第15話 アッシュとダンテ
朝覚めると隣に妻が可愛らしく丸まって寝ていた、そっとベッドから出て服と白衣に着替える。まだ時計の針は5時を指しているのを見て小さくため息を付いた。
既に研究所も着る意味も無いが白衣を身に纏って無いと落ち着かない。それにしてもまた首筋に噛み跡がついている、今回は首筋だけみたいで良かった。
一階のリビングに向い台所でアリエットが朝食を作っているのを見かけ、歩み寄る。
「おはようアリエット、僕も手伝うよ」
「おはようございます旦那様、ですがコレはメイドの仕事ですのでリビングにてお待ち下さい」
「手伝わせてくれ、昼までやることが無いんだ」
アリエットは「で、でしたら……」と言って手伝わせてくれた。半ば強引に朝食の手伝いをしていると2階からヨハナが下りてきた。
「おはようマッテオ」
「おはようヨハナ」
降りてきたヨハナもまた白衣を着ていた。二人の白衣を見てアリエットがお仕事があるのですか?と尋ねる。
「「無いよ」」
二人の返答が被ると二人はクスクスと笑いあった。ちょっとした被りが二人にとっては嬉しくてたまらない。
「ん〜、冷めないうちに食べましょう」
二人の馴れ合いにアリエットは恥ずかしそうにしながらも笑みが溢れる。
「……マッテオ私これ嫌い何だけど」
「ちゃんと食べて」
「食べて下さい」
嫌な顔をして食べるヨハナ。なんだかこのやり取りも懐かしい気がする。
──朝食を終え、マッテオは大量の本を山積みにする。ホコリで咳き込むヨハナは一つ本を手に取り見つめた。
「呪われた人間と哀れな道具?」
「レイブンやドールの歴史書だよ」
僕達はモンスタードールの専門家過ぎてそれ以外を知らなさすぎる。ヨハナにいたってはタナトスピルツが原因で知能が低下している、少しでも学ばせた方がいいだろう。
「無知はスキを生む。とくにあのアウインについて知らなければ利用されるだけになる」
「そうされない為のお勉強って事ね!にしてもこんな本買ってたかしら?」
「この本は……随分前に僕が買った本だよ」
この家で仕事をしていた時期に知見を広げる為に買っていた本なのだが……、研究所に戻る時に持ち出せなかった本だ。
「あの……全部読まれるのですか?」
「ん?あぁ昼には読み終わるから」
「私もそんぐらいで読み終えるよ!」
ぱっと見5000ページ以上ありそうな分厚い本が十冊もあるのに昼には全部読み終わらせると言う。
二人は研究に時間を使うために書類仕事を速読で終わらせる事ができた。
──昼前にヨハナより先に読み終わったマッテオ。そんな彼にアリエットは飲み物を差し入れた。
「どうぞ、甘めのコーヒーです」
「ありがとう……」
一口飲み、頭の中で情報を整理する。
歴史書によると今から222年前にヒューマノイド達が反乱を起こし戦争が始まった。だけど人間同士の戦争自体はさらに450年前に始まっている。
そしてレイブンに関する事で少し気になる記述がある。それはレイブンの創設者の名前の中にアグネス・ミュラーの名前があることだ。
メイヘム・レイブンの設立時期は223年の冬だ。ならアグネスは223年以上前の人間と言う事になるが……違うな気がする。
アグネスは確か人類があらゆる障害を乗り越えたと言っていた。しかし……そんな時期いつあった?
マッテオが思考している間にヨハナは遅れて本を読み終わり彼の隣に座り直して肩に頭を乗せた。
「……どうしたの?」
「色々と不自然と思ってね」
「ん~~私もね色々考えてはみたけど分からない」
スリスリと頬ずりして甘えるヨハナを見てマッテオは不器用ながらも優しくゆっくりと撫でた。
「ふふーん、気持ちいい♪……にしてもドール達って意外と動きが遅いんだね、反乱して直ぐにサルバドール?を作らなかったなんてさ。私なら直ぐ四天王作っちゃうのに」
「ん?そんな記述あったか?」
「んーーとね、ヴァニタスが自分は221年と6時間稼働しているって言ってた。でもよくよく考えたら拠点作りに時間が掛かったのかもね」
ヴァニタスが言ったか……シスターは嘘を良しとはしないよな?
