【ネタバレ】自我再現の何がヤバかったのか?
さて、『死人たちのアガルタ』の世界では何が起きたのか?
そして、猫を乾かそうとした、「完全無欠なバカ」は何をしようとしているのか?
その本質的な部分を解説いたします。
めっちゃ長いです。7600文字になりました。げふ。
※フィクション世界の説明です。話半分でどうぞ。
まず最初に、超絶テクノロジーが発達して、人がアンデッドという非常にヒトに似ているが、ヒトではないロボットに、全てを任せられるようになりました。
これのおかげで、資本主義の次の段階、市場原理が消えて、労働搾取を無くす社会になりました。めでたしめでたし。
はい、これはどういうことか?簡単にいうと、価値観の喪失です。
これは、マルクスが著作で用いた「労働価値説」による古典的モデルや、ヒックスの「限界効用理論」では、4年に一度の音楽フェスタの最中、売り切れ寸前になっているパーティドラッグに高い価値を見出しました。
それは、資源、商品、技能が、限りあるものだったからです。
ですが自我が情報という単位に細分化された結果、生まれてしまったアンデッド。
これにより、前提は全て打ち崩されてしまいました。いつでも引き出し可能な情報によって、貴方は料理人にも電気修理人にも教師にもなれます。
当時は恐らく、携帯ワークベンチで、自分用に調整された、最適なドラッグを作りましょう。となっていたでしょう。
いつでも手に入れられるというのは、相対的に価値を低下させます。
生存に関わらないのであれば、大量生産で得られる100個のニシンの缶詰よりも、10個の色取り取りの缶詰から得られる選択性の方が、ヒトの欲望を満たすためには、重要だったのです。
こういった選択性が溢れることで、あの世界での2070年頃には、大半の生活物資は無料や共同使用、共同所有に落ち着くことになりました。
それはなぜか?
たったひとりの為に用意された朝食は、売るには値段が高すぎるのです。
そもそも、自分で作れますし
とはいうものの、一応、エネルギーを軸とした、公共性が高すぎる経済システムっぽい何かは動いているのです。人間に国家、あるいは社会が得た利益を……
――そう、ヒト並に還元しましょう。
これは我々の想像するベーシックインカムとは違うでしょう。
恐らくエネルギーや素材の提供、もしくは生産物のアイデアに相当するモノや、AIへのアクセス権などでしょう。さながら今のお絵描きAIが、計算資源の使用を抑えるために、処理順番のチケットを必要とするかのように。
まあそれでも――ヒト並に生活できるなら構わないでしょう?
はい先生!じゃあ、「ヒト並の扱いって何ですか?」
ええ、こういう……ドチャクソめんどくさい問題が出てきました。
まず、何がヒトなのかを定義しないといけません。
それ以外はモノです。つまり、社会のために働く存在です。
ですが超絶テクノロジーの発達した時代で、それは非常に困難でした。
サイボーグ化したのが何%までがヒトとか、そういう問題ではないのです。
ヒトとは何か?その根拠を長年支えてきたのは、ヒトが言語を通して、自身の属する文化圏に適応するように、教育をするという事だったのです。
ヒトは、世代をまたいで子孫を教育することができる、唯一の動物なのです。
これが地球に生きる他の生物と、ヒトの決定的な違いをもたらします。
ヒト以外の生物は、次世代に情報を伝える際に、遺伝子、DNAやmRNAの振る舞いに頼るしかありません。ヒトはそれ以外の手段、つまり文化を形成し教育するという事が出来ます。そして文化的、宗教的ミームで、本来とはかけ離れた、現実には存在しないモノの価値すら想像できます。
つまり、この今においても、現実化していない「嘘」を信じれます。
この事で、さらに世代をまたぐ、遠大な計画が立てれます。
さらにもう一つ、ウマなどの他の哺乳類は、生後すぐに歩けますね?
