第11話 ロクデナシ


「ははっ!……殺しに気負いなど必要無い、良い幕引きだった……じゃ帰っていいぞ、ナタリー・フロイド」


 一息ついたナタリーはアウインに一礼し入り口に向かって歩いて行く。その行く手にヨハナが飛んで先回る。


「私は貴方の姉の上司でしたヨハナ・ギュルケです。コチラを受け取って下さい」


突然の事で戸惑うもナタリーはソレを受け取る。

 

「世界一の科学者が態々ありがとうございます……コレは……なんですか?」


 マッテオも遅れて駆け寄る。流石にヨハナに任せきりには出来ない。


「ソレは貴方の姉の遺体です。遠くに居る遺族の貴方が来てくれて丁度良かった」


 ヨハナがコチラを軽く睨んでる、何か変な事を言ったかな?まぁ……僕にとっては興味無い事だ。


「あ、あの!貴方のお姉さんはナタリーさんの事を愛してると言ってました」


「そうですか……。

 ……やっとお姉ちゃんが帰って来た」


最後の方、小言で何を言ったか聞こえなかったが気にすることは無いか。ナタリーは一礼すると入口の曲がり角に消えた。


 マッテオはヨハナの手を握って席に連れ戻る。


「丁度良かったって嫌な感じよマッテオ」


「……ゴメン次は気を付ける」


嫌な感じ……よく分からないが先程の言動を改めればいいか。


「次は……ん?どうしたノーシス?」

 

