(5)
「なんだよ、今の声?」
駆けつけてくれたのは、一人の男子だった。ちなみに面識はないが、胸に「2―3 星野」と書かれた名札がつけられている。今はやりのツーブロックの髪型で、背もあたしや白狼より高くスラっとしていて、こんがり焼けた肌と魅力的な奥二重から、なんとなく女子にモテそうだ。あたしのタイプじゃないけどね。
「ええと、小宮さんだっけ?」
「そう! なんで知ってるの?」
「長峰さんの友達でしょう。一年の時、よく話を聞いていたから」
ヒナと星野くんは一年の頃同じクラスだったのか。知らなかった。ちょっと待って。ヒナがあたしの話を? あたしの友達に小宮恋虎っていう、超絶可愛い同級生がいるって話したのかな。もう、ヒナったら!
「確か地区のバーベキュー大会で、川に入ってアユを取ろうとして溺れた人だよね?」
あいつ! 何てこと話してんだ! 事実だけど……。四匹を見ると、いつものように白けたような目であたしを見ている。って、今はそんなこと言ってる場合じゃない! このままだと白狼が出血多量で死んじゃう!
「白狼を保健室まで連れて行くの手伝って! 初号機みたいにすっ転んで大変なの!」
「しょごうき? なにそれ」
「汎用ヒト型決戦兵器よ! あなたエヴァを知らないの?」
「アンリー・ルソーのエデンの園のエヴァなら知ってるけど。それは知らない」
なんてことだ。エヴァは今や世界の理だぞ。いやだから、そうじゃなくって白狼を助けるの!
「とにかく、白狼を運ぶの手伝って!」
あたしは白狼の脇に両手を入れて抱きかかえようとした。白狼は頑なに瞳を閉じており、微かな吐息が聞こえる。こいつ。このまま眠りながらぽっくり逝っちまうんじゃねえか。
「なんだか分からないけど、ほら。俺の背中にそいつを乗っけて」
言われた通り、あたしは星野くんのたくましい背中に脱力した白狼を乗っけた。星野くんは軽々と白狼をおんぶすると、保健室まで連れて行ってくれた。
「バーベキューの話はちゃんとあとで聞かせてもらうからな」
「まあ、聞かなくても動機は大方想像つくけどねー」
「ちなみに鮎を捕獲するためには、鮎漁が解禁になった後、遊漁券が必要でござるよ。気を付けられたし」
「……ひゅう」
保健室へと向かいながら、こいつらはあたしの胸ポケットの中で言いたいことを言っていた。はいはい。その通りですよ。小学四年生の時、でっかい水中眼鏡でヒナと川の底を見てたら、鮎が目の前を泳いでいたから追いかけたら溺れてしまったんですよ。
そうこうしているうちに、美術室とほぼ対極の位置にある保健室に到着した。とりあえず止血して、ベッドで眠らせないと。
「もう、しつこいよ龍二」
「だから……あっ」
勢いよく保健室のドアを開けると、目の前で馬場先生と郡山先生がなにか揉めている様子だった。二人は突然入ってきたあたしたちを見てバツが悪そうな顔をしており、気まずい沈黙が流れた。
「なんだ、おまえら。担がれてるのは大崎か?」
「はい。さっき、転んで鼻を打って流血したんで、郡山先生診てください」
「あっ、うん。じゃあ、そこに寝かせて」
郡山先生に促されて、星野とあたしは協力して白狼をベッドに寝かせた。マスクを取ると、頬骨のあたりから顎先にかけて血で真っ赤に染まっていた。
「病院に連れて行った方がいいですか?」
あたしが質問すると、郡山先生はしばらく白狼を診断した後、首を横に振った。
「鼻血も止まってるし、鼻もくの字に曲がってないからしばらく様子をみましょう。多分、打撲だと思うわ。それよりも、鼻の痛みよりも睡魔が優っているみたいだから、このまま寝かせておきましょう。無理に起こしてまた転倒したらもっとひどい怪我をするかもしれないから」
それから郡山先生は、白狼を起こさないように丁寧に血をぬぐった。当の本人は眠気が臨界点を突破していたのか、何をされても起きなさそうで、いびきもかかずすやすや眠っている。こうしてみると、白狼ってかなり中性的な顔をしているな。まつ毛なんか、あたしより長いんじゃないか。
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