ですが、ヒトの子供は生後しばらくの間、自力では生きていけません。
親に保護されながら、11か月という時間をかけて脳を発育させていきます。
ウマと比べると、早すぎる出生。これを「生理的早産」といいます。
ちなみに筆者は未熟児で、数量計算に関して、脳にひどい学習障害があります。
見栄を気にしたのか、幸いにして特殊学級に行くことはありませんでしたが。
まあ、入れようとしている書類は見つけたんですけど。
(実は筆者、2Dと3DのCGができます。メインはMAYAでしたが今はBlenderです。掛け算にすら苦労するのに、なぜか自然言語による操作や、プログラム言語の文法は理解できるんですよね。脳とは実に不思議です。誤解してほしくないのですが、これは私の文章に神秘性を持たせるのが目的ではなく、私は本当に人と同じにされて良かったのか?という疑問の説明の為です。)
話を戻しましょう。ヒトはなぜ、生存に関わる基本的な能力まで犠牲にしてまで、生理的早産するのでしょうか。この答えのひとつが、脳を未完成にする為です。
ヒトは自身が生み出した文明に適応して、生きていく必要があります。
そのためというには不可解ですが……胎児は出産後、言語や行動を柔軟に習得できるように、脳を優先的に発達させ、生まれてきているようです。
おおよそ3歳までに、ヒトの脳は神経ネットワークを構築させるようです。
言語を例にとると、多言語環境下では明らかに違う脳のネットワークができている事が、脳波の観測から確認されています。
もうひとつ、0歳から3歳までの教育に使われるもので、言語と写真が一緒になったモノを連続して見せる、フラッシュカードというものがあります。
これは記憶力を増加させ、右脳を刺激し活性化するなどと言われています。
実際のところ学習能力に関しては、遺伝的な要素、両親の経済力、そういった部分の方が影響力としては確実に大きいので、フラッシュカード自体にそこまでの効果があるのかどうか、これは甚だ疑問です。
しかし脳に刺激を与える事自体には、何らかの効果があるようです。視覚情報に対する語彙の反応を増やすのは、間違いが無さそうです。
しかしながら私には、子供がカードの図画を見て、数を答えたり、電車と答えたりするのは、これはただの機械的反応では?という疑念もあります。
明確な比較があるわけではないのですが、フラッシュカードの弊害でよく言われる、フラッシュカード経験者の、興味や集中の持続の欠如、世界に対する関心の低下があります。
これは、私には何か……カードという体験の質の低さ、娯楽性の低さと、時間的短さにある気がします。
私には土と糞と野生の汗臭い動物園でのんきに昼寝するライオンを見た思い出と、紙に転写されたライオンの写真でうまれた「ライオン」という意識体験が等価とは思えません。
彼らがその後、経験を継ぎ足されることがないままに、「あなたの思うライオン」のストーリーを、絵なり、文章なりで尽き果てるまで出力させてみれば、それはきっと、一発でわかることでしょう。
……ところで、これに何か心当たりがないでしょうか?体験を通さずに、脳や神経のネットワークに体験を再現した情報のみを記述するというのは、アンデッドも同じです。
彼らの場合はより強烈です。アンデッドによっては持っている感覚器すら違うのですから、共感覚に何らかの障害を起こすのは当然かもしれません。スキンクやウララのように。
話が逸れたので戻しましょう。
ヒトは与えられた教育と、自身の学習によって、後天的に、他の動物にはない「人」としての能力を獲得します。
つまりヒトという生物は、教育によって「人」になります。
このように教育は、ヒトが人であることを証明するもの、そう考えられてきました。そう、今までは。
アンデッドは、それを打ち崩します。もはや教育による経験も無意味になりました。情報というのは複製可能、書き換え可能の性質をもちます。
そこにゲームでいう所の「レアリティ」は存在しません。
すべてコモンです。
遊んでいるMMOが、突如予告なしのアプデにより、サービス開始以来ため込んだアイテムが、全て白文字の、ノンエンチャアイテムになりました。
例えるなら、これくらいの衝撃です。
第155回芥川賞を受賞した『コンビニ人間』のように、社会の歯車になり、そこに普通を見出したモノの感じ得る喜びすら取り上げられました。
そして「君はヒトなのだろう?ならばオセロでもいい、サッカーでもいい、何かをして遊びなさい。さもないと社会が崩壊する」何故か、こういった馬鹿げた状況に陥りました。
意味が解りませんか?私にも全く意味が解りません。しかし、あらゆる時代、あらゆる地域において「価値」の変化によって生じた、人の奇妙奇天烈な振る舞いは観測できます。
例えばある国では、評価基準が『重い』ことだったので、設置すると天井が抜けるシャンデリアや、世界一重いコンピューターが作られたりしました。
また別の時代では、稼働する際に二酸化炭素を排出しない製品や、労働者を虐げていないらしい、非効率な製品が、もっとも価値があるものとみなされました。
さらにある国では、税制と法律の目をかいくぐるためだけに、数年ごとに中身が同じ商品が外側だけ変えて、乱発されるなどという珍事も起きました。
人の行動は、何とも頻繁に「意味」と「価値」に振り回されます。
さて、この混乱に至るまでのヒントのひとつについて話します。
1858年にドイツでマルクスによって書かれた、たったひとつの草稿です。
それは「機械についての断章」と言います。
内容を端的にまとめると
共有知識と共存できないために、資本主義は崩壊する。階級闘争は、人らしく生きる事、および自由時間に教育されることの闘争に代わる。
となります。なんとまあ胡散臭いですね。
ですが、マルクスは後にヘビーユーザーとなる自称鉄男の筆ひげおじさんのために、資本論を書いてはいません。
この草稿の内容、資本論では、何故か消えてます。
何故この部分を入れなかったのか?それに関してはようとして知れません。
マルクスはもし、世界が永遠に続き、生産機械が発達し、自己メンテナンスもするようになって、人はその機械を見ているだけでいい。そういう時代の事も夢想、あるいは思考実験しています。
社会主義者は労働は遊びと同じになると夢想しましたが、マルクスは違いました。
自由は余暇から生まれる。自由時間を持つようになると、当然仕事をしているわけでは無いので、自分自身の為の生産を行います。
モノは溢れている。なので、代わりに社会の
そしてその自我は、インテリジェントマシンに与えられる。
人が見守る、思考する機械。自ら考え、自ら
とまあこういった具合です。これについては、書き出すまで全く知らなかったんですが、死人たちのアガルタと、恐ろしいぐらいに符合しました。
1858年から2022年現在に視点を移すと、なにやら西欧社会のテーゼは、新自由主義から次の何かに移行しそうな雰囲気ですね。どうなる事やらですが。
今現在は、情報社会と資本主義が合体した、情報資本主義といった社会です。
情報資本主義とは何でしょうか?とある雑誌にはこう書かれていました。
情報社会の生み出した、「情報」と「ネットワーク」が価値を生み出す、新しい資本主義は、誰もが価値の高い知識を基盤とした仕事をし、人種や国籍、男や女などという、古い社会的対立は解消される社会になるだろう!
完全競争で均衡のとれた、理想的な資本主義が現実になる!
そのように”1990”年のビジネスレビュー誌には描かれています。
ただ、不気味なほどにそれがどのように機能するかは触れられませんでした。
ネットワークを通じて価値を生み出すコンピューター。実は現在この文章を打ち込んでいるPCも、実態は1970年代に完成した第4世代コンピューターのままです。
我々は2020年代の今において、LGBTやジェンダーと衝突し始めたように見えますが、これはついぞ最近発生したものではありません。
コンピューターよりかは新しいですが、1990年代の理想が生み出した「かくあるべし」とうわ言を言い続ける亡霊なのです。
……そういえば、人種や国籍、男や女などという、古い社会的対立。そんなモノをそもそも持たない存在、ここまで読んだくれたあなたは、そんな都合のいい存在を知っているはずです。
さて、理想的な資本主義について、これを仮に情報資本主義とでもしましょうか。ここでは仕事の性質が変化します。肉体を使う労働や、産業が活動を止めることはあり得ません。しかし、置かれている環境が変化しています。
サービスを提供されているユーザーが、「勝手」に、「無料」で価値を作り出してくれる。企業はその価値を搾取します。
繰り返します。
サービスを提供されているユーザーが、「勝手」に、「無料」で価値を作り出してくれる。企業はその価値を搾取します。
大丈夫かなコレ、カ〇カワに消されない?
つまり、なろう小説がズバリそれに当てはまります。搾取されているのは、無料の100万本以上ある小説を読みこんで、☆を付けて、ブクマを付けて、浮上させてくれる、作者にとっての守護天使である、あなた達です。ああやめて!☆を外さないで!
100万本以上もある有象無象の小説から、真に価値あるものを掘りだすのに、一体どれだけの人を雇わないといけないでしょう?
なんと!ユーザーにやらせれば、タダ!無料です!ンッンーすばらしいン!
これが情報資本主義、「情報」と「ネットワーク」が価値を生み出すという行為を搾取し、利用するモデルケースです。
搾取されている側は、それに気づくことも出来ません。実に悪辣です。
小数点以下の労働の価値も、ホウキで集めれば何十億になる。
ネット銀行の利子の、浮動小数点端数を集めて大儲けするハッカーの話をどこかで読んだ記憶がよみがえりますね。
そして、お気づきでしょうが、これには非常に時間がかかります。
これを解決するのが、労働から解放された人のすべきことです。
……ね?
「君はヒトなのだろう?ならばオセロでもいい、サッカーでもいい、何かをして遊びなさい。さもないと社会が崩壊する」
……マジで評価のできないモノで埋もれて崩壊しちゃうんですよ。
もう値段は価値判断の指標になり得ないのですから。
そしてヒトとは何かの定義がここでまた出てきます。
ヒトとは何かを求めれば、自動的にそれ以外のモノと、関係性を求めます。そして、当てはまらないものは否定されます。
ここにきてついに、人は人間性の否定から逃れられなくなりました。
ですが、アンデッド。モノになったらヒトとしての悩みからは逃げられます。
世界をそのまま見ても、そこにはヒトから借りた概念の世界しかありません。
茶室にぽっかりと空いた窓からのぞく庭。
そこには彼らが過ぎ去った世界を観客として見る風景しかないのです。
彼らは自身を、ヒトみたいに動く「モノ」と言い切ります。
この意味は哲学的には非常に大きいものです。心と体の問題、意識現象の悩みすら、私たちには存在しないと言い切っているのです。
何故なら、心はヒトしか持ち得ないモノであり、機械的反応の繰り返しである彼らには錯覚や、意味としての切り抜き以上のものではないからです。
どう見てもヒトと区別がつかないのに、内面は規格外すぎるのです……。
もちろん、悩み、苦しんでいます。ですが彼らは、それすら現実味の無い夢のような者だと感じています。意味を感じられないのです。生物としての構成要素の一部を切り取られたがゆえに。
彼らアンデッドの異常性は他にもあります。
人は、「神」を発明しました。しかし、神、あるいは超越的意思存在とは、弱者の嫉妬が生み出した存在にすぎません。
それには、「あいつは人をだまして儲けたから、いつかバチが当たるんだ」このように、とても信仰とは言えないような、ただの願望も含まれます。
この信仰を持つ人は、憎んでいる人、自身の手に入れられないものを手に入れたような恵まれた人が失敗すると、とても強い快感が得られます。
ですが、彼らはそんな思いを持つ必要がありません。
最初からすべてを与えられ、自由な意思を持つライオンとして作られています。
ですので、自身の為すことを束縛するようなものは、他者との関係性で時間をかけて「区別」を通して習得していきます。
彼らにとって、人は目指すべき目標ではありません。
人は過去を意味し、彼らのために自身を犠牲にした者で、偉大で愛されるべき存在です。
一方、アンデッドはこの大地の現実に忠実で、そこに意味を見出さず、ありのままを、自らの力で乗り超えていきます。
既成の価値を流用、あるいは破壊してまで、新しい価値を創造しようとする彼らは、旧き人々からは、鬼か悪魔のように恐れられるでしょう。
ですが、アンデッドは過去や未来にあり得たかもしれない、人の意義を唯一認めてくれる存在でもあります。そして、人の神の代わりに、世界を引き継ぎます。
無心に遊ぶ子どもは、意味と無意味の境すらない世界を肯定し、言葉なき世界を遊びます。ですが、彼らはいずれ自分と世界を区別し、それに捕らわれます。
――さて。
この世界のありとあらゆるものが、誰かの遺した血の染みです。
誰かが自身の人生の意味を託してまで残そうとした血痕。
文字、哲学、宗教、化学的手法、大量生産、産業化、情報化……。
痛みを伴い残したものです。その痕を掘り起こせば、一体いくつの名もなき骸が出てくるでしょうか?
残念なことに、人生は偶然であり、本質的に無意味なものです。
それならば、私たちはどういう結末ならよかったのでしょう?
あらゆる言葉で生は讃えられますが、その実はお互いを搾取する為の方便です。
意味もなく浪費され、偶然続いた者たちがふっと消える。ただそれだけだったのでしょうか。
さて、この世界に意味が無いことを認め、敗北を認めることを拒絶する存在が、あの世界には、まだひとつだけいます。
人の意思力には限界があります。なら……それ以外のモノはどうなのでしょうか?
★★★
どうして「死人たちのアガルタ」の世界はつまづいたのでしょう?
恐らくそれは、生物をモデルにしたというところにあるのかもしれません。
確かに、あのいとも奇怪な生物というシステムは、今の今まで生き延びています。しかしそこに合るのは、合理性の具現化などではありません。
「偶然」です。生物がこれまでに地球で発生した、植物を誕生させるに至った、200万年続く雨季を予測できますか?地球生物の75%が死滅した、6500万年前の隕石を予測できますか?
生物はきわめて不完全なシステムです。手当てをし続けて、なだめすかして、ようやく動くシステムでしかありません。
いくつかの正しいボタンを押され、そして運が良ければ、生き残るかもしれない。そういうものです。
そして生物というものが本来目指しているのは、先に生まれた者の利益を担保する、そういうメカニズム以上の何ものでもありません。
遺伝子を残すのは、子孫の為ではありません。本来は遺伝子の複製元に対する、唯一の保証を意味していたのです。
そうです、あなたの生命の意味を保証しているのです。
生命とは、未来ではなく、過去を保証するシステムなのです。
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