第10話 気軽にヤロウ


 軍産複合体の国トラオム……いや、正しく言うのであれば軍事独裁国家トラオムが正しいだろう。


 全てが秀逸に管理されたこの国は驚くべきことに不満を持った人間は居ない。居たら殺されているだけかもしれないが……。


 不思議な事に男女は均一であり、国が決めた相手と結婚して、産まれた子供は一時的に国に取り上げられる。


 この国では遺体は頭より下は全て政府が持って行く決まりがある。どうしてそんな決まりがあるのかは謎だ。


 そしてこれからその国のトップである、総統閣下アウインの独裁的な裁判が僕達に分からせてくれるそうだ。


 高い天井の天窓に雨が打ち付け濡れている。


アウインは一つ高い位置のオフィスの椅子に座し、その前にある広間に軍の幹部らしき人物が6人、黒と赤の軍服の上に個性的なファッションを着飾っている。


「よし、被告人5名とおまけのエーリッヒ大佐、全員居るな」


 全員居るな、とは言っているが先程まで入口の近くに置いてあるベッドの上に居たノーシスの姿が見当たらない。


 マッテオとヨハナは軍の幹部の真反対に座らせられた。その隣にはバティスタとヘイディー少佐が二人を挟む様に座っている。


 ──顔を真っ黒な球体で隠された5人の黒いスーツ姿の男達が一列に並んで拘束されているのと猿轡に簀巻きにされた軍服の男性?がジタバタしている。


「エーリッヒお前に関しては最後だ、幹部全員が一発殴りたがっては居るが……まぁ、殺さんから大人しくしてろ」


「ムグゥーー!モゴモゴガーー!」


「コイツ嫌いだ」


 アウインはため息を付くと咳払いをし、改めてガベルを握る。


「今からヴァニタスを招き入れた奴の裁判とエーリッヒ大佐の処罰を始める。後ちょっとした知らせがある、楽しみにしてろ」


アウインのふざけた物言いに誰も気を許す様子は無く、油断しているのは多分ヨハナだけだろう。


 被告人の被り物と拘束を幹部の一人が背後から取り外す。


「で被告人その1は……国境警備員のエグモンド・ロセリ。国の監視データでお前がヴァニタスを入れた諸悪の根源だと分かった。はい、死刑」


ガベルの叩く音が鳴り響く。


「ちょっと!待ってください──」


 突然巨大な怪物がエグモンドの背後から現れ食い殺した。グチャグチャと大口で咀嚼するせいでバラバラになってゆく人間が見えて胸が焼ける様な気持ち悪さに襲われた。


 怪物の体は肉と骨と内蔵が踊り狂うかの様に複雑に変形し、それはノーシスの姿を成していった。

 

「ゲェェェェプ、不味い」


血を吹くゲップのニオイはまさしく悪臭の一言だ。


 ヨハナは床に胃の中のモノを吐き出した。背中を擦っているとバティスタがニヤけヅラで吐瀉物を黒いビニールの中にかき集めている。


「おいおい、オフィスを汚すな、別に人が死ぬのを見るのは初めてじゃないだろ?」


 死は死だが余りにもグロ過ぎる、妻には目の毒だ。


「マッテオ……膝貸して」


 良いよと答えきる前に既に膝、というよりかは股に顔を埋めていた。息が荒く今は女性の体で良かったと思う反応するモノが無くてという意味で。


「次は警備会社社長のロックス・ランゲだな……貴様は──」


「お願いだ!殺さないでくれ!金ならいくらでもお渡ししますから!」


 幹部が黒い被り物と拘束を取った瞬間、アウインの言葉を遮り土下座するロックス。


「……貴様はタワーにヴァニタスを招き入れた、つまりは──」


「わ、私が居なければこの街の安全は保たれません!私には生きるに値する価値がある!」


 アウインを見上げて見苦しく弁明するロックスに銃弾を一発、足に撃ち込んだ。いつ抜いたか分からない程の早撃ちだった。


「グァァァァ!」


「俺の言葉を!2度も!遮るな!」


 もう片方の足に一発、左肩に二発撃ち込まれロックスはもだえ苦しみ、血に塗れていく。もう判決の予想はつく。


「いいか、警備会社イービルクライは元々レイブンが運営してたんだよ、効率が良くなると考えて貴様らランゲ連中に任せてたに過ぎん!」


 ロックスの顔は絶望に染まり歪ませ、ただただ顔を伏せて両手で祈り、恐怖から目を逸らした。


「ほら死刑だ、全く分かりきった事だろ?」


 気だるそうにガベルは叩かれ、ロックスの前にノーシスが立つ。


「あぁ……」

 

 彼は恐怖のあまり涙で顔をクシャクシャにしながら、「嫌だ!死にたくない!」と叫び入り口に向かって床を這いずり回る。


 しかし負傷している人間が逃げ切れる訳もなくロックスは首根っこを鷲掴みにされ持ち上げられる。


「シスター様、どうかお慈悲を!」


 必死な命乞いを聞きノーシスがアウインの指示を仰ぐ。


「ノーシス、慈悲として頭から丸呑みだ」


 邪悪な笑みをこぼしながらアウインは言う。


 ノーシスはコクリとうなずき口を変形させ両手でゆっくりとロックスを叫びと共に呑みこむ。


 そして腹の中からの叫びは遠くに消えた。


「見たか!アイツの死に様、養豚所で殺される豚みたいだったな!ははは!」


 この場で笑っているのバティスタとエーリヒだけで他の幹部は無愛想な顔を崩さない、どうやらおかしいのは格好だけのようだ。


「ノーシス、ご苦労だったな、私の隣に来い。次は処刑人を一人招いた……それとお前達」


 マッテオとヨハナを指差す。


「モンスタードール研究所の関係者だ……いや、その親族だ、顔を上げとけよ」


 アウインが指を鳴らすと入口からお辞儀を済ませて入る、黒と青の