「そう、だね」
一旦レイブンやドールは置いてアグネスの対策を考えておこう。いざという時に殺したい。
そう、アグネスは触れれば勝ち、触れられれば勝ちのタナトスピルツを全く受けなかった。考えるに僕の血で免疫を作ったか、あるいは元からある抑制薬の強化版なのだろうか。
一番分からないのはあのラメントという攻撃だ。
あんなメチャクチャな物理現象は見たことがない。五感がすり抜けたようなあの攻撃の仕組みさえ分かれば殺す算段が付けられるものだが……。
「ねぇ、私達ってボランタスに入るのかな?」
ボランタスとはメイヘム・レイブンが誇るほとんどモンスタードールしか居ない特殊なドール殲滅隊の事だ。
「そうなるね、そもそもそれ以外に道はないだろうな」
ドール側の亡命も叶わないんだ、自分の立場だけは少しでも高く保っておきたい。逃げるのは最終手段だ。
「そうか……じゃあバティスタ先生が先輩になるわけだね」
「そうだね……にしてもヨハナは良く総統閣下達を信じられるね、ノリノリでハイタッチしてたし」
仲が悪くなるよりかはマシだがもう少し用心してほしいところだ。
「ん~~、信じる信じないはあんまり重要じゃないかな、私にとってはいつまでも、いつまでも、マッテオが側に居てくれたらそれでいいの」
細かな情愛と同時に離さないという強い意志を全身で感じた。愛の重み?なのかな。
──昼丁度に玄関のチャイムが鳴る。迎えが誰か分からない不安を抱えながらゆっくりと3人は玄関に向かった。
アリエットが先に扉を開けるとマッテオは足を止め一歩下がる。そんなマッテオを見て目の前の軍人がまた悪い虫がだとヨハナは直感した。
「会いたかったよマシュー!」
自身に飛びついて来るのは予測していたがマッテオは避け切れず腕を掴まれる。一番合いたくなかった人物をアグネスは寄越してきた。
ヨハナは腕に頬ずりをする褐色肌の女からマッテオを強引に引き離し、ギュッとその腕を胸に挟んで抱きしめた。
「私のマッテオよ!気安く触んないで!」
「は?アンタ誰よ」
鞄の赤い封筒から資料を取り出しヨハナの顔を見比べる。
「あえ?あのシワくちゃ女!実験で若返った話は真実だったのね」
今にも殴りかかりそうなヨハナを宥めた。
「……彼女はエリーゼ・ベットナー、僕の前の婚約者だ。エリーゼ、僕はもうヨハナと結婚したと知ってるだろ」
「うるさい!私の方が先に好きだったのにパッと出のシワクチャ女に取られたのよ!マシューだって私の事好きだって言ってたじゃない」
「本当なの?」
「言わないと離れなかった」
マッテオは鋭い視線を感じながら冷静を装い答える。
コンコンとドアをノックする音が聞こえて見ればヘイディーが玄関で笑いを堪えていた。
「いやはや、総統閣下の嫌がらせにあってしまってるなwわw私が変わって謝罪するwほwんwとwにwすまアハハハ」
ミュラー
「早く連れて行っくれヘイディー少佐」
憎たらしく彼の名前を呼んだ。
「あ、あぁ、その前にちゃんとあの拳銃も持って来いよw」
全くなにが面白いんだ。マッテオは言われた通りに2階のクローゼットにしまった、あの2丁の銃とその装備品を持って来た。
「装備したか?ではエリーゼ曹長、二人を車までお連れしろ」
エリーゼは僕の腕を真っ先に掴み引っ張る。コイツこんな力強いのか、ほどけない。間に割り込み今度はヨハナがマッテオの手を取る。
「触れるな負け犬」
「うるさい俗悪女」
車に乗った4人。マッテオは二人に挟まれ空気は最悪だった。覚えてろよアグネス・ミュラー。
──ミューズショータワーのすぐ隣のグリム研究所に付くとホール前に大勢の記者が集まっていた。
ヘイディーに裏口から控え室まで案内される。眼の前にはアグネスがひび割れた仮面をつけて肘掛けの席に座っており、左右にはノーシスとバティスタが立っていた。
わざわざ仮面を直すって事は変声機以外にも機能がありそうだな。にしても前あった時とはバティスタの雰囲気が随分違う。
エリーゼは部屋の外で待機している。アグネスの姿に少し畏怖していた。仮面越しでも化け物だと分かるのか。
「どうだったか?幼馴染みとの感動の再会は」
仮面だけではなく話し方も前と同じになっていた。
