(6)
「こんな風に話しているんだから、もう友達でしょう」
「それは人それぞれの友達の定義によると思う」
「じゃあ、あんたの友達の定義って何よ」
「今まで友達ができたことがないから分からない」
「じゃあ今日からそう定義しなさい。わかった? 白狼」
あたしはその時、初めて彼の名前を呼んだ。うん。もうこれで、あたしと白狼は友達。
しかし白狼はなかなか首を縦に振らなかった。必死に現状を理解しようとしているのか、時折最適な公式を使ったはずなのに解けない数式をにらみつけるように、首を傾けている。
「そんなに難しく考えなくていいんじゃない? 嫌だったら、進学と同時に縁を切ればいいんだよ。いつかもし携帯の連絡先を聞いたとしても、消去すればオールオッケー」
「でも、縁を切った後偶然彼女に会って、連絡先を消したことがばれたら?」
「携帯電話が水没したとでも言っておけばいいよー。縁を切る時にはよくある言い訳だからー」
「まだ友達にもなる前から縁を切る前提で話を進めないでくれる? さすがのあたしも傷つくんですけど」
二人はまるであたしが目の前にいたことを忘れていたかのような、はっとした表情をした。はっ、じゃねえよ。
「あたしはシャトルがほしいけど、白狼のことも気になる。それは本当だよ。友達になるのは、その人に興味があるからだよ」
「僕は君に興味はない」
「予想していたけど辛辣ね。じゃあ、これからあたしに興味を持ちなさい。あたしがどうやって人と話しているか。どんなふうに笑うのか。あたしの周りにはどんな人たちが集まってくるのか。今は興味がなくても、これからの長い人生の中でのコミュニケーション能力生成の一助にはなると思うけど」
「うーん……」
あたしとシャトルは、白狼の決断を待った。幼少期から友達がいなかったんだ。ここまで奥手になるのも仕方ないのかもしれない。だからあたしは彼の回答をずっと待ち続けた。信じて待ち続けることも、友達としてとても大事なことなんだから。
「僕が友達で、君に迷惑はかからない?」
「迷惑ってなに?」
「だから、僕みたいな陰キャと付き合っていると、君の周りの人間が気持ち悪がって君をハブって、君まで仲間外れにされてしまって、高校に進学しても君はそれを引きずって誰とも打ち解けられなくなって、いつしか休み時間をただ消化するだけのために読書をして、それで読書にハマってミステリーとかを読むようになって、斬新なトリックを考えてそれを実行してあっけなく捕まって刑務所に入って死刑に……」
「一周回って羨むくらいに消極的な想像力ね。劇作家にでもなったら?」
「白狼! 劇作家ってかっこいいね! 私も出演させてよ!」
「ふむ。じゃあ、シャトルは主人公が生き別れた双子の兄が工房で作った猫の置物役で」
「おいこら! いつまでも漫才続けてんじゃねえよ! 友達になるのかならないのかどっちなんだよ!」
私が叫ぶと、二人はまたはっとした表情で、そこにいたの? と言わんばかりにあたしをおちょくっていた。本当に、なんなんだこいつらは。
「本当に、僕でいいの?」
「友達になろうって言ったのはあたし。あなたが良ければ、あたしたちはもうマブよ」
あたしは白狼に手を指し出した。
「気をつけて白狼! 手に毒が塗ってあるかもしれない!」
「24のシーズン2か!」
24はアメリカのリアルタイムドラマだ。船乗りのお父さんが、長い休みをもらった時に見ていたのでよく覚えている。あたしだって、あんたたちの会話についていけるんだから。
二人はあたしの突っ込みが的確だったのか、今度はほおーっと感心するように見ていた。へへん。どんなもんだい。
「わかった。こんな僕でよければ、よろしくお願いします。小宮さん」
目をそらしながらも、白狼はしっかりとあたしの手を握った。冷静なふりをしていたけど、わずかに彼の手は汗ばんでいた。緊張していたのを隠していたんだな。かわいいやつめ。
「よろしく白狼。あと、恋虎でいいわ」
「よろしく! レンコン!」
「恋虎だっつってんだろ!」
あたしがシャトルを怒鳴りつけると、シャトルはへへんと馬鹿にした顔をして、鼻先をあたしに向けた。
かくしてあたしは、クラスメイトである大崎白狼と友達になったのだ。
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