 ──ヘイディーの存在に気付いたのかアウインの隣に居たノーシスは彼の下へと駆け寄った。


 眉間にシワを寄せ嫌そうな顔を見せるヘイディーと違ってノーシスは何故か恥ずかしそうにしている。


義弟おとうとくん来てたんだね……ゲップ聞こえてた?」


 ヘイディーは素早く拳銃を抜いて彼女に向ける。隣に座って居たマッテオだが先程のアウインと同程早すぎて抜いている所が見えなかった。


「次、私を義弟と呼んでみろ……、眉間に銃弾をぶち込むぞ」


6人の幹部達がヘイディーを取り囲む。


「銃を降ろせ、ヘイディー」


 6人の幹部達は各々の銃をヘイディーに向ける。


「……私はね、君達幹部みたいにいつまでも姉の影に縛られたくないんだ、つまりはノーシス、その影であるお前が大嫌いなんだよ。分かるかね、言っている意味が」


「そっか……でも、いつかは義弟くんとも──」


銃声が鳴り響いた。


 ヘイディー……それからアウインの二人の銃口から煙が上がっていた。 


弾丸を弾丸で弾かれ、ヘイディーは戸惑いを見せる。


「おいおい、ヘイディー?死なないとはいえ自分の義姉を撃つことはないだろう?」


「違います閣下、ノーシスと私の姉は結婚してません」


アウインはなるほど、と呟き一つの書類を丸めてヘイディーに投げつた。


「コレは?」


 ヘイディーはシワくちゃの書類を広げて確認すると信じられないのか何度も文字に目を走らせる。


「……隣国のソユーズイラで二人と結婚した書類?ケラウノス戦争の3日前に……だからトラオムのデータにも残らなかった?」


 ヘイディーは銃をしまいそれを見て幹部達も元の位置に戻る。


「……私の姉は……ソユーズでお前と出会って恋した。私の姉は気に入った女と結婚しては離婚していた、お前もその内の一人だと思っていた」


 ノーシスは不安と期待が入り交じった表情を見せる。


「私はお前が嫌いだ、だが書類上姉の伴侶だと言うのなら義弟と呼べばいいさ、義姉あねとは絶対に呼ばないがね」


 ノーシスは満足気にアウインの側に戻る。


「……お前達がこうも不仲だったとは知らなかった……いや、ノーシス、義弟とは仲良しだと言ってなかったか?」


「私は仲が良いと思ってたけど……違ったみたい」


珍しくヘイディーはため息を付いた。


 ──全く僕たちは何を見せられてるのか、早く終わって欲しい、どうせ全員死刑なんだろう?もうヨハナは自分の膝上で小さなキノコを出して遊びだしたし。


死体は片付けられ、ようやく被告人である二人の被り物と拘束が取られる。


「ぷはぁ、このシュバルツベールくせぇぞ!」


「……」


 一人は僕たちと変わらない年齢の赤のメッシュが入った男とダンディなヒゲ生やし、とても落ち着いた雰囲気の男。


「さ……て、カーチス・アルン中尉とホルスト・ヴォルフ元大佐……死ぬのは怖いか?」


 アウインの問に二人は答える。


「そりゃ、殺されるよりも殺す方が良いに決まってるからな、俺は死を前提にした事が無いからよ、そんな感覚知らねぇな」


 私語の多いがあの倫理観はやはりトラオムの軍人なのだと思う。


「……死は……怖いです。しかし……ただ生きるだけなのはそれ以上に恐怖を覚えます」


 元、だからだろうか、感性はマトモだと感じる。なんなら親近感も感じる。


ガベルを持たないアウインは再び指を鳴らす。入口の角から一人の女性が軍人に連れて来られる。


「お、お父様!」


「サスキア!何故ここに!?」


先程まで落ち着いていたホルストが取り乱す。


「俺はずっと天秤にかけていた。そいつが益か不益か……だがお前達の生には長い目で見れば益が傾く。……まぁ誠意は確認しないとな?」


 アウインが例のモノを、と言うと幹部の一人がホルストに一丁の銃を渡さす。それはリンゴが彫られた長銃のリボルバー。


「俺の国には民間企業ってのが少ない、故に殆どが国営で開発コストは高いばっかだ。モンスタードールの研究もしばらくは出来ないしな」


 ──その研究については最高責任者の妻が研究できなくなったし、正直しばらく生物兵器の開発はしたく無い。


 アウインは立ち上がりノーシスの手を握りエスコートしてもらいながら段を降りた。


「だが……俺の国で予算など気にする事など無い……後は人だけだが……、まぁ……先程3人処した、無能は幾らでも処刑した方が良いに決まってるよな?そう云うことだ」


「それで閣下……この銃で何をすればいいのですか?」


 そう云うホルストの顔は蒼白くおおよそ予想はついている様子。


「それでヴァニタスから受け取ったモノを処分しろ。仕組まれた事とはいえ、お前は騙され俺の国に損害を与えた。今お前が生かされているのはただ単にそれだけの理由だ」


 ヴァニタスから受け取ったもの?あの老兵が欲しがりそうなモノか……ヴァニタスとなれば予想はつく。


「さ……て、命令だ。その銃でお前の娘を撃て。もし、撃てないならアルン中尉に撃たせる」 


「……ご命令通りに」


 ホルストはしばらくリボルバーを見つめた後ゆっくりと銃口を向ける。


「お父様──」


「私の娘はお父様とは呼ばなかった!」


 存在を否定するかの様な怒号を上げる父、戸惑う娘に語り始める。


「娘は私の事をオヤジと呼んでいた」

 

 怒りと絶望と悲しみ……その声には様々な感情が入り混じる。愛憎に似た感情。


「わ、私はお父様の事……」


「6年前に俺の娘は死んだ、しかしある医者にお前を蘇生してもらった。そして俺はそいつがヴァニタスとは知らずに恩を返そうと軍の情報を売った」


 ホルストの鋭い視線にサスキアは涙目になり、ごめんなさいと謝る。


「しかし、生き返ったお前は以前とは全くの別人だった、女子校には通う、店は手伝う。以前のお前からは考えられない事ばかりだった」


定める銃口が揺らぐ。


「俺は……本当にお前が俺の娘なのか分からない……だが……それでもお前が成長するのを見ていると……俺はもう一人の娘の成長を見ているようで……」


ホルストは銃口を自分に向ける。


「お前は俺の生きる意味だ」


 引き金を引く瞬間アウインは手元のスイッチをホルストに向けて押す。


 激痛でも走ったのかリボルバーを手放し力強く、その手を握りしめ、強張る顔の額には汗が滲み出ている。


「それはイケナイねぇ、アルン中尉銃を拾え」


 ホルストは自らの手のひらを爪で引き裂きアルン中尉の目を吹き出た血で潰す。老兵は自傷に迷いが無いのか?


 止めに入る幹部をホルストは一本背負いで投げ飛ばし拳銃を拾おうと背を屈める。その一連の動きは風の様に速く、圧がこちらまでかかった気分だ。


「娘を死なせない!」


握る銃をヘイディーが弾き飛ばす。コイツすぐ撃つな。


 ホルストがヘイディーに視線を向けた瞬間、バティスタが背後からチクリと注射を打ち込んだ。


「足を!無力化あぁぁーー!……もう……立てないね」


 ドンと大きな音を立てて倒れる。熊を倒した様なそんな迫力がある。


「止めろー!」


「アルン中尉、娘をその銃で撃て」


 アウインの目の前に落ちた銃を拾い、ゆっくりと立ち上がる。──個人的にはホルストに同情するな。


「おう、俺も丁度ぶっ放す所だ」


 アルン中尉は指で銃の形を作り親指を曲げる。


 その人差し指から轟音と共に閃光が溢れ、爆発がアウインの体を大きく吹き飛ばした。バキバキの仮面の隙間から血が吹き出し血の海を作り出す。


「死んでろ、ロクデナシ」


 長い静寂が目の前の光景をゆっくりと現実であると突き付けた。


 

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