第2話 - 1節『黒百合は、夜目覚める』◇part.2

「普通は、推定数千度の炎に巻き込まれたら死ぬし、

 爆風で身体も吹き飛んでいるところだぞ」


「ふへへ」

「ふへへじゃない」


駆け寄ってくるクロメに向けて、モモイが楽しそうに笑う。

この推定数千度の炎とは、爆心地で爆風のど真ん中に巻き込まれても、

無傷で帰ってくるような状況のことだ。


モモイのとっさの行動に反応したクロメがリリルカの盾となり、

更にレーヴが魔法の結界を展開したことで、

誰も爆風に巻き込まれることなく、

モモイ以外の全員は、事なきを得た。



「まったく、無茶ばかりするな。

 無事だから別に問題はないが……」


「なんであんな雑魚どもを、人間たちは警戒してんだよ。

 アタイは理解に苦しむなー」


「あー……まぁその、一撃が重いからだな。

 奴らの黒い炎は『太陽の黒点』とも呼ばれていてな。

 本気を出せば、推定数千度ではすまない。


 普通の武器なら『火種』に触れた時点で熔け、

 普通の人間が近づいたら、焼かれて即死だろう。

 別名、歩く焼却炉。

 つまり。お前が色々おかしいだけだ」


「仕方ねーだろ。

 アタイ自体が『炎』で『雷』なんだよ……。

 普通の炎なんかで、アタイは殺せやしない」


「あの、私の出番……」


手下のはずのホムンクルスたちが言い合いしつつも、

戦闘能力をしっかり発揮している状況に対し、


主人のはずのリリルカは、ただの一撃も放つことなく戦闘終了。

すっかり落ち込んでしまっていた。



「リリルカさま、がんばるのは、ダンジョンにはいってからですよ!」

「う、うん。そうだよね!」


リリルカがレーヴに励まされながら両手を握りこんで腕を後ろに引き、

よっしゃのポーズをとる。



「そーだそーだ。リリルカは狭い場所の方が強いだろ」

「はっ、そうでした」


心当たりがあったのか、

リリルカが動きを止める。


ばん! と片手で指先から撃つようなポーズを決めて、

オマエにはこれがあるだろ、とリリルカに見せつけるモモイ。


先ほど、ツッコミ役のクロメの目の前で派手に戦闘したことで、

リリルカの遅刻のストレスを完全解消したのだろう。



「レーヴ。目指す遺跡の方向、この明るさでも分かるか?」

「はい♪ このおかのうえからみて、いちばんひくいところにおりれば、いせきが」


闇の中でも、空が明るい時のように目が見える『暗視』。

夜のフィールドワーク、ダンジョンの探検では不可欠になる能力の一つだが、

この能力スキルを持っているのは、実はリリルカとレーヴだけである。


この二人は、ナイトメアと元妖精、それぞれの種族的な特性から、

先天的にこの能力を持っているが、

『暗視』自体は特技スキルとして、

誰でも後天的に取得することもできる。


しかし、クロメとモモイは『暗視』を習得せず、

その代わりに、暗い場面での視覚をほぼ全て、

『魔力感知』という魔法スペルの疑似視覚で代用している。


ただし、視覚による『魔力感知』を使った場合、

魔法的な何かを本体の輪郭や幾何学的な形状、

魔力の性質や危険性を色彩、

魔力の強さを線の太さで捉えるだけで、

魔法スペルによっては、疑似的に透視のようなことができるものの、

『暗視』のように肉眼的な風景として見ることができない。


よって、魔法的な何かを見つけたとしても、

実際の風景では真っ暗で、何があるかも分からないという状態になってしまう。



であれば、モモイは『暗視』の能力を手に入れたほうがいいのではないか、

という疑問も出るのだが、これはこれで問題があった。


眼の網膜に焼きつけられる、

光の感度が上がりすぎてしまうのだ。


『スキル』とはフィジカル、特技や身体能力そのもの。

『スペル』とはマジカル、魔法攻撃や魔法的な効果全般を指す。


暗視は能力スキルであり、魔法スペルではない。

自分の意思だけで、任意に解除できる類のものではないために、

常に光の感度が一定以上の状態になってしまう。


よって、クロメも目くらましなどの対策で、

たいまつやランプなどを持ち歩くか、

レーヴの光の魔法をランプ代わりにすることのほうが多かった。


