10月5日 水曜日 ~3日目~ (1)

翌日、あたしは友人から卒業アルバムを借りた。昨日白狼と別れてから、第一小学校を卒業したクラスメイトを探し、今日持ってきてもらうように頼んでおいたのだ。クラスメイトとは全員気兼ねなく話すことができる絶大なコミュ力を持っているあたしにとっては、アルバムを手に入れることなど造作もない。


「白狼、大丈夫かな」


 昼休み、美術室に向かっていると、タゴサクが心配そうに言った。白狼は連日の体調不良と寝不足、加えて昨日鼻を打撲したことのダメージが大きかったのか、今日は欠席していた。


「はぁー。白狼に会いたいよー」


「一日会えないだけでもさみしいでござるな」


「……グスッ」


「あたしがいるでしょう。うちでも楽しそうにしてたじゃない」


 昨日はこいつらの好きな物を食べさせたし、寝る前にちゃんと絵本も読んであげた。この年になって図書室に絵本借りに行くの恥ずかしかったんだからね。


「おまえ、全部読み終わる前に寝落ちしただろ」


「恋虎、よだれ垂らして白目むいてたよー」


「おまえらが何回も何回も読ませるからだろ! 同じ本を十二回も読ませておいてなんだその言い草は! それに、白目なんかむいてない!」


「あの時は電気をつけておりましたから、今日の同じ時間に某の力で念写したら、証拠写真が撮影できますがいかがいたしましょう?」


「……ふんっ」


「やめてくれ。こちとら昨日大事なものを失ったんだ。これ以上いたぶるつもりか」


 毎日こいつらのわがままに付き合ってるなんて。白狼、あんたはすごいよ。


 昼休み、あたしたちは再び美術室に入った。周りに誰もいないことを確認して、机の上にアルバムと、四匹の昼食用のお菓子図鑑を広げる。今日はチョコレートがべっとり塗られたチュロス。朝からこいつらに所望されていたお菓子だ。四匹はチュロスの写真をじっと見つめ、時折頷いたりうなったりしながら昼食を楽しんでいた。


 とりあえず、和気藹々とした四匹を放っておき、あたしはアルバムを開いた。


 第一小学校の卒業生は全部で三クラスあり、一クラスあたり三十人で形成されていた。あたしやヒナの通っていた第二小学校と同じだ。ユリやサキコの卒業した第三も同じくらいの人数だったのかな。


 あたしはハンカチにあったR・Bに該当する生徒をくまなくチェックした。まずは六年一組。学校によっては誕生日順で出席番号が作成されている場合もあるが、第一小学校は五十音順だ。だからかなり検索がしやすかった。は行の列を指先でなぞる。ば、ば、ば…び、び、び……。あっ!


「一人見つけた!」


 早速対象の人物を一人発見した。美藤利音。イニシャルにすると、R・Bだ。顔を見るが面識はない。


 美藤さんはいわゆる、お嬢様系の女子だ。写真を見る限りだとすこし垂れ目気味でほんわかした雰囲気があり、着ている服もどこか気品がある。髪もサキコのようにゆるふわ系で、あたしよりも長い。一人目は女子か。なんとなく、犯人は男だと思ったんだけどな。


 気を取り直して、続きを見る。ん? この顔見たことあるな。


「星野……えっ、星野くん?」


 このこんがり焼けた肌と、小学生の頃から女子に人気のありそうなスポーツ少年のような姿は、間違いなく星野くんだ。なんだ。星野くんも第一小学校出身だったのか。


 それから、Bのイニシャルを持つ生徒の苗字と名前を確認したが、一組の対象者は美藤利音の一人だけだった。


 次は二組だ。あたしは確認漏れがないように慎重に名前を確認した。だが二組にはBの苗字は何人かいるが、Rの名前がいなかった。最後に三組だ。このクラスに誰もいなかったら、容疑者は美藤利音一人になる。ミステリー作品だと、最低でも三人は容疑者がいるものだが、実際はそんなに怪しい人物がころころ出てくるわけないのかな。そう思いながら指先を動かしていると、いきなり対象者の名前が目に留まった。


「武士沢、蘭丸」


 このスポーツ刈りと眼鏡をかけた顔、どこかで……。


「その男って、前に図書室にいたやつじゃないか?」


 一足先に食事を終えたタゴサクが、いつの間にかアルバムを見ていた。そうだ。この男子は、あたしが置き忘れた自作の地図を持ってきてくれた男子だ。そういえば、確か五組の武士沢って言ってたような。


「その子、ヒナのこと気にしてる感じだったよねー」


 三匹も食事を平らげたのか、全員アルバムの前に来ていた。ていうか、カマシオ。あんた台座のままどうやって動いたの。


「一年の時に同じクラスだったと申しておりましたな。それと、ヒナ嬢が無事だと分かった時のあの安堵の表情。今考えると少々怪しいでござるな」


「……っぷ」


 事件に巻き込まれたヒナが無事で良かったのか。それとも、自分が追いつめた被害者が無事でよかったのか。いずれにせよ、この二人には確認してみた方がよさそうだ。


 武士沢以降、各当するイニシャルの生徒はいなかったから、容疑者は美藤利音と武士沢蘭丸に絞られた。白狼。あたし頑張ったよ。でもちょっと待ってて。今日のうちにもっと捜査を進めて、あんたの力を借りなくとも捜査を進展させてみせるんだから。


 時計を見ると、あと少しで昼休みが終わりそうだった。二人への聞き込みは放課後にしよう。さっさと犯人を見つけて、こらしめてやる。待っててね、ヒナ。

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