第14話 不安な思い




 激怒に駆られたヨハナは斬られも撃たれてもお構い無しに怒涛の攻めを続ける。


「なんで胞子が効かないの!」


「怪物だからさ」


 拳が空を切り苛立ちが増して更に胞子を頭から吹き出す、ボロボロと床や天井が真っ白に侵食していく。


「総統閣下!もう十分でしょう?ヨハナも戦わないでくれ!僕は生きている!」


アグネスはバク転し距離を取ると「そうだな」と合意を示した、話せば分かる人で助かった。


「ラメント」


 言の葉の後、ヨハナの顔が吹き飛び噴水の様に血が吹き出て倒れた、体が痙攣しながら再生している。時間の巻き戻し、血が生き物のみたくヨハナの体に集まっていく。


「伴侶が半殺しにされたと言うのに君は冷静かな」


「兵器を駄目にする軍人がいますか?」


 背を丸め静かに笑う、こんな人でも国のトップだ。僕らを本気で始末はしないのは分かってる。冷静と言うが死なないと分かれば焦る必要は無いだけ。しかしヨハナにしたことに対して腹が立つのは別の話だ、絶対に仕返す。


むくりと起き上がるヨハナにアグネスは帽子を取り頭を下げる。


「夫妻方を侮辱した事を謝罪しよう」


自分勝手にやるばかりかと思っていたがそれだけじゃなかったな。ヨハナの剣幕に落ち着きが現れるが口はへの字で不満気な様子。


「顔を上げて下さい」


 どうやらヨハナは許したみたいだ、僕も仕返しなんか考えてたのが馬鹿らしいな。ゆっくりと上がったアグネスの顔に強烈なパンチ入れ殴りきる。


 どうやら仕返しを考えていたのは僕だけじゃなかった。倒れるアグネスを見下しふんぞり返るヨハナ、後が怖いとか考えてないのが素晴らしいよ。


 もう頭なんか殆ど回ってないマッテオは今ナゾのテンションが来ている。


「許すわ、コレに懲りたらマッテオと私に意地悪しないでよね」


 足を振り下ろし勢いよく立ち上がると傷のないアグネスは笑う。スタスタと歩いて換気のスイッチを押し、まるで何事も無かったかの様にオフィスの椅子に座る。


 「しかし夜も深い、込み入った話は明日にしよう。二人はモルグに家を持っているな、今日はそこで寝るといい」


 随分前に首都モルグの長期に渡る仕事をするためだけにヨハナが買った無駄にでかいあの家か?前過ぎて僕も言われるまでは忘れていた。さすが自国の情報は全て見放題と言うことか。


