(3)

 続いてあたしは、鞄の中から白狼から預かっていた証拠品を取り出した。美藤さんは机の上に置かれたジップロックに入れられたハンカチを見て首を傾げていた。


「これは犯人の所有していた物の可能性が高いの。美藤さん、このハンカチに見覚えがあるわよね?」


 美藤さんはレンジで熱した皿をそっと触るように、恐る恐るハンカチの全体を見た。そしてしばらく考えた後で、思い出したように頷いた。


「小学校の卒業記念にもらったやつ、かな?」


「ご名答。そしてこのイニシャルに該当するのが、あなたと、五組の武士沢くんってわけ」 「武士沢……。ああ、確か三組にいたような」


 彼女の態度を見るからに、武士沢とは面識がないらしい。同じ学校だからと言って、一年から六年まで一度も同じクラスにならない人だっているだろう。きっと二人は幼い頃から親しく話すような仲じゃなかったのだ。だが、そんなことは事件とは関係ない。


「前の質問に戻るけど、十月二日、日曜日の夜は何をしてた?」


「夜って、事件があった時間でしょう? もうとっくに寝てたよ」


「ということは、家族以外でそれを証明する人はいないってことね?」


 美藤さんは不服を言いたげな顔で頷いた。


「あなたが無実を証明する方法はただ一つ。卒業記念でもらったこのハンカチを見せてちょうだい」


 彼女がこのハンカチと同じデザインのものを持っていれば、彼女が事件に関わっていないという証拠になるからだ。簡単な無罪証明だ。だが、美藤さんの顔は優れなかった。


「どうしたの?」


「そのハンカチ、もうないの……」


「ないって、失くしたってこと? それじゃあ無実の証明はでき、」


「でも、ない物はないんだからしょうがないじゃん!」


 あたしの言葉に被せるように、美藤さんが感情的になった。ちらほら残っている教室の生徒が、びっくりした様子でこちらを見ていた。


「ご、ごめん。でも、本当にないの……」


「なんで?」


「燃えてしまったから……」


 そこまで言うと、ついに美藤さんが泣き出した。


「おい恋虎、泣かすなよ」


「そんな風に威圧的になると、怖がって何も話せなくなっちゃうよー」


「恋虎嬢の母上がおっしゃっていたように、アサーティブな関係にならねば。人間関係が破綻するでござる」


「……こくっ、こくっ」


「分かったわよ」


 あたしはものすごい小声で言うと、ポケットからハンカチを取り出して美藤さんに渡した。


「ほら、涙を拭いて」


「う、うん……」


 美藤さんは涙を拭いた後、思い切りあたしのハンカチで鼻をかんだ。ズビーッ! という音が何度も教室内に響き渡り、あたしも四匹も言葉を失っていた。


「ありがとう……」


 美藤さんは一割の涙と九割の鼻水でぐちゃぐちゃになったハンカチを返してきた。あたしが無言で首を横に振ると、もう一度ぐすっと鼻をすすってそのハンカチをポケットに入れた。お気に入りのやつだったのに……。


「罰が当たったな、恋虎」


「タカシの怨念だねー」


「タカシ殿の人誅完了でござる」


「……ふっ」


 タカシにそんな遠隔の能力があってたまるか。あたしは気を取り直して、美藤さんの話の続きを聞いた。


「去年の冬、家の倉庫が火事になったの。その時、卒業アルバムを入れていた紙袋が燃えてしまって……」


 倉庫は木造で、中にはバーベキューをする時用に着火剤の他にスギの葉が大量に保管されていたそうだ。火事の当日は風が強く、何らかの原因でスギの葉に引火した火が瞬く間に燃え広がった。幸い近所の人がいち早く気づいたおかげで大事にはならなかったが、倉庫は半分くらい燃えてしまったのだという。


「調べてもらえれば分かるよ。はっきりとした火元が分からなかったことと、倉庫の前に足跡があったみたいで放火の可能性があるって言われたから」


「ということは、新聞やニュースにもなったってことね」


 彼女は半泣きになりながら頷いた。


「でも結局、通行人のたばこが風に運ばれて引火したってことになったの。うちの前の道路に自販機があって、そこでよくいろんな人がタバコ吸ってて吸い殻もたくさん落ちていたから……うっ」


 突然美藤さんが苦しそうに口元を抑えた。


「どうしたの!? 気分が悪い?」


「ちょっと……。火事のこと、怖くて思い出さないようにしてたから……」


「そうなの……。悲しいことを思い出させてごめんね」


 苦しそうに話す美藤さんの態度を見る限り、嘘をついているとは思えない。でも、ハンカチがないんだったら無実の証明はできない。


「でも、ヒナだってとても怖い思いをしたの。そりゃあ、深夜徘徊していたあの子にも非はあるけど、これも捜査の一環だから理解してほしい」


 なるべく疑いを押し付けないように配慮しながら、あたしは諭すように言った。美藤さんはグスグスと鼻をすすっていたが、やがてゆっくりと頷いた。

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