(2)

 昼休み。珍しく給食を味わうことなく食べ終えたあたしは、作戦会議をするために美術室に向かった。図書室は人が多いので、授業や部活の時しか使われていない教室を利用することにしたのだ。ちなみに白狼には授業中に手紙で知らせてある。


「遅かったじゃない。白狼」


 昨日白狼が見ていた世界のお菓子図鑑をタゴサクに見せていると、あたしより十五分も遅れて白狼がやってきた。こいつらに見せるのが料理の写真でいいということを思い出したあたしは、ここに来る前にこの図鑑を借りてきていたのだ。下級生たちよ。今日は存分にネットサーフィンを楽しみたまえ。


「おまたせ。とりあえず、会議は四十分ほど仮眠してからでもいいかな。zzz」


「目覚めた時はとっくに昼休み終わってんだろ。さっさと進捗会議すんぞ」


「その前に私たちもごはーん」


「某も、お腹ぺこぺこでござるよー」


「……ひゅう」


「分かったから。ほら、あんたらも机に乗って」


 あたしは空腹の三匹を机の上に乗せた。タゴサクを含めた四匹は、仲良くノルウェーのⅤerdens Besteと呼ばれる別名「世界一のケーキ」を食べている。バニラクリームをまとったスポンジケーキの上に、惜しげもなくアーモンドがちりばめられている、見た目はシンプルなケーキだ。あたしたちは四匹が無邪気に昼ご飯を食べている間に、会議を進めた。


「昨日の写真を見るからに、裏門の高さからして身長は大体165㎝から170㎝くらいだろうね」


「その枠内の身長なら、中学生でも大人でも大勢いるから、犯人を絞り込むことは難しいわね」


 あたしのクラスにも、中二にしてもうすでに170㎝以上のクラスメイトもいる。ちなみにあたしと白狼はともに160㎝ちょっとだ。


「おまけに犯人が男か女かも分からないから、捜査はすでに難航を極めているわね」


「確かに犯人の性別や年齢は今のところ分からないけど、犯人がこの学校の関係者であることは分かるよ」


 白狼は持ってきていた手提げ袋の中から、クリアファイルを取り出した。その中には昨日撮影した写真が数枚入れられており、一枚の写真を机の上に置いた。


 これは一番最初に五枚連続で撮影した写真の一枚だ。体の左半身が写った、あの非常口のピクトグラムのような写真。でも昨日タブレットで見た時よりも、鮮明になっているような気がする。


「白狼は昨日、帰ってからパソコンでもう一度画像編集をしてくれたんだよー」


 昼ご飯を食べながら、シャトルが教えてくれた。昨日帰ってから? あんたかなりねむそうだったじゃない。


「作業は一時間程かかったみたいでござるよ。その間、恋虎嬢はグーグー眠っていたのでござろう」


「違うよカマシオ。恋虎はその前にメタボ定食を食べて、冷蔵庫の中を見て今日の夕飯の献立を大体予想しながら寝たんだ。薄目で見てたから間違いない」


「余計ないこと言うな!」


 途端にあたしは恥ずかしくなってきた。あたしったら、親友のために意気込んでたのに何たる醜態。ていうか白狼、あんたってやつは。


「……ちっ」


「ゴンベエ。今回のことは完全にあたしが悪い。でも、今のところ活躍の度合いはあんたとあたしが底辺だからな」


 あたしはゴンベエとみっともない争いをしながら、白狼の説明を聞いた。


 白狼は昨晩、パソコンに入っているPhotoshopというソフトで再度画像を取り込みなおしたらしい。なんでも、像のトーンカーブ昨日で明るさを変更し、その後色相・彩度の設定や照明効果を駆使して、画像を編集したとか。ちんぷんかんぷんで分からないけど、とにかくハイテクなソフトで見やすくしたってことね。


「でも元の画像が暗かったから、これくらいが限界だったよ」


「しょうがないよ。明るいものを暗くするのは簡単にできても、逆は難しいだろうからね」


 相変わらず声もガラガラでマスクをしている白狼に、あたしは感謝の気持ちでいっぱいだった。しかたないから今度、デートでもしてあげようかな。


「おい恋虎、顔が赤いぞ。敏感肌か?」


「生活習慣の乱れは敏感肌の内的要因だからねー。いくらスキンケアしても、その偏った食生活を見直さないと改善しないよー」


「いやいや皆の衆。そもそも恋虎嬢は旦那様が頑張ってる時に夜食をがっつり食べて眠りこけていたのですから、罰が当たったのでござるよ」


「……ふん」


「あたしも一応女子だ。寝る前に毎日お母さんの化粧水使ってるわ。それに連日甘いものばっかり食べてるおまえらに食生活のことをとやかく言われたくないわ!」


「……えぇっ?」


「ゴンベエ。あたしにはまだおまえの感情表現がわからん。うちに一週間くらい泊まりに来い」


「……けっ」


「あからさまに嫌がってんな。感情表現が豊かになって何よりだ」


 って、こいつらの相手をしてる場合じゃない。あたしはこの四匹を黙らせるために、次のページをめくった。次はスウェーデンのセムラというお菓子だ。マリトッツォのような見た目で、粉のかかったパン生地の間に生クリームが入っている。ああ。あたしが絶対食べられないやつだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る