特に、自分自身が巻き込まれるほどの至近距離で

火炎や雷を放射するモモイの場合、

失明の危険さえあると指摘され、

『暗視』の習得を固く禁止されていた。


そのような実情で、モモイは暗視を習得させてもらえないのだが、

リリルカは夜にしか活動できない。


戦闘力が極めて高いはずのアタッカーのモモイが、

ひとりでガンガン進んで行けないのは、このような理由だった。



「モモイ。もう動けるだろ」

「オマエの手下になったつもりはねーけど、動けるぞ」


モモイが右目を片手で隠しながら、

ディテクティング、とかすかな声で唱える。


左の瞳が真紅に光り、瞳の前方で、高速で小さな桃色の光の魔法陣が、

何重にも上から下へ展開されては閉じていく。


『ディテクティング』とは、本人の視力で見るのではない。

視力で見ているかのように、魔力を感知させる魔法スペルだ。


空気中の魔力マナ、もしくは物体に流れる魔力マナの流れだけを

視覚のような形で感知することで疑似的に物体を透視し、

対象や地形の構造を把握する。


使った術者だけ、眼に宿った魔力で

壁や物に色がついたように見える、とのこと。

数秒後、モモイが調査結果を報告する。


「入口の外だけ崩壊。天然のものだから、魔力で壊された跡はねーな」

「なら、進んでも問題ないか」


下りの坂道を、やや駆け足気味に走り抜ける一行。

ここまでが簡単すぎたから、クロメを含めた全員が、思わず気を抜いてしまった。

きっかけは、何気ないクロメの一言から。



「そういえば」

「なんだよ?」


「夜空から星が消えたのは、いつからだろうな」

「え?」

「え? ……あっ」


油断したのは一瞬。


「あっ」

「おまっ!」

「ふぇ?」


クロメがこぼした疑問に、

モモイが足を止めて振り返る。


モモイが足を振り返ったことで、後ろを走っていたリリルカが

「なぜか」小石で足を引っ掛け。


後続のレーヴが追突して巻き込まれる形で、

四人もろとも、一緒に坂道を転がり落ちていった。



▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼


突然の爆裂音。

全員が耳をふさぎ、そのまま派手に手を突いた。


「いってー……爆裂音を目の前で鳴らすな! 耳がちぎれるだろーが!」

「許せ。こうするしかなかった」


「いきなりのことで、びっくりして……」

「すまん」


「あれ……? ここどこ?」



四人が団子のように絡み合ってる中から、

リリルカが身体を引きずり出した。


周りに見えるのは

古ぼけた石の壁。


いつの間にか、遺跡の中にたどりついていて、

リリルカの目の前には粉々に砕け散った、模様のついた扉――


おそらくは複雑な魔法陣だっただろう光の線らしきものが、

何の効力を示すこともなく、最後の光を放って消えていった。



「……まったく。なんで何もねーところで転ぶんだよ。足元見て歩いてたのに」

「ごめんなさい」


「いや。これは『いつもの』ラッキーかもしれんぞ」

「……あの、さっきの爆裂音って、もしかして、クロメの」


「『シールド・チャージ』だな。

 全員分の打ち身の衝撃を全て『盾に』吸収し、

 扉に激突する直前、全力で発射した。

 その証拠に、誰も大ケガはしていないはずだ。

 ぶつかり合ったり、変な姿勢になって痛いとかはあるだろうが」



クロメの大きな盾の使い道は

大雑把に分けて三つ。


一つ目は、さっきのジャックのように

盾を使って物理的に敵をなぎ払うこと。


二つ目は、防御や反射のように

相手の攻撃を防いだり、光のバリアで弾き飛ばしたりすること。


そして三つ目が――

クロスシールドの中心に備えられた水晶によって、

発動した球状の空間内の『物理衝撃』や『魔力』を吸収、ストックして、

後で発射できることだ。


つまり、盾が受け止められる物理衝撃や魔力であれば、

完全にダメージをゼロにした上で、いつでも自在な方向へ爆風を吹き飛ばせる。

どこまで吸収可能なのかは、クロメに質問しなければ分からないのだろうが。



「おい、こんなところに宝箱があるじゃねーか!

