黒百合のアトリエ

花恋(かれん)

第1章「ゼフィール地方」

第1話 - 1節『黒百合は、夜目覚める』◇part.1

お父さん。

私は眠らなきゃいけないの?


そっか。

それなら仕方ないよね。

それじゃあ、おやすみなさい――。


――――――

――――

――


▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼


「……あれ? もう夜?」

「うん」


リリルカは、がばっとベッドから体を起こす。

その拍子に、愛らしい青緑色のナイトキャップが枕へと落ちる。


ここは地下の私室。

地上から太陽が差し込まず、時間帯はお日様では分からない。


声をかけられて返事をした、

ブロンドでウェーブのかかったボブカットの少女――

デメット。リリルカと相部屋の彼女は、リリルカとおそろいの柄の、

橙色の星柄のパジャマを着ている――は、


ひたすらにこにこと笑顔でマイペースに、

お花の咲いた植物に水をあげている。


どうやら地下で育てるタイプのものらしい。

いつもの光景なのか、リリルカは特に気にする様子もない。

デメットは時計をぼーっと見てから、リリルカに微笑んだ。



「そっか。じゃあそろそろお出かけの時間だよね……。

 もうちょっと寝てたかったんだけどなぁ」


「レーヴはもう上にいるよ。

 モモイが文句言ってたから、起きて正解だったかもね」


「……はわっ!?

 ううー。寝坊しちゃってたぁー。

 クロメは?」


「いつも通り、本読んでるー」

「そっちは大丈夫そう」


リリルカは冒険に持っていく物の確認を終えると、

着替えるために部屋を出て、

廊下を挟んで反対側の小部屋に入った。


しばらくしてから彼女が出てくると、

お気に入りの服――

青紫色の襟のついた白のブラウス、

襟の色と合わせた同じ色のスカートを着用し、

ブラウスの襟の内側には薄黄色のスカーフが巻かれ、

上着に淡い桃紫のカーディガンを羽織っている。


深い紺のオーバーニーソックスが、

彼女の細い脚をより美しく見せていた。

墨色の髪は、黒としてはやや淡いが透明感があり、

ソックスから足先のパンプスへ続く黒とは上下で対になる形で、

真ん中の衣装の彩度を効果的に――パンプス?


いってくるね、いってらっしゃい、と明るい声の会話が流れつつ、

階段の上へ駆けていったリリルカに間違いを真っ先に指摘したのは、

階上の薬屋――デメットが昼間に経営しているアトリエ――の大きな机の横で、

かんかんに怒って両手を腰に当てている、

桃色髪のツンツンツインテ娘――モモイだった。



「おっせーよ!!

 もう一時間過ぎちまってるじゃねーか!!

 活動時間が一時間減っちゃうだろ!


 あと、オマエなんでパンプスなんだよ!

 『ダンジョン行くんだから』ブーツだろが!

 夜のお散歩じゃねーんだぞ!」



「はっ……!?

 ごめんなさい!」



だだだと、階段の下へ駆け下りていくリリルカ。

その慌ただしい様子に、机に大きな本を置き、

ゆっくりページをめくる大柄な黒縁眼鏡の青年――クロメが、

淡々と冷静に返す。


「指摘は間違っていないが、

 読書には少々うるさいぞ」


「んなことはわかってんだよ!

 けど、待つのキライなんだよ!

 あーもー!」


モモイとしても『昼間に出たい』という言葉が時々、

喉を突いて出そうになっているのだが、

それだけは言ってはいけないと心の底から思っている。

なぜなら――。



「リリルカさま。きょうは、まんげつですよ♪」


幻想的なおとぎ話に出てきそうな、

腰までの銀のブロンドの滑るような髪に、

横髪を黒いひもで編み込んで添えられた黒いリボンと白い花の髪飾り。


背中には、淡い白の二対の透明な美しい蝶の羽根を持つ――

大きな『妖精』とも表現できそうな、幼い外見の女の子――レーヴが、

リリルカへと今宵の月のように満ち足りた笑顔を向ける。


「うあぁぁ。

 絶好調の日なのに、なんで寝坊しちゃったの私ぃ……」


「ばーかばーか!

