第3話 - 1節『黒百合は、夜目覚める』◇part.3

「ごほ、ごほ……

 なんで今度はレンガに降ってこられてんだよ……」


「攻撃としては大正解だが、大爆発はどうにかならんのか。

 あと、至近距離で撃ったら金属片で全身ケガをするとか、考えなかったのか」


「リリルカさま、あたらしいわざをかんがえましょう。けほっ」

「うん、ほんとごめん、クロメ、みんな。こほっ」


ブロックの形が整えられているとはいえ、

狭くてもろい岩造りのレンガの遺跡。


そこで、硬度の高い頑丈な宝箱を力いっぱい爆発四散させたら、どうなるか。

その結果が、今の状況である。



見事なまでに、遺跡の中に埋められた四人。

とはいえ、爆散した宝箱の破片でも、遺跡のブロックでも、

何らかのケガをした様子は見られない。


ねじくれた黄金の破片らしきものがいくつか、

リリルカの前にかばって立つ、クロメの前の地面に落ちている。


岩の隙間を作って建造された "浅い" 遺跡だったのか、

天井から崩れた遺跡のブロックの数が少なく、

クロメが守った場所は埋もれずに空洞になっていた。


落ちてくるブロックは全て跳ね飛ばしたが、そこらじゅうが粉塵まみれであり、

クロメを除く全員が、何度もせき込んでいるという有様である。


あわてて部屋を脱出した一行は、

別の安全そうな部屋で、状況整理を始める。



「壁を反射するたびに貫通力が上がる魔法の矢。しかも連射が可能。

 そっちもかなりおもしろい魔法ではあるんだが、

 壁がもろいと、どうも危ないな……」


「うう、ごめんなさい」

「はんしゃかくどは、かんぺき、なんですけどね」

「やっぱ双剣のほうが強いって!」


「いや、お前は特殊だからな?

