第8話 - 2節『白百合とオレンジ』◇part.5

話は、朝にさかのぼる。



▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼



「いっそ、二号店を作ってみたら?」

「えっ……」


突然の意見に、デメットが困惑する。

自分一人で、お昼のお店を切り盛りしていた彼女に、

お店をチェーン展開する、という発想はなかった。


だからまさか、カレンから

そんな話が飛んでくるとは思ってなかった。


確かに、今のデメットたちに破格の収入が入ってきても、

ごはんや高級品、道具の買い替え以上の使い道などなくて、

どうしたものか、とは思っていた。

だが、しかし。



「……師匠の『錬金術』の技術をもっと広めたい。

 それはね、考えたことはある。


 でも、どう考えても、人手が足りない。

 妹弟子だけど、リリルカは夜しか外に出られないし……」


「そう! だからこその『二号店』なんだよ」

「……どういうこと?」



「夜にしか出歩けないなんて、

 普通に考えれば、かなり怪しまれるよね。


 そうでなくても、アンティシアを怖がる今の冒険者から見れば、

 アンティシアばかりを狙う狩人なんて、かなり異端だよ」



ずばずば言うカレンの言い草に、

思わず黙り込むデメット。


しかし、彼女の言葉も真意も、

そこが終わりではなかった。



「でも、もしさ。他にも味方が増えてくれれば、

 リリルカはもっと色々な場所に行けるし、それに……さ。


 アンティシアが "大量発生した原因" だって、

 調べられるとは思わない?」



「なっ……もしかして、カレン……」

「うん。"アンティシアが大量発生した原因" は、ハッキリ存在するよ」


アンティシアが大量に発生したのは、

ここ十年ほどのことだ。


けれど、どうしてそんなことを、と疑問が止まらないデメットに、

カレンは淡々と、心の中の考えを述べる。



「アンティシアはね、『影の魔術』 なんだよ。

 もっと言えば、失われた古代魔術。


 少し前に、とある『フェアリス』の遺跡で、

 石碑を読んだことがあるんだ。


 この影の魔術で

 『フェアリス』は滅ぼされたって……」



フェアリス。

『妖精人』とも呼ばれる、古い時代に存在したとされる種族。


フェアリーと呼ばれる、

きわめて人間に近い容姿で、昆虫のような透明な羽根を持つ妖精種に

極めて似ていながら、人間(ヒューマン)と同じような大きさで、

まるで絵画や美術品のような、繊細な美形であるとされる。


魔法的な能力に極めて優れ、古代には特殊で高度な魔法文明を誇り、

大陸北部の空中遺跡も含め、数多くの建造物を作ったとされるが、

原因不明の理由で、どこかに消えてしまったとされていた。


しかしその原因の一端が、

彼女たちの遺跡で明らかにされたと、カレンは口にした。


カレンの口元は、震えていた。

デメットはただ、彼女の言葉の続きを待つ。



「その遺跡のことは、誰かに口にしようかとも思った。

 でも、怖くて言えなかった。


 この事実を拡散したら、『フェアリス』たちの遺跡が荒らされて、

 望まぬ秘密も、住んでいた場所も、一方的に暴かれてしまう。


 死人に口なし、とは言うけどさ。

 私はそういうの。やだな。

 だったら――」



「どうせ、暴かれてしまうのなら。

 仲良くしている、リリルカたちのほうがいいし、後を任せたい。

 そういうことかな?」


「うん。

 察してくれて、ありがとう」



一体何を見てきたのかはわからないが、

カレンはどこか泣きそうな表情で、


デメットに何かを懇願するかのように、

お礼を告げた。




「お店が必要な理由……拠点が四つは必要、ってことか。

 主要な都は、四つあるもんね。

 ずいぶんと大きく出たね、カレン」


「えへへ。大好きなデメットのためだからね」

「そっか。そうだなぁ……」


さらっと、めちゃくちゃはずかしいことを言われて、

デメットはほんの少し、くちびるが震えかけるものの、

彼女なりに逡巡し始めた。



「有名なフェアリスの空中遺跡は……

 大陸でも最北端、積雪の激しいイディナ地方。

 そちらへ向かうためには、大陸北東のここ《ラフィール》か、

 できれば、反対側の北西の、アクリウムに行きたいね」


「……それは難しいかな」

「どうして?」



「私もそれは少し考えたんだけど……

 今は大切な儀式の前だとかで、

 西部ヒュドール は、かなり取り締まりが厳しくなってる。


 今のまま、無名で実績もなく向かったら、

 夜しか行動できないところで完全に足がついて、

 最悪、アンティシアの仲間だと誤解されかねない」


「……なるほどね。

 他の町で信頼や実績を作って、守ってもらう必要があるわけか」



「そう。しかも大きな問題があってね……。

 空中遺跡って、真下がどうなってるか、分かる?」


「……まさか」


「そう、

 太陽がある限り、遺跡の下にも影はできる。

 空中に行こうにも、


「全ての都市からの総力戦が必要、ってことね……。

 でも、今のままじゃ、誰も荒唐無稽な話だと思って、誰も助けてくれない」



「そういうこと。

 それに……もう一つ気になることがある」


「黒幕や宿敵の存在、か。

 フェアリスを滅ぼし、影の魔術を拡散させた張本人。