 しかも黄金!」


自分が打ち身をしていないことにやっと気づいたモモイは、

レーヴとリリルカの腰に巻き込まれていた腕をふりほどき、さっと立ち上がる。

そして、目前に輝く巨大な黄金の宝箱を発見した。


モモイは身長があまり高くない――さっと150cm(セントメトロン)弱――なのだが、その半分以上はある箱だ。


モモイは勢い良く両手をかざそうとするが――

黄金の宝箱はモモイのほうへ飛び出し、牙をむき出しにして噛みついてくる。



分かりやすい罠。

ミミックと呼ばれる、宝箱の形の化け物。


とっさの判断でモモイは両手を交差し、

空振りするフリをして、とっさに手を引き戻すことで回避したが、


牙を全く隠そうともしない宝箱は、

そのまま勢いを殺さず、モモイに突進してくる。


前に出る勢いを殺せなかったモモイは

重厚な宝箱に激突されて吹き飛ばされ、

後ろの壁まで叩きつけられる。



しかし、ここで防御だけに転じるモモイではない。

宝箱が着地し、壁まで押しつぶすように突進してくる。

全力で牙だらけの口を開きながら。

そこでモモイは気づいてしまった。


「『……チャー』」


回避のために引き戻した手は、交差している。

片手ずつ抜きかけた双剣の柄から手を放し、

急いで右手 "だけを" 振り、左側へと回避する。


「うえー、ミミックの舌で汚れてらー。

 売れっかな……」


突進を左側に回避し、そのまま身体を転ばせてから起き上がり、

右手に盗み取ったものを見てつぶやく。

ミミックは壁にぶつかり、壁の一部が牙と体当たりで削れる。



「何だあいつ。遺跡の構造もガン無視だな」

「んなこと言ってる場合か! これ受け取れ!」


何かが、盾をかついで起き上がった直後のクロメへ投げられる。

とっさに右手で受け取ったクロメに反応したミミックは、

そのまま牙をむいて、クロメの方向へ飛び込んできた。


相手の攻撃は体当たり――打撃だけではない。

牙がある。しかも『二重』だ。


だが、後ろにはリリルカとレーヴが見える。

二人を守らなければと思い、そのままクロスシールドを構えようとしたが、

その直前、クロメは受け取った物を目にする。


星形の線状の光がきらきらと特徴的な、赤ぶどう色の宝石がはめられた、

銀色の装飾品。ブローチだろうか。


少し濡れていることから察するに、

ミミックの口の中にあったものと思われるが、全く錆びた様子はない。

クロメは一瞬だけ、目を見開く。



「こいつはカイザーミミック。だったら――」


握力で握りつぶしてしまわないよう、

クロメは装飾品を、腰のポケットの奥へ丁寧に詰める。

全力で大盾シールドのグリップを握り込み、

前方へ大盾シールドを置いて構えた。


直後、ミミックは大盾シールドに全力で噛みついてくる。

突進で加重される宝箱そのものの重量と、強烈な二段階の噛みつき。

三重の激しい圧力に耐えながら、 クロメは前に出した脚を強く踏み込み、

その場に押しとどめる。


衝撃は全て吸収。

クロメはニタリと笑い、宝箱を自分の前方へ弾き飛ばす。


"光が弾かれる鈍い音" が三度聞こえた一秒後。

赤、青、紫の光の矢が連続で "真横の方角から" 宝箱を次々と貫通し、

モモイがたたきつけられた方角とは反対側の、手前の壁に刺し貫かれて消えた。



「カイザーミミックさん。覚悟してね――

 『フレイムランチャー』」


一秒後――右目でウィンクをしたリリルカが放つ、

深紅に燃え盛る爆炎の矢が、宝箱の中心部、舌を貫通して。

内部からはじけ飛ぶように、派手に大爆発を起こした。

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