 あと、リリルカ以上に遺跡壊しの常習犯だったことを忘れるな」

「うっ……」



手痛いところを突っ込まれ、黙り込むモモイ。

以前、目の役割だけをリリルカとレーヴに任せ、がんがん遺跡を進んだ結果、

遺跡を見事なまでに全壊させ、研究価値を損なわせた負の歴史がある。


それからは、遺跡では『スナッチャー』と呼ばれる盗みのスキルの多用と

魔力感知の『ディテクティング』によるトラップ解除が、彼女の役割だった。



「で、カイザーミミックってなんなんだよ」

「ミミックの上位種だ。黄金やプラチナなど、

 貴金属の宝箱にまぎれる、色々な意味で痛々しいやつ。

 普通なら、ボロボロの遺跡の中に金ピカの宝箱があったら、怪しいからな」


「てめえ。アタイが喜んでたこと、突き飛ばされたこと、分かってて言ってるだろ」

「よくわかったな」


厳重な魔法陣によって封印された遺跡の小部屋の中に、

黄金色の宝箱でつくられた、カイザーミミック。


普通のミミックは、宝箱の開けられたフレームの内側に

硬質の牙がぎっしりと並び立ち、それを使って突進しながら冒険者を噛み砕く

タイプの凶悪なトラップモンスター。つまりは魔法でつくられた人工生物。


カイザーミミックはこの宝箱が入れ子構造になっており、

二重に内側の牙が備わっているという厄介極まりない代物だった。



封印の扉と、二重の牙。

複数のトラップが仕掛けられていたことは間違いないが、

気になるのは、そのカイザーミミックの舌の上にあった、宝石の装飾。


赤ぶどうのような宝石に、白銀の葉があしらわれている。

かなり高級なブローチであろう。


おそらくはこれが

この遺跡の本命の宝物。



「この中心の宝石、何だったかな。星条の輝きの入った宝石。

 スターなんとか、っていうタイプの宝石だったか」


「たぶんこれはスターガーネット……赤みがかってる紫。

 ガーネットはザクロ石とも呼ばれてる。でも色だけ見たらブドウみたい……」


「確かにブドウみてーだな。何かの魔力効果でもあんのかな。守護石とかで」

「かんていしてみるのがいいかもですね。とくべつなまりょくは、あるみたいです」


各々が観察しつつ、

宝石への評価を述べる。



「気になるのは、周りの銀装飾のほうだな。

 あまり言いたくはないが、モンスターの舌の上でも錆びない材質……

 となると、これは銀製ではなく、純度の高いプラチナ、

 もしくは別のレアメタル、あるいは……」


「たぶん、プラチナです。

 まりょくがかんじられません」


「なるほど。『守護石つきの高純度のプラチナの装飾』なら

 冒険者ではなく一般人向けに、相当高い値段で売れそうだ」


「アタイのお手柄なんだから、

 後でちゃんとほうびくれよなー」


「うんうん、あとでごほうびだね♪」

「おいしいもの、いっぱいたべましょう」



守護石とは、誰でも魔法が使えるように設計された、

人工的な魔術の回路のことである。


宝石の中に錬金術師(アルケミスト)が魔力を通し、

祈り念じるだけで、誰でも魔法が使えるようにしたものだ。


錬金術とは、道具を使うことで特技や魔法を再現する技術とされており、

宝石などの硬度が高く、安易に壊れない繊細な物体に魔術回路を通し、

誰でも特技や魔法を使えるようにすることも、

一種の専門的な技術となっていた。


近頃では、一般的な町や村の生活でも、

簡単な魔法を使って火をつけたり、何かを壊したりすることが増えた。


そうして守護石は肌身離さず持つアイテムとなり、

美しい貴金属にあしらわれた守護石は、身分の高い人たち、

特に社交界の女性にとっては、一種のステータスにもなりつつある。



ただの宝石であっても、繊細であればあるほど、

回路は複雑で高度なものが人工的に作れるため、

魔力を込めても壊れない宝石となれば、かなりの高値で取引可能とされる。


プラチナも原石あたりの産出量が極めて少なく、

錬金術や魔術を使わなければ正確に抽出もできない

非常に貴重で希少な金属といわれ、

市場価値の比較に使われる黄金や白銀と比べても、

極めて価値が高い。

よって。



「帰ろうぜ!」

「遺跡の調査はやりたいところだが……これ以上いるのは、危険そうだな」

「そうだね」

「かえりましょう」


意見は全員一致。

遺跡が崩れる前に、外に出ることになった。


帰りは登り、転んでも上方向に前のめり。

心配することも起きず、丘の上から平原を歩いて、

一行はそのまま町へ帰っていったのだった。



――――――

――――



リリルカたちが遺跡を出てきた、数時間後。

夜明けの少し前くらいの時間帯。


ライトピンクのフリフリのドレスを着た一人の少女が、

あくびをしながら木影から現れる。


同色のヘッドドレスにシューズ。

襟とフリルがホワイトに彩られていて、赤のリボンがあしらわれている。

白のタイツが、衣装のピンクを際立たせている。


あからさまに場所に不釣り合いな、お嬢様といった出で立ち。

しかしその瞳は。夜闇の中でも不気味なほどに、まばゆいほどの黄金に輝いていた。



「ふあぁぁ、よく寝た。

 そろそろ『あろーすとーむ』で串刺しにしてもいいかなぁ……?

 あれ!? 遺跡が全部壊れてるー!?」


圧倒的な地の利。

戦闘において高い場所を制すれば、相手を精神的に制しやすい。

それに加え、彼女には高い場所を制しなければいけない理由があり、

この配置には絶対の自信があったのだ。


しかし、何時間も前に

"彼女たち" が入っていったはずなのに、

人の気配がとっくになくなっている。


この中で死んでしまったのか?

扉を開けられずに、周りの遺跡だけ壊して、飽きて帰った?


少女は慎重に、坂道を下り、

崩れた遺跡の入り口へと近づいた。


しかしそこには、あるはずのものどころか、

部屋そのものがえぐり抜かれたように、木っ端みじんに砕け散っていた。


少女が足元を見ると、封印の扉であったはずの瓦礫に、

黄金色に輝く金属片も混ざっている。


「えっ、ここで一体何が起きたの?

 足止めするためだけに重量を100倍にして封印した多重魔法陣の石の扉は?

 ばっきばきのアダマンチウム合金の二重牙つきの

 カイザーミミックに改造した宝箱は?

 ああも~~~! せっかくの『フェアリス』の遺跡がぁ~~~!!!」


そう、扉が壊されたあの時。

起きていたリリルカの『いつもの』ラッキーは、一つではなかった。

それを一行が知るのは、もう少し後のことになる。

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