 さっさと行くぞ!」


「続きは後で読むか。

 盾を持つから、ちょっとどいてくれ」


「あいよ!」


頭を抱えるリリルカに、

今にも背中から蹴飛ばしそうな勢いで、

後ろから野次を飛ばすモモイ。


そんな様子とは関係なく、淡々とクロメが対応し、

大きな本を畳んで眼鏡をその上に置いた。


そして、クロメは机の下に寝転ばせていた大きな盾――

真ん中に円が描かれ、その中心に青紫色の水晶がはめ込まれた

十字盾(クロスシールド)――を掲げる。


いつもの、冒険の始まり。


「じゃ、行きますかぁ」

「おうよ!」

「はい♪」

「うむ」


彼女たちが夜に出かけるのは、なぜなら――

リリルカが、太陽を浴びられない魔族――吸血鬼(ナイトメア)で、

その仲間たちだと皆に言われている、からなのだから。


リリルカ・フォン・トリスメギストスの二つ名。

それは、夜に咲く一輪の『黒百合』。



▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼ 


「うーあー。

 今日もなかなか派手に暴れてんなあ、あいつら」


「あの後『派手に』弓を忘れて、

 大急ぎで取りに戻ったとか、笑えないけどな」


「リリルカさま、いつもねおきはよわいですから……」

「うぅぅ……」


リリルカは地面にしゃがんでうずくまり、

何も言い返せずに突っ伏している。


彼女と一緒に町の外へ出た三人は、

一面に広がる丘の上に、満月に照らされる正体不明の黒い影がいっぱい、

でこぼこしている様子を観察しつつ、

『主人』のはずのリリルカをいじり倒していた。


「ホムンクルスとしては、そのほうが、おせわのしがいがありますけどね♪」

「褒めてくれてるんだろうけど……パンプスの後だからきっついよぉ」


そう、彼女たち三人の仲間は、人の形でありながら、

リリルカに仕えるホムンクルス(人造生物)たちなのである。


リリルカは魔導弓――錬金術、

つまり特技や魔法を道具にする技術で造られたカードの魔力で

発射する魔法の弓――を扱う『狩人』でありながら、

生物研究の専門家である『錬金術師』でもあった。


昼間にお店を開き、薬を調合するのはもっぱらデメットの役割だが、

夜にしか集められない薬の材料を集めて選別するのは、

リリルカの役割だった。


しかし、当の本人は魔導弓を腰に背負ったまま、

両手で頭を抱えながらうんうんうなっているわけだが。


そんなことをしているうちに、黒い影の一つがこちらに気づき、

それに続くように、次々と走って近づいてくる様子を

クロメは見逃さなかった。



「……襲ってきてるわけだが、誰が迎え撃つんだ」

「めんどくせーな。迎撃ならアタイに任せろ!」 


言い終わるか否か、

分からないうちにモモイは走り出す。


かぼちゃの容器の頭が笑い、

不気味な黒い炎を左手のかぼちゃの中に灯した黒い影――

ジャック・オー・ランタンに向かい、

両手を交差するように引き抜きながら、

二本の魔法の双剣で敵へ向けて放物線を描き、

十字斬りを放つ。


「『バイオレット・フィアー』」


ワードを紡いだ直後。

黒い炎をぶつけようとしたジャックと、

紙一重で真横にすれ違ったモモイの双剣から紫電の閃光の刃が出現し、

斜め前方の二方向へなぎ振るわれる。


その光の軌道は周りの別のジャックをも巻き込み、

巻き込んだ全ての個体を、

頭と左手もろとも吹き飛ばしていった。


「ざっこいなー。

 一撃で死ぬなんて。もっと派手に来いよ!!!」


モモイの言葉のせいか、

それとも彼女の燃え上がる真紅の闘気――オーラに挑発されたのか。

攻撃範囲に巻き込まれなかったジャックたちは、

次々とモモイの方へ襲い掛かっていく。


その数は二十以上。

並の冒険者では、単体相手でも一撃で倒されてしまうような強敵だが、

それでもモモイは勝気に笑う。



「いのちをくらいつくす、いびつなものたちよ――

 せいなるひかりで、じょうかされたまえ。『セイクリッド・シャイン』」


レーヴがどこからともなく出した、

白く光る、彼女の手のひらの倍ほどの長さの小さな杖――ステッキを振るうと、

モモイのほうに襲い掛かっていくジャックたちを、

容赦なく真っ白な光で燃やし尽くしていった。



「おいこらレーヴ、

 アタイの獲物横取りしてんじゃねえ!」


「いや、この数全部はやめておけ。

 撃ちもらすと大ヤケドするぞ。『ランページ』」


邪魔されたと思ったモモイが文句を言うが、

それでもレーヴの聖なる光の範囲だけでは敵を処理しきれず、

半分以上の残った敵がモモイの方へ流れていく。


そこを横から踏み入ってきたクロメが、

十字盾で一気になぎ払う。


敵たちの迫る勢いを殺さないまま、

身体を軸に盾を何度も回転させて大きく振りかぶり、

一体も残さず全て上空へと吹き飛ばす。



「しゃーねーなー! 炎ごと全部弾け飛べ!

 『マグナム・ブレイク』ッ!!!」


放たれた銃弾すら斬り断ち爆破させる、

相手に一切の反撃を与えぬ高速の刃。


紅蓮に光る影が、

地上をなぞるように加速をつけ、

大きく上空へ跳躍する。


上空へ吹き飛ばされたジャックたちの一体――

その左手の黒い炎へ自ら飛び込んでいく形で、

全身が紅のオーラで覆われたモモイが双剣の交差で斬り結ぶと、

黒の炎が中心から爆ぜ、

紅蓮と漆黒の入り混じる大爆発が起こった。


ジャックたちは左手に炉、右手に杖を持って暴れまわる、

かぼちゃの容器を頭に被った人型の影であり、

その本体は人型や頭部のほうに思われるが、実は違う。


彼らの本体、活動力の源は、

左手のかぼちゃの『炉』にこそ存在し、

魔力の炎をとどめている『核』つまり『火種』である。


彼らを倒す場合、知性が宿る頭部を壊し、

戦闘力の根源である炉を消して、

無力化させるのがセオリーとされている。


だがもし『火種』を、

全力を込めた魔法の刃でいきなりぶった切ってしまえば、

一体どうなるか。


推定数千度の魔力の炎が乱れ、行き場を失った結果、

自分で起こした爆発にモモイが巻き込まれながらも、

その爆風の瞬発力と比例する速度で、

クロメにまとめられたジャックたちの『炉』へ魔力が乱雑に流れ込み、

次々と誘爆、爆砕されていく。


数秒後、巨大な爆発群から爆風に流し出されるように、

空中から大地の草むらに側転し、

双剣を構えた体勢でモモイが起き上がった。


双剣を交差して同時に鞘に納めると、

爆発で空高くへ吹き飛んだジャックたちの破片が次々と地面に落ち、

そのまま黒い霧となって消えていった。



「アタイに炎は、効かねえよ」


黒い煤だらけのモモイは派手に笑い、

草むらへと仰向けに倒れ込む。


夜風に揺られた、星空のない満月だけの闇が、

再び丘を包み込んだ。

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