(4)

 結局そのまま考えていたが、思い出せそうになかったので放置していたら、いつの間にか夜になった。あたしがその重大な事実を思い出したのは、布団に入ってからの事だった。


「恋虎、勉強しなくて良いのか?」


「宿題は終わってるわよ。自慢じゃないけど、あたしはやれと言われたことは先延ばししない人間なのよ」


「そうじゃなくて、週明けはテストだろう。先週から全然勉強してないだろ」


「あー、テストね。もう良いわ。今の学力でも平均点くらいは取れるし」


「じゃあ、スマホはいらないのか? 僕のおやつがいつでも食べられるって話もナシか?」


 スマホ? …………ああああっ!


 あたしはがばっと起き上がり、そこでようやく思い出した。しまった! 今回のテストで七十点以上取ったらスマホが買ってもらえるんだった!


「すっかり忘れてた! 何で早く言ってくれなかったのよ!」


「僕もさっき思い出したんだよ。まあ、僕は今まで通り三食食べられるなら、別に良いんだけどな。じゃあ、おやすみ」


 そう言ってタゴサクはあたしのベッドの端っこですやすやと吐息を立て始めた。ちきしょう! あたしとしたことが、こんな凡ミスをするなんて!


 それからあたしは可能な限り机に向かい、テスト勉強を始めた。うつらうつらと船を漕ぎながら何とか机にかじり付いたが、焦りと他人事のように眠るタゴサクの寝顔に苛立ち、中々集中できなかった。


 うー、やばい。特に社会が苦手なんだよなぁ。何とかうまい語呂合わせとか、絶対にテストに出るポイントとか予想できないもんか。髪の毛をぐしゃぐしゃにして考えていると、そこで閃いた。そうだ! 白狼に勉強を見てもらおう!


 翌日。仮眠を取ったあたしは、午前九時に白狼の家に向かった。電話でアポを取ると何かと文句をつけて断られると思ったから、有無を言わせず突入してやる。


 チャイムを押すと、誰も出てこなかったので勝手に家に入った。外に車がないから、もしかしたら家族で出かけているのかもしれないが、漠然と白狼は家の中にいるような気がした。出不精なあいつが、こんな朝早くから家族でどこかに行くなんて考えられない。


 二階の部屋に行き、念のためノックをしたが返事がなかったのでドアを開けた。するとそこには、いつか白狼の家に来た時のように、白狼がベッドの上で両手を胸の上で組み、顔に黒いタオルを乗せて眠っていた。


「白狼! 何で死んじゃったの!? 昨日まであんなに元気だったじゃない! あたしを置いていくなんてひどいよ! ねえ、目覚ましてよ!」


「映画のラストシーンで主人公が重篤な病に冒されていたことを知り、今まで気丈に振る舞っていたことへのギャップに動揺するヒロインのパターンだな」


「相手に好意があるなら、日常の些細や顔色の変化や挙動で大体何かあるって察することができるはずなのに、何故かフィクションだと最後まで気付かないことって多いよねー」


「主人公の演技がうまいのか、はたまたヒロインが救いようのないほど鈍感なのかのどっちかでござるな」


「……すぴー」


「おまえら! 今まで教室にいるかいないか気にもとめたことがなかった一人の少年が、全ての任務を終えて天に旅立ったんだぞ! 何でそんなに他人事なんだ! こいつのコミュ症に染まった救いようのないモノクロの色映えしない人生の中で、もっとも輝いていた一週間をおまえらも見ただろ!」


「人が眠っていることを良いことに、相変わらず湯水のように誹謗中傷を浴びせかけるとは。躊躇なく踏みつけられたアスファルトに咲く花の気分だよ」


 白狼はゆっくりと顔のタオルを取って、細い目で天上を見つめた。よかった! 生きてた!


「おはよう白狼! 良い朝だね!」


「おはよう恋虎さん。僕が記憶する限り、ワースト3に入る最悪な目覚めをありがとう。zzz」

「もうどこからが寝言なのかわかんねぇよ。起きろ、白狼!」


 白狼はまだ寝たりないのか、開けた目を再び閉じてしまった。せっかく日曜日に町内一かわいい女の子が遊びに来てるのに、何て緊張感のないやつ!

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