(5)
それからあたし達は、武道場の裏に移動した。武道場の裏は職員駐車場になっており、正門側の角には今は使われていない焼却炉がある。そういえばあたし、ここに来るの初めてかも。
「話って、もしかして長峰さんのこと?」
「そうよ。勘がいいわね」
「僕と君に接点があるとしたら長峰さんくらいだから。一年の時、君のことはよく聞いていたから」
なんだ。こいつもヒナと同じクラスだったのか。ヒナめ。今度はどんな出来事であたしを貶めたんだ。
「自分はいつも奥手で初めての人に声をかけることも勇気がいるけど、恋ちゃんはいい意味でそれがないって。だから、恋ちゃんの周りにはいつも人が集まるし、恋ちゃんは自分の手の届く範囲の人は絶対に傷つけさせない強い信念みたいなものがあるから、すごくかっこいいって。そして、その輪の中に自分も入れているのが、すごく幸せだって。そう言っていたよ」
「わぁぁぁん! ヒナぁぁぁっ!」
感極まったあたしは、その場でつい叫んでしまった。ヒナがそんなことを言ってくれていたなんて。う、うれしすぎる。
「ぐすっ……ヒナ……あたしも、大好きだよ……。わぁぁぁん!」
「本当に、感情の揺れが激しいやつだな。まあでも、そこがおまえの愛らしいところではあるが」
「なんだかんだあるけど、私たちも恋虎と一緒にいられてすごく幸せだよー」
「まあ、じゃじゃ馬には変わりませぬが、そこが恋虎嬢の魅力の一つでござるからな」
「……ぽっ」
お、おまえらぁぁぁ! ありがとぉぉぉ!
「うぐっ……。みんな……、ありがどう……。みんなに会えて良かった。うぐぅ……」
あたしは涙と鼻水全開で予期せぬサプライズに体を震えさせていた。チクショウ、おまえら全員大好きだ!
「さて、茶番はこのくらいにして。さっさと事情聴取しろ女狐」
「そもそもの目的をこんな目に見えたお世辞で忘れるなんて、恋虎もまだまだねー」
「恋虎嬢と違って、武士沢氏は忙しいでござるよ。さっさと調査をすすめられたし」
「……ったく」
「おまえらの手のひら返しは本当に残酷だな! でも、嘘だとしてもまだ嬉しさの割合が勝ってるから、おまえらの目論見は失敗だ! ありがとうな!」
「えっと、小宮さん。さっきから何言ってるの? ちょっと怖いな」
しまった。あたしとしたことが、こいつらの虚言サプライズを真に受けてしまって、つい大声で会話してしまった。でも。嘘でもうれしかったぞ。
「……グスっ。ええと、なんだっけ。あっ、日本の少子化問題について議論している最中だったかな」
「少子化問題を解決するには、まずは希望出生率1.8を実現させないといけないよな」
「そのためには、結婚に消極的になっている若い人たちが、子育てしやすい環境づくりを政府だけじゃなくて、企業も協力しないといけないよねー」
「賃金の向上や子育て支援だけに限らず、男性の育休完全取得など、抜本的に意識を変換していくことが寛容でござるな」
「……こくっ、こくっ」
「私の意見としては、少子化を解決するためには、毎月各家庭に子供の人数分の地域の特産品を支給することがいいと思うの。月ごとに旬の野菜や肉、魚類がもらえるってなったら子供の食費削減にもなるし、地産地消にもなる。そして子供たちが大人になった時、自分たちの地域の食材で大きくなったことに感謝することで、現在跡継ぎ不足の農業や漁業の担い手の確保にも繋がるかもしれないでしょう」
「その取り組みは素晴らしいと思うけど、現在中学校修了まで子供手当てが出ているから、予算のことを考えると毎月っていうのは厳しいんじゃないかな……って、そうじゃなくて。用がないなら、もう稽古に戻ってもいいかな?」
完全に武士沢くんが不審な顔で見ていた。違う! 事件について調べないといけなかったんだ! あたしったら、いつもはボケなんてしないのに、白狼がいないと調子狂うわ。それにしても武士沢くん。あんたなかなかノリがいいじゃない。
「実はあたし、この間学校で起きた事件を捜査しているの。それでね――」
かなり脱線してしまったが、あたしは気を取り直して、さっき美藤さんに話したことと同じ内容を武士沢くんに説明した。
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