 今は何をしてるんだろうなぁ……」


「わかんない。

 とにかく言えることは、

 いつ、そいつらと出会ってもおかしくないってこと」


「なるほど。

 それで……お店を増やすとしても、やることは多いけど、どうするの?」



もっともなデメットな問いに、

カレンが軽く考え込みつつ、何かを思いつく。



「必要なのって、土地と許可状と、店員と、冒険者だよね。

 あとはどんなお店にするかで、道具とか武器防具とか……。

 任せて。考えがあるから」

「えっ?」


「今の話を振ったの、全部私だからさ。

 大丈夫、何とかしてみるから!」

「う、うん……」



カレンは階段をまたたく間に駆け下り、お店の扉を開けて走り去っていった。

デメットは取り残されたまま、軽く手を振るのみだった……。




▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼



「……そんなわけでね。

 私のお友達がね、二号店を作らなきゃいけなくなったんだよ。

 それで、人手が足りなくなってね。常連の冒険者が必要になったんだよ。

 彼女たちには、とてもお世話になってるからさ」


回想の内容はそのままに、カレンにとって一番重要な、

自分とフェアリスを紐づけする部分だけは上手に伏せつつ、

人手が足りなくなったことだけを、ロディーに伝える。



「お話はわかったんですが、その。

 ボクたちで、いいんですか?」


「うん」


とても朗らかな笑顔でハッキリ返すカレンに、

ロディーは疑問そうな表情を浮かべる。

カレンはその様子を見て、言葉を紡ぐ。



「三人は、どうして冒険者を始めたの?」

「探している人が、いるんです」

「えっ?」


普段の楽しそうな雰囲気とは裏腹に、

意外な理由を耳にしたカレンは、思わずきき返す。



「半月前に、はぐれてしまったんです。

 名前はルカ。ルカ・フィーナル・エクスペル。


 どこかで聞いたことないですか?

 港町でいなくなって、探したんだけど、全然見つからなくて。


 でも、数日前に。

 高地のラフィールの都のほうに向かったって聞いて……。

 だけど、そこで旅費が……」



「なるほど、そういうことか。

 だったらさ――」


理由を聞き届けたカレンが、提案した。



「一緒に探しながら、旅をしてみない?」

「え?」


ロディーからすれば、あまりに意外すぎる提案に硬直する。




「はい。こっちの話も長くなっちゃったね。

 できたよ。スープ」


調理の難しいパーツは仕込みがされて置かれていたが、

食べやすいパーツに関しては、カレンが色々とアイデアを出しつつ、

目の前で丸焼きにしようとしていたフレアを止め、スープに仕上げて渡した。


ここで最初から料理を食べる予定はあったからか、

カレンのかばんの中に、底が深めの木皿、

木製のスプーンやフォークなどは、人数以上の分が用意されている。

調理用の鍋も、そのかばんに入っていたものだ。



「料理技能もそれなりにないとね。

 ジビエは危ないから、ちゃんと勉強するのをオススメするけど」


目の前に出されたスープはくさみが抜かれていて、

香草も上手にブレンドされており、おいしそうな香りがただよっている。


食欲をそそり、思わず無言になってしまったロディーは、

そのスープを思わず、あつ、あつ、と言いつつも、半分以上飲みほしてしまう。



「おいしい!」


「素材の材料を売ることも大事だけど、現地調達もいいよ?

 こういうことも、ちょっとずつおぼえていけたらいいね」


すぐ近くではフレアが、ルークにスープをよそってもらっていた。

……ん?



「えっと、フレアさん。

 これ、十杯目をとっくに超えてますけど、大丈夫っすか?」

「よゆう!」


……。


カレンは慌ててスープの入った鍋をのぞき込む。

ほとんど、からっぽになっていた。



「その一杯、ちょっと待ったぁぁぁ!」


ルークに待ったをかけ、カレンは慌てて、

フレアに渡されそうになったスープ皿を奪い取る。

そして自分もあつ、あつ、と言いながら、一気にのみほそうとする。

切られた野菜もさながら、お肉の食感も、とてもかみごたえがあって美味しい。



「ぷはぁ! この一杯はどうしても食べたかった……」


そう、カレンは周りに気を使いすぎて、自分は一杯も食べていなかったのだ。

熊の大きさが大きさだけに、肉を残さないよう、多めに作っていた。


だから完全に油断していた。

目の前のフレアという少女がとても大食いだった、

という事実を知らずに。



ハーブとしっかりと煮込まれたお肉の香り、そして独特の深みのある味わいに、

作ってよかった、とカレンはうっとりしつつも、

次の瞬間、ある事実に気づいてしまった。


(そういえばこれ、フレアの皿じゃん……)


カレンは自分の心の声を、誰にも悟られないように、

そっと、フレアのそばに皿を置く。



「フ、フレア。ちゃんと周りを見てからおかわりしないとダメだよ」


カレンは自分がタメ口になっていることに気づかず、

できるだけ平静を装いながら諭す。


フレア自身は自分の失敗に気づいて、少し苦笑いながらも、

楽しそうに、ごめんねと返した。



(か、か、間接キ……いやいやいや! 何考えてるの私!)

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