(4)
「とりあえず、武士沢くんにも聞いてみるわ。今日はありがとう」
「何か分かったら私も教えてほしいんだけど……あっ!」
突然彼女は、廊下の方に走って行った。開け放たれた窓の奥に、見覚えのある男子が歩いていた。あれは……やばい!
「星野くん!」
その呼びかけに、星野くんが振り向いた。彼は片手をあげながら陽気に彼女に近づき、二人は挨拶を交わした。とても仲がよさそうだ。
「今日は一緒に帰れる?」
美藤さんが聞くと、星野くんは中空を見つめて「あー」と言いながら頭をかいた。
「悪い。ちょっと今日も用事あってさ。また今度な」
星野くんが申し訳なさそうに手を合わせると、美藤さんが肩を落としたのが分かった。
「引っ越し、もうすぐだったよな」
美藤さんが頷いた。引っ越し? え、美藤さんって引っ越すの?
「見送り、来てくれる?」
「もちろん」
廊下と教室をはさんで互いを見つめ合う二人。何? そういうことなの?
「じゃあ、そろそろ行くわ……んっ?」
やべぇ! 目が合った!
「あれっ、小宮さん?」
うわぁ、最悪。見つかってしまった。
「や、やあ、星野くん。昨日は白狼を助けてくれてありがとうね!」
「お、おう。あいつ大丈夫か?」
「ええ。後でお見舞いに行く予定だから、その時に星野くんのことも伝えておくわ」
「俺のことはいいんだけど。それより、昨日のデスボイスの件について詳しく聞きたいんだけど」
やめろ! 掘り返すな!
「……ふっ」
「おまえが提案したからこうなったんだぞ!」
あたしは胸ポケットでにやりと口角をあげたゴンベイを小声で一喝した。
「あ、じゃ、じゃあ、あたしはこれで! 美藤さん、今日はありがとうね!」
「デスボイスって何?」
星野くんの野郎! 美藤さんが興味持っちゃってんじゃねえか! 次捜査するときやりにくいわ!
あたしは二人の興味のまなざしを交わして教室を飛び出した。
「タカシをないがしろにした罰だ」
「ネタバレの恨みは根深いねー」
「タカシ殿の人誅、これにて完了」
「……ッセイイィ」
「おまえら黙れ! あとゴンベエ、覚えてろよ!」
あたしは背中に突き刺さる二人の視線に傷だらけにされながら、廊下を走り抜けた。タカシ、ネタバレしてごめんな。
次にあたしが訪れたのは、武道場だ。クラスメイトへの聞き込みで、武士沢くんが剣道部であるということを知ったからだ。剣道部といえば、馬場先生が顧問だったな。あー。めんどくせぇ。
武道場の入り口からそっと中を覗き込むと、中では激しい打ち合いが繰り広げられていた。よかった。まだ馬場先生は来ていないみたい。それにしても、キエ―! だの、トリャー! だの、みんな授業が終わってから精が出るな。あたしならこんな激しい打ち合いしたら三回くらいはゲロ吐きそうだ。
「恋虎ー。武士沢くんいたよー」
「どこよ?」
剣道着に名前がついているけど、今打ち合っている人の中にはいない。
「あの、奥で素振りしてる子だよー」
シャトルに言われてみると、武道場の片隅で素振りをしている生徒が一人だけいた。確かにあのスポーツ刈りは、武士沢蘭丸だ。でもシャトル、あんたよくわかったわね。
あたしは、正座して打ち合いを眺めている生徒の一人に声をかけ、武士沢くんを連れてくるように言った。それにしてもあいつ、なんであんなところで一人で素振りしてるんだろう。
「小宮さん?」
額に汗を浮かばせながら、武士沢くんが登場した。結構激しい素振りをしていたのに全然息切れしてない。体力はある方なのね。
「練習中悪いわね。あなたは打ち合わないの?」
「ああ……うん。打ち合ってくれる人がいなくて」
武士沢くんは苦笑いを浮かべながら笑った。体力はあるのに、なんか頼りなさそうだな。一人だけレベルについていけないからあんなところでのけ者にされていたのかな。かわいそう。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、時間取れないかな?」
「馬場先生が来るまでならいいよ」
あたしも是非そうしてほしい。これ以上目をつけられたらいろいろとやりづらい。
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