「明日は大事な話をするので昼に迎えを寄越す」


「分かりました。では失礼します」


 既に背を向ける不機嫌なヨハナに変わってそう答えた。胞子と菌糸だけは消滅していってる、ヨハナが命令しておいたのだろう。


 雨はすっかり止み、入口の前でヘイディーが車をのボンネットに腰掛けながら待っていた。その車で送ってくれたらありがたい。


「やぁ、さっきぶりだネ。早く乗ってくれ、奥方の頭のピルツが目立ってしかたないからネ」


「そうね……あっ、ちょっと借りるね」


 ヨハナはヘイディーの軍帽を奪い取り、ニュルッとピルツが帽子の中に収まり、目を閉じ眉間にシワを寄せると胞子と一緒に軍帽が小さく跳ねた。


「ありがとう、返すわ」


 脱いだ帽子の下のピルツは軍帽そっくりの形になっていた。横から何か小さな角みたいに飛び出ているが傍から見れば少なくても軍の関係者には見えるだろう。


 少しヌメリのある軍帽を渡され少しつまりながらも「どういたしまして」とヘイディーは答えた。有害なものではないとはいえ違和感は収まらないだろうな。


 車に乗りネオンの光が横切るのを横目で見ながらヘイディーに「君が迎えに来るのか?」と訪ねた。まだ誰かと決まった訳では無いだろうが尋ねずにはいられなかった。


「姉に迎えを寄越すと言われたのかね?だったら私かバティスタ、もしくは二人で迎えに来るかもしれないな」


 微笑しながらハンドルをきり、チラリとミラー越しにコチラを見つめて、表情を覗いている。


「まぁ、私の方から進言しよう。友人である私が迎えに向う方が安心なさるでしょう、とね」


 融通の効く人間で助かるが実際にヘイディーやバティスタが来るとは限らないだろが少なくても実弟の頼みなら可能性はあるだろう。


 家は案外近く夜中って事もあるだろうが十五分でタワーからここに付いた。トランクから荷物を両手に持つ。


「ではまた明日に」


 黒い車がタワーの方向に去っていく、寂れた街灯に照らされながら門を抜け私有地に入る。


 古びた外壁とツタと締め切られたカーテンを見て中は埃だらけなのだと想像してため息が出る。そんな僕とは違って浮足立つヨハナが玄関前のチャイムを鳴らす。


「誰も居ないだろ?」


 ガチャリと誰も居ないはずの家のドアが開いて一人のメイドが出迎えた。


「あ、あのどちら様でしょうか……」


「ヨハナ・グレース・ギュルケです」


 弱々しいメイド……雇った覚えがないが訪ねてみるか。


「君、ヨハナが雇ったメイドなのか?」


 後ろのマッテオ見るなり目の前に飛び出し頭を下げる。落ち着きのない女性、余り利口そうには見えないな。


「マッテオさん、私はアリエット・フランツと言います!ヨハナさんの従姉妹でして訳あってメイドとして住まわせてもらってます!」


 なるほど、しかし意外だなヨハナが身内に優しい何て。お互い家族との縁は切ったはず、それなのに何故この子を住まわせているのか分からない。


「信じられないかも知れないがその人が僕の妻のヨハナだよ」


 ジッと、見つめて疑う眼差しが上下に動く。


 まぁ元々157cmの人間が176cmになって早老病も治って……初見じゃ誰だか分からないのは仕方ない。


「……私がここに住んでる理由知ってますか」


 暗い表情に声色、思い出したくない思い出があるのだろう。不安な顔が見て取れる。


「マッテオ、アリエットの両親は死んじゃってね、でも誰もアリエットを引き取ろうとはしなくて私の所に収まったの。まだ家族の縁を切る前だったからそういう事になったけど、研究の手伝いは出来なかったから使わなくなったこの家に住まわせてたの」


 初耳だ、けれどあの頃の僕達は互いにプライベートには干渉しなかったし持ち込んだりはしなかった。僕も話す必要がないとして話してない事もあるからどうこう言うつもりは無い。


「えっ……本当にヨハナお姉さんなんですか?」


「これ以上疑うなら貴方の恥ずかしいエピソードをマッテオに聞いてもらうけど?あのねマッテオ、アリエットは女の子とは知らず好きになった子に告白したことがあってね」


 「わーーー!!信じるからやめて!黒歴史!喋らないで!ヨハナお姉ちゃん意地悪しないでー!」


 アリエットは僕の荷物を奪い取ると大急ぎで運び込む。正直話の続きは気になるが取り敢えずさっさとシャワーを浴びて寝たい。


 家の中がキレイで良かった、いつも滅菌室に居たせいか汚れだとかが気になってしようがない。


 アリエットが僕に部屋の案内をしてくれた、1階だけでもわりと広いが研究所に比べれば場所を覚えるのに苦労はしないしわりと覚えていた。


 二人の寝室に案内された、しかしあの頃はまだ二人で寝室で寝てなかった。研究所に居た時は毎日が忙しすぎて二人で寝ても途中から意識しなくなってたっけか。


「別の寝室はないのか?」


「お二人は夫婦ですからちゃんと一緒に寝て下さい」


 誇らしげに語るアリエット、言っている意味は分かっているのだろうか?いや、分かってないな、ヨハナと同じ性に疎い顔をしてる。


「君は……夫婦のアレとか……分かるのか」


 何を聞いているんだ僕は…、妙な好奇心に駆られての発言だ。マッテオが「忘れてくれ」と言うがアリエットは真面目な顔で答える。


「夫婦のアレ?はい、夜にキスするんですよね?そしたら赤ちゃんが出来るんですよ。生前母がそう言ってました!」


 なんか私がお姉ちゃんになるのかな?とかほざいている、全くギュルケはこういう血族はなんだな。


「……シャワーを浴びさせてくれ」


「今は奥様が使ってます。その間はおくつろぎ下さい旦那様」


 急に僕らが訪ねたせいだろう、アリエットは忙しない様子で行ってしまった。申し訳ないな。


 しかし旦那様か、前来た時は言われてもなんとも思わなかったが少し変な気がするが夫婦なんだなと実感する。


 リビングの冷たい暖炉の寝椅子に腰掛ける。あの爆発した日から何人もの死を目の当たりにした。


 死や恐怖、そんな不安を感じるたびに僕はあの頃の幼稚な自分のままなのだと感じてしまう。そんな事は無いとは頭では分かっていても脳の奥底から湧き出てしかたない。


 死が怖い、どんなに忙しくても消えない絶望、お祖父ちゃんの言っていた愛は強しは今は正しいと思う。でも愛するのが怖い、ここ最近はそう感じる。


 妻と営めないのはそういった理由だ、どうにもならない、どうもしないはずなのは分かってる。一般的に夫婦がやる行為だ、でも愛した人が死んだら僕はどうなる?


 また愛する人を失ったら僕は正気でいられるのか?それともホルストみたいにヴァニタスに頭を下げて蘇生して貰って妻だった別人を愛すのか?


 今のモンスタードールのヨハナはかつてのヨハナとは知性こそ違うが中身は変わらなかった、ホルストの娘も実はそうだったりするのか……


 いけないな、愛する人の死ばかり考えるのは……。とにかく今は劣情に負けて抱いたらまた不安になることは確かだ、今後も拒んでおこう。


「マッテオここに居たのね」


「ん?僕に何か用?」


 振り返るとまだ水の滴る裸体が目に飛び込む。アリエットが慌ててバスタオルを巻いて腕を引っ張って連行されて行った。


 ……シルク生地みたいな白い肌と濡れ姿が瞼に焼き付いている。押し倒してやりたい気持ちと抱く事の恐れが苦して辛い、とっとシャワーを浴びて忘れよう。


 ──シャワー上がり、リビングで二人が談笑している声が聞こえた、合うのは久しぶりのはずだ二人きりにしておこう。


 マッテオは寝室のベッドに入りその日を終えた。


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