旧版 第1話 ラグ・アンド・ボーンズ

※どこまで良くなったか? その比較のために残してます


 白昼夢から覚醒した僕は周りを見渡す。

 いつもの現実だ。変わりない光景、見知った世界の形に安堵する。自分の手を見ながらながら夢の出来事を思い出す。


 ――継ぎ目一つ無い、白く清潔な壁。


 塵一つない整った床を機械と共に歩き、そして寝床に入る。それは僕がアンデッドになってから何度も繰り返し見る夢だった。


 おそらくは、僕の元になった人の記憶の欠片だろう。

 僕がアンデッドになる施術を受けたのは、2つ前の冬だった。それ以前の記憶や意識といったものは無い。


 アンデッド化すると大きく二つの変化が起きる。


 ひとつ目に、そう簡単に死ねなくなる。銃で撃たれても平気だし、手足がちぎれてたとしても繋ぎ直せる。映画のゾンビは頭を撃たれたら死ぬが、僕たちは死なない。

 アンデッドは脳で考えるわけではなく、体全体が思考している。実際、頭が半分無いとか、頭自体が無いアンデッドもいる。

 完全に破壊するには、ミンチになるまで破砕するか、よりシンプルな方法では、煮たり、焼く、といった方法がある。


 ふたつ目に、他人の精神と技能を移植され、になる。元の自我を一度まっさらな新品にされて、そこに技能を持った誰かを移植される。これによって訓練無しに機械や道具が扱える。


 追加の技能が必要になれば、スキルの入った部品を移植すればいい。少しの慣らしは必要だが、簡単な物なら数分、難しいものでも数日で機能拡張ができる。

 しかしデメリットとして、指の先にもう一つ指があるような違和感だったり、さっきの白昼夢のように記憶の混乱が副作用として起きる。


 ――ひたすらに獲物を待って無心になっている、そんな時はとくにだ。


 そんな僕を現実に引き戻したのは、廃墟を走るアイスクリーム屋台の車だ。

 瓦礫と崩壊した建物だけが残る世界、そこにかつての世界の名残として通る道路、そのヒビ割れと水たまりだらけのアスファルトの上を、へんてこな歌を流しながら一台の車が走っている。


ICE CREAMアイスクリームYOU SCREAMユー スクリーム!んん~おいしぃよぉ!』


 スピーカーから決められた文言をまき散らしながら廃墟を進む車、中には誰も乗っていない。自動運転で同じルートを巡回しているだけだ。


 塗装は剥げ、あちこちへこんでボロボロのキッチンカーには、ピエロのイラストが描かれていた。しかしそのイラストは車の赤錆で、まるで血まみれのようになっている、あれではピエロと言うよりテキサスの猟奇殺人者といった具合だ。


 なんとなくそのアイスクリーム屋台の車が走る先を視線で追っていると、その先に人影が現れるのを見た。

 子供、8歳から10歳くらいか?ボロボロの服を着ている。肩まで伸ばした髪からして、女の子だろうか?

 その子はふらふらとまるで酔っ払ったみたいな動きで、廃墟を爆走するアイスクリーム屋の屋台に近づいていく。


 その双眸に知性の光はない。口はだらしなく開かれたままだ。


 ――なれ果てか。


 僕のようなアンデッドが、その自我を何らかの理由で失って、あーとかうーしか言わなくなったもの、それがなれ果てだ。


 その子は真っ直ぐアイスクリーム屋に向かっていく。おそらく生前の記憶に従って動いているのかもしれない。

 廃墟を走り続けるアイスクリーム屋は、そんな彼女を一瞥もせず、彼女にぶち当たるとドンッと鈍い音をさせ、その後2回ゴリッっという音を立てた。

 死んでなおアイスクリームを求めた少女は、泥の中に突っ伏して動かなくなった。


 ――おお、これは好都合だ。


 僕は廃墟の一室からいつものように銃を構え、スコープを覗き込む。狙いの先には泥の中に沈んだ少女の肉を貪ろうとするグールの姿が映っている。


 グールも自我を失ったアンデッドのなれ果てだ。アンデッドは酷い損傷を繰り返すと、次第に痴呆症のように自我が薄れていく。すると自分が何者かわからなくなって動物以下の存在に成り下がる。

 そこまでいくと、動く有機物ならなんにでも襲い掛かる。で、いろいろ食ってちょっと大きくなった奴、それがグールだ。


「悪いね」


 乾いた金属音がして数拍、スコープに映るグールの頭蓋と脊髄が吹き飛ぶ。

 まともなアンデッドならともかく、グールに代表されるなれ果てのアンデッドや、動物型のアンデッドは八つ裂きか、神経が集中する箇所を破裂させれば停止する。

 さっきまで幸せそうに少女の肉を啜っていたグールは、炸裂弾の効果によって、背中から開きになって、四つん這いのまま泥の中に突っ伏して沈んだ。


 僕が受けていたタスクは、街の近くに出たグールの駆除。これで4体目だったが、これ以上は戦利品を持ち帰れないし……帰るか。


 廃墟の瓦礫を注意深く降りると、グールの死体から手を切り落とし、ビニール袋に詰める。証拠の品というわけだ。

 手といっても意外に重い、グールが筋肉質で骨太なためというのもあるが、ひとつ2キロはあるのだ。


「もうちょっとダイエットしろよお前。ってもう死んでるから無理か」


 アンデッド狩りというのは重量との戦いだ。武器はもちろん装備に弾、日用品、どれもそう軽くはない。必要最低限の荷物を持っても20キロは越える。

 僕は小柄なので、30キロより多くの荷物は持ちたくない。となるとたいした量の狩りができず、毎回収支がトントンくらいになる。

 移動の途中で見つけた貴重品をあきらめるなんて事もしょっちゅうだ。


「やっぱ相方を探すかぁ……荷物持ちしてくれるだけでもいいから。」


 それから僕は、相場表を片手に帰路についた。

 相場表に照らし合わせながら、金になりそうなガラクタを、捨てては拾い、拾いは捨ててを何度も繰り返した。

 そんなことをしていたもんだから、拠点にしているバーに戻った時間は、最後のグールを仕留めてから、2時間は経過していた。


 バー『ラグ.アンド.ボーンズ』の扉をくぐると、ガタイのいい壮年のバーテンダーが僕を出迎えてくれる。僕の仕事の世話をしてくれるカクタという親父だ。


「おつかれさん、お前さんの端末に金を送っといたぞ。」

「どうせ捨てるもんに金を払う奇特な方々のおかげで、今日もうまい飯が食えるよ」


 カクタは「そう腐るな」と言うが、これが腐らずにいられようか。もうちょっと軽い部位が証拠なら、あれやこれやの戦利品をあきらめずに済むのに。


「フユもクズ拾いが板についてきたじゃないか。始めてうちに来たときはそりゃもう死体みたいな顔……いや、アンデッドだから似たようなもんだが」


 親父はショットグラスに疑似血漿リンゲル液を注ぎ、カウンターにトン、と心地よい音をさせて置くと、こちらに寄越す。

 僕はそれを一気に呷る、廃墟を歩き通した体に電解質が染み渡る。

「死体みたいなクズ拾いでわるぅございましたね」


 「フユ」というのは僕の名前だ。記憶がないので本名など分かりようがない。冬にバーに現れてぶっ倒れたから「フユ」とそう名付けられたのだ。

 まるで犬に名前を付けるテンションだ。

 なるほど。確かにこの親父は、僕の名付け親でゴッドファーザーであり、第二の親ともいうべき存在なわけだが……。


 記憶も身寄りもない、そんないたいけな僕をいつ死んでもおかしくない廃墟に送り出し、こうして立派なやくざものに育て上げた。


「それで? 金受け取って、飲んで、それでもカウンターに粘るってことは何か言いたいことがあるんだろ?」


 さすがバーの親父をやっているだけあって、察しがいい。

 僕は悩みの種である重量問題について、その解決によって得られる社会的意義をまくしたてながら滔々とうとうと語った。


「ふぅーん、荷物持ちねえ。 まあ心当たりがないこともないんだが。」


「もったいぶるなよ」


「まあ、それなりに問題あるんだよ、素人さんを連れていきたいか?」


「嫌だけど、場合によるかな、続けてくれ。」


「アラカワを超えた先、サイタマの向こうの農場が野良のアンデッドの大群にやられてな、そこから逃げてきたアンデッドが、クズ拾いになりたがってる」


「農場に居たんなら正業があるだろ。 クズ拾いなんて仕事やる必要ないだろ?」


「それが本人たっての希望でね。今奥にいて、皿洗いの手伝いしてもらってるから、詳しくは本人に聞いてくれ。」

「ここにいるのかよ!?」


 しばらくしてから、奥の厨房からアンデッドが現れた。カウンター越しでもわかるその体躯。4本脚の生えた大きな胴に、人間の女性の上半身が継がれている。

 人馬一体型の「セントール」というタイプのアンデッドだ。


 ――わーぉ、すっごい荷物運んでくれそう。


 彼女の名前はウララ。童顔で愛嬌のある丸い目、作業の為か、その銀色の髪は後ろで纏められており、人間の体の方には、大きな前掛けの様な作業着をつけている。


 とてもじゃあないが、クズ拾いになれそうなアンデッドではない。

 もっとこう、クズ拾いっていうのは、救いようのない死んだ魚の目をしたチンピラとか、腐ったチーズの匂いのするジャンキーがなる者であって、こんなキラキラとした目をした、前途ある女の子がなるモノではない。


 僕はそこに座っている親父と同類になりたくないので、クズ拾いというものを懇切丁寧にウララと言う女の子に説明したが、それでも彼女の意思は固かった。


「私、どうしてもクズ拾いになりたいんです。理由は……言えないんですけど、それでも、戦えるようになって、確かめないといけないことがあるんです。」


「だそうだが。 フユ、この子を追ん出して他のクズ拾いの小間使いにするか?」


 カクタの親父が言う事の意味は、他所だったらこの子、見捨てられるか囮にされて死ぬけどいいの?という脅しだ。


 あのねぇ!そこまで言われて断るなんて、出来るわけないでしょうが!


「そこまでやる気があるんなら断らないよ。廃墟をサファリかなんかと勘違いしてるいつもの素人さんだったら断るけど、この子はそうじゃなさそうだ。」


「フユさん! ありがとうございます!」


 ああウララさん、そんなキラキラとした目でこちらを見ないでください、僕の死んだ魚の目にはあなたの放つ光が強すぎて、おめめがつぶれそう。


「話は決まったな、じゃあ後は装備だな……まったくの偶然にも、お前たちにおあつらえ向きの依頼が来ていてな?」


「実は最近店を出した新規工房が探し物をしていてな、装備のレンタルありっていう好条件でやる奴を探してるんだ。どうだ?」


 えらい偶然が続くもんですね……。まあ、やるしかないよね。

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