ曲げられた跡だろう。


魔術回路も細く、もし魔法の矢を近距離から撃ったならば、

飛距離が足りないために収束時間が足りず、

衝撃波も乱れたままぶつかり、大味な破壊跡になってしまう。


ただポールを破壊するだけなら、そんな大味な破壊跡で良かったはずだ。

しかし実際にやられていたのは、破壊したい物だけを正確に撃ち抜く、

極めて精密度の高い射撃。


イメージされるのは、遠くから極めて貫通力と収束力の高い、

極細のエネルギーの矢で撃ち抜いたような感じ。


遠くから正確に、標的だけを射抜く、その意味。

これは、"熟練者" のカレンに対する完全な挑発であり、プライドの高い者の犯行。


魔法の扱いに極めて自信のある、術者?

その裏には時間をかけた、数知れない努力があったはずだ。

そうでなければ、考えるのも恐ろしい確率になるが、夜空から星を一つ探すような、

砂浜から砂粒を探すようなレベルの、一握りどころか、一粒ともいえる天才。


前者ならば、剣で言えば、毎日素振りを千本振り下ろすかのような、

長い時間をかけた修練が必要なはずで。


それも、命中率を特化するとか、魔法の密度を極端に引き上げるとか、

かなり意図的な練習内容でなければ、無理だろう。


リリルカが持っているような、錬金術の弓での攻撃も一度は考えたが、

使


武器や道具には、物理的圧力やエネルギーや熱量に対する耐久性の限界があり、

カードや武器には、道具としての性能の限度があるからだ。


一般人が魔法のスケールや効果範囲を広げるためなら、

それらの道具はとても役に立つが、なのだ。



人間より上の知的生命体にしか超えられない、限界の先に手をのばすような探求。

カードや魔法武器では代用することのできない、魔術的な技巧の極致。

ゆえにそれは、源流の魔術師オリジナル


極めて密度の高い魔法の射撃を、正確無比に、一日千発。

仮に一般的な冒険者の魔法の矢の連射であっても、一度で三から四発。

それを三百回ほど撃ったとして、仮に一撃の密度が三から四倍以上だったとしたら、

一般の冒険者の魔法の矢の連射を、およそ千発以上発射した時の魔力量になる。


それを毎日撃っている計算。

一体練習だけで、どれだけの魔力を消費しているのか。


そんなものはもはや、

矢の嵐アローストーム、ではないか。



これはあくまで一般的な冒険者が、人間の寿命や老化を基準にして、

無理なく、犯行者のレベルに到達するための計算だったのだが。

否、もしこれを寿命を十倍、例えば一日百発に変換して、

同じ練習を毎日、百年以上撃ち続けたのだとしたら――?


そこまで考えて、カレンはかぶりを振る。

そんな状況は、もはや現実的とは言えない。


そんなの、

一日千発でも、百年で百発でも、結論としては違和感しかない。


そもそも、


それこそ、の魔法道具を使っても、

手が届くかどうか――。



目の前のフレアを見つめるが、

彼女は「うにゃ?」と首をかしげるだけ。


ほとんど初対面に近い立場で断ずるのも、正直どうなのかとカレンは考えたが。

カレンは、会った人に対する第一印象も大事にしていた。


フレアは少なくとも、そういうタイプではない。

カレンの戦闘での直感が、そう告げている。


今までのフレアの戦い方は二度しか見ていないが、どちらも

『"巨大なハンマー" を "炎の熱" で焦がしながら叩きつける』という、

大味なパワータイプ全開の戦い方だった。


戦い方もほぼ真逆。

こんな、のような魔法の撃ち方をするとは、

カレンにはどうしても思えなかった。



「フレアってさ、"雷" の "矢" とか使える?」


念には念を、と投げたカレンの質問に対して、

フレアは真顔で首を横に振った。


フレアは、間違いなく白だ。

カレンは確信した。



ポールを観察しようとして、首を近づけようとしたその瞬間。

森の方向から、何者かの強い敵意を感じた。


「……誰ッ!?」


しかし、カレンがにらみ返した時には、

既に何の気配もなくなってしまっていた。


誰かに、監視されている。

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