(2)
その週の土曜日。あたしと白狼は、美藤さんの家に来ていた。
今日は美藤さんの引っ越しの日で、みんなで見送る事にしていたのだ。美藤さんの家にはすでに星野くんが来ていて、外に停めてあるワゴン車に荷物を運ぶのを手伝っていた。
「すっかり反省したみたいね」
「まあね。でも事件の事を知らない人が見たら、何かやったのって聞かれるからごまかすのが大変で」
星野くんは、丸坊主になった頭を掻きながら困ったように答えた。週の初め、星野くんは反省の意味を込めて頭を丸めていたのだ。
「結局、二人は付き合うことになったの?」
星野くんは首を横に振った。
「話し合って、このままの関係でいることが楽だろうってことになったんだ。いつか再会してお互いまだ気持ちがあるんだったら、その時でもいいよねって」
とはいうものの、星野くんの顔は全然納得できていないようだった。もしかしたら美藤さんも同じ気持ちなのかもしれない。
「離れる事で互いに執着していた心が剥がれて、楽になるかもしれないね。僕にはそんな経験がないから偉そうに言えないけど」
「そうだな。そう思うことにするよ」
星野くんは疲れたように笑うと、次の荷物を回収しに再び家に入っていった。荷物の大半はもう車の中に入れてあるらしく、そろそろお別れの時間だ。
「あっ。大崎くん、小宮さん。来てくれたんだ」
額に汗を浮かばせた美藤さんが外に出てきた。
「これ、餞別の冷たい手羽先。さっき二、三個食べちゃったけど、よかったら車の中で食べて」
「すまない美藤さん。僕は止めたんだけど、恋虎さんのあふれ出る意地汚さには勝てなくて。あと、二、三個じゃなくて七個食べていたから、中にはもうあまり入っていないよ」
「あ、ありがとう。大切に食べるわね」
よかった。美藤さんが喜んでくれた。ん? 四匹の珍獣たち、何よその目は。しょうがないじゃない。食べたことなかったんだから。
「ヒナも呼んでいたんだけど、まだ来てないわね」
そろそろ出発の時間なんだけど。そう思っていたら、
「おーい。恋ちゃーん!」
道の向こうから、ヒナが手を振って走ってきた。でも、隣に誰かいる。あれって。
「武士沢くん?」
二人は美藤家の前で止まると、ぜえぜえ息を吐きながら遅れたことを謝罪した。
「ちょっとデー……うえっ、おえっ!……駅前を歩いてたら、ぐ、偶然会ってさ」
「大丈夫、雛沙……ぐう! ううぉぉ! そ、そうなんだ。いやぁ。シンクロニシティってやつだよね」
「誤魔化す時の相場は大体咳払いだろう。何で嘔吐いてんだよ。それに武士沢くん、嘔吐き方もっと勉強しろよ。大根役者か」
そんなやりとりをしている間に、別れの時がやってきた。最後星野くんと美藤さんは名残惜しそうに握手をして見つめ合った後、ゆっくりと互いに離れ、美藤さんが車の中に乗り込んだ。
「みんな、元気でね!」
動き出した車の窓から顔を出した美藤さんが、今までで聞いたことのないような声で叫んだ。瞳にはうっすらと涙が溜まっており、不覚にもぐっと来てしまった。あたし達はみんなで車を追いかけながら手を振った。
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