「最低な気分になったと申し上げときます」
感動すると本気で思ってるのか、
「まぁ、そう言うな今のエリーゼ曹長はお前の兄の嫁だ、なんせ前の婚約者が死んじゃったんで、その代わりだ」
「はぁ?」
エリーゼが身内?……いや、そもそも僕は家族との縁は切ったんだった。安心するような虚しいような気分だ。
「……さて、夫妻方、喜び給え!本日からお前達はボランタス殲滅隊に入隊する事となった!」
両手を広げ大袈裟に振る舞うアグネスに二人は予想通りで驚きはなく「ありがとうございます」と一言述べた。
「……まぁいいバティスタ、夫妻方に制服を」
「畏まりました」
落ち着いたテンションのバティスタに戸惑いながらも制服を受け取る。
「昨日はお二人にご迷惑かけました。すみません」
「えっ?あぁどうも……」
「私、定期的に薬を飲まないと錯乱状態になるんです」
なるほど、大変な体質だな。常にその状態でいてほしいが無理なんだろうな。
「それからボランタスにいる間はコードネームで呼び、呼ばれる事になる。ヨハナがアッシュ、マッテオがダンテだ分かったか?」
「分かりました私がアッシュでー」
「僕がダンテ……」
「そうだ、そして俺の事は総統閣下ではなくアウインと呼べ、じゃあとっとと制服に着替えて来い」
更衣室に案内され着替えてアウインの元に戻る。
「お前らなぜ制服の上から白衣を着ている……まぁいい。ところでダンテは身バレは気にするか?」
「え?えぇできれば身バレは避けたです」
顎に手を置きアウインは短く唸り提案する。
「アッシュはまぁバレないだろうが……よし、ダンテ女体になれ」
「趣味ですか?趣味ですね」
「まぁ……深く考えるな性別という決定的なものを変えるほうが正体を隠すのには手っ取り早いしな、やってみせろ」
女体愛者が!しかしやってみろと言われても……取り敢えず胞子爆弾と同じ様にあの時の自分をイメージするか。
体が白い菌糸に包まれマッテオが目を開ける頃には女体になっていた。
「……できた」
戻れるのか?という疑問を残しつつアウインはよしと声を上げ、移動するぞと命令を出す。
「ようやく姿を表しました。既に会見の予告から1時間遅れての登場です」
大人数の記者と大量のカメラそして遅れての登場という情報でおおよそアウインがいい加減な性格だと分かった。
「よし、帰ってなかったな、じゃあ手短に済ませよう。我が国トラオムの新しいモンスタードールを紹介する、来い」
急な事で緊張しているマッテオをヨハナが引っ張り登場すると一斉にカメラのフラッシュが飛び交う。
「自己紹介しろ」
「私の名前はアッシュでーす!」
「僕は……ダンテと申します」
一瞬本名が出そうになったが抑えきった。
「何とトラオムに約三十年ぶりのモンスタードールが誕生しました!名前はアッシュとダンテの二人組です」
より一層フラッシュが強まり記者たちの質問攻めに戸惑う。あぁ、科学会のメンバーは丁寧な質問してたんだな。
会場に銃声が鳴り、一人の記者が足を抑えて悶絶の声を上げる。それを見た、場の空気は一気に重く冷たくなった。
「おっと、アグネス・ミュラーよりも杜撰な政治とか吐かすんでな、その礼だ」
アグネスはお前だろ……しかし考えなしな記者だな。アウインの政治は前よりも随分安定しているだろ。
「……質問よろしいでしょうか?」
一人の記者が問いかける。
「いいぞ、そこの記者を見てから良く考えて発言しろよ」
「あの邪悪なヴァニタスが復活したと言う情報は真実でしょうか?」
「事実だ」
騒めく記者達を諌めるように話を続けた。
「だがヴァニタスの寄生チップを解析し寄生されている人間をトラオム全土に特殊パルスで一掃済みだ」
一掃の言葉の意味は想像に難くない。
「今はトラオム中のセンサーにヴァニタスを検知するようにアップデートを進めている」
「何故モルグのバリアがドールに超えられ襲撃されたのですか?」
「っ、ヴァニタスだ!俺が信頼していた研究所を爆破されたのも、バリアが解除されたのも、今年の戦死者が既に2桁を超えたのもヴァニタスのせいだ!全く虫酸が走る話だ!」
そう考えるとヴァニタス一人に随分掻き乱されたんだな。アウインはあんなにキレているが吐血はしないのか?
──しかし、どうでもいい早く終われ。
マッテオがガッチガチに緊張している中、ヨハナはカメラに向かってピースサインを繰り返し決めている。反対の手ではマッテオの手をずっと握っており恥ずかしさに拍車を掛けている。
「お二人の関係はなんですか?姉妹ですか?どんな力を持っているんですか?教えてもらえますでしょうか」
「力持ち!それからキノコ!」
細い両腕に力こぶを見せ、その上にキノコを生やした。記者の表情は絶妙に困惑している。過去のモンスタードールにも人間を超越した肉体を持つ奴もいたがキノコと説明されても分からないだろう。
「おい!勝手に答えるな。それとそこの二人の力に関してはモンスタードールの特性提示義務があるでグリム研究所のサイトに提示してある。タナトスピルツと検索して参照しろ、ここで話したら時間が足りないんでな。後コイツらは夫婦だ、ちょっかい出すなよ」
携帯端末をイジるものと同性婚者についての質問をするものに一斉に分かれた。トラオムは同性婚禁止している、理由は子供ができないからだ。
やっぱり身バレしてでもそのまんまで行くべきだった。てか今後はメディアの前じゃ女性の姿じゃないといけなくなったか?完全に失敗した。
「じゃあ、モンスタードールの法律上の義務は果たしたので会見は終了だ、スケジュールが厳しいんで、気になる事は後の政見放送でまとめて答える。アディオス!」
独裁者ムーブを決め込んだアウインはカメラの点滅を背に二人を連れ出した。外ではバティスタが運転する装甲車に乗せられ走り出す。
「僕をハメましたね」
アウインは仮面を外し深呼吸してマッテオに不適な笑みを見せる。
「君の望んだとおり身バレはしなかった、それにそっちの姿の方が可愛らしい」
「アウインにはノーシスがいるのに!二人して不倫だ!ダブルの不倫だ!」
ヨハナの主張は正しいが僕は被害者と言う事を忘れないでほしい。お仕置きの流れに入られたくない。
助手席に座るノーシスはアウインに何も言わない。その言わない態度についてヨハナが尋ねると穏やかな声で答えた。
「私を愛している中は何も言いません、ただ無責任に手を出したり、他人の配偶者に手を出すのは怒りを覚えますよ……アグネスさん」
振り向く顔は一見穏やかそうではあるが眉間にシワがより血管が浮き出て、もう内心ブチギレだと分かる。
「ごめんなさいヨハナさん、妻が迷惑をかけました」
「いえいえ、家の妻が無自覚に色気を出していたのが悪いんです」
おっと、メチャクチャややこしい会話の上に今、僕に不条理な言われようをされたぞ。僕は悪くないのに。
「さて……友との約束の時間に間に合うかな?」
──その友達とやらがマトモであってほしい。
体を男に戻し、港の空に浮かぶ何かに目がついた。古く昔の乗り物であり、ボランタスの象徴的乗り物。
「見えるか?あれこそが我らの飛行船!ガイストベルク号だ」
「すごーい!マッテオ!私達アレに乗るんだね!」
「みたいだね……」
抱きついて飛行船を指差すヨハナにマッテオは微笑むが、内心嫌な予感がしてならない。
「さぁ、非生存圏の大陸ホンドウに向かうぞ!」
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