(3)
「zzz」
「枕に頭をつけた瞬間に眠るのび太か。逆にすげぇな」
あたしは白狼の肩を揺り動かし、そっと起こした。
「zzz。ああ、恋虎さん。参院選の任期の覚え方は、参×任=六年で伏屋駅と覚えればいいよ。zzz」
「あんたを起こしてまで参院選の仕組みなんて覚える気ねえよ。それに伏屋駅ってなんだ」
「参院選の定員は選挙区の百四十八人と比例代表の百人の合計二百四十八人なんだ。ちなみに伏屋駅は名古屋にある」
「二、四、八で、ふしやね。なるほど。分かりやすいわ。って違うわ! 捜査の続き!」
と言いつつも、割と覚えやすい語呂合わせだったので、今度公民のテストで出たら使わせてもらおう。
「ええと、どこまで話したっけ?」
「あんたが昨日の夜、写真を見やすく編集してくれたところまでよ。遅くなったけど、ありがとうね」
あたしはちゃんと白狼に感謝の気持ちを伝え、再び写真を見た。でもさっき白狼は、犯人はこの学校の関係者だって言っていたけど、なんでそんなこと分かるんだろう。
……あれっ?
「この服って、うちの学校のジャージじゃない?」
昨日の即席の編集の際は分からなかったが、今見ている犯人の左半身の袖のところを見ると、うっすらと三本のラインが見える。
「恋虎さんの言う通り。これはこの学校のジャージだよ。しかも、現在の在校生しか持っていないものだ」
「現在の在校生? 卒業生の可能性はないの?」
白狼は今にも閉じそうな目で頷いた。
「僕たちが入学する一年前に、この学校はジェンダー平等の考え方から、昔は男女で別々の色だったジャージの色を学年ごとに統一しているんだ」
「ということは、この学校の三年生から一年生はデザインが刷新されたジャージを持っていることになるのね。ていうか、そんなことよく調べられたわね」
「僕には二つ上の姉がいるからね。調べるというより、前から知っていたんだ。刷新される前は、男子が濃紺、女子が薄いピンクで、袖の三本ラインはなかったみたい」
そうだったのか。全然知らなかった。
「でもこの写真だと、暗くて色は分からないね。うちの学校のジャージ、全部暗めの色だから」
この中学のジャージの色は、一年が濃紺、私たち二年が黒、三年が深緑だ。いくら白狼が頑張ってくれたからとはいえ、元の写真が暗闇の中で撮影されたのだから判別できなくても仕方ない。うちの学校の生徒が犯人だとすると、容疑者は七百人以上になってしまう。とんでもない数だ。そんなあたしの落胆ぶりをよそに、白狼はとんでもないことを言った。
「犯人は二年生だと思う」
「なんでそんなこと言い切れるの?」
ジャージは入学の際に胸の部分に小さな名前入りの刺繡が入り、胸にも背中にもゼッケンはつけないので名前も分からない。学年は色で判別されるから、名前だけ刺繍しておけばいいのだ。なのに、なんであたしたちの学年だと決めつけることができるのだろう。
すると白狼は、手提げの中から昨日ジップロックに入れたハンカチを取り出した。あたしが泥んこになりながら取った例のハンカチだ。
「このハンカチの右下を見て」
「右下? ええと……んっ? 何か文字が書いてある」
そのハンカチはいわゆるタオルハンカチというやつで、昨日はよく見なかったが真ん中にでかでかと校章が印字してあった。完全に開ききった朝顔のような五角形の花びらの中心に、「小」という文字と、その下にワンサイズ小さめの文字で「第一」と書かれている。
そして、その右下にはさらに小さな文字で、ハンカチの右角に向かって「20■0.3.31卒業 R・B」と刺繍されているのだ。■の部分の数字はちょうどほつれていて判別不可能になっていて、R・Bは筆記体になっている。
「これは犯人の持ち物だと思う。もしもこの読み取れない部分の数字が2だとしたら、犯人は2020年に卒業した生徒。つまり僕らの同級生になる」
デザインを刷新したジャージを持ち、なおかつ犯人がこのハンカチを持っているという仮定が正しければ、確かにそういうことになる。
でも……。
「それはあくまでもハンカチの持ち主が犯人だったらの話でしょう。偶然落ちていただけかもしれないじゃない。それにほつれてる部分って、0か10の可能性もあるよね。それにハンカチの汚れ具合を見ても、随分前に捨てられていたかもしれないし」
犯人が学校指定のジャージを着ていたのは事実だ。でもそれを偶然雑木林に落ちていたハンカチと結びつけるのはどうだろう。
「恋虎さん。このハンカチ、なんで汚れていると思う?」
「経年による汚れじゃないの」
白狼は静かに首を横に振った。
「犯人はこのハンカチで、あの祠と地蔵を掃除したんだよ。かなり丁寧にね」
「掃除した?」
どういうことだろう。まったく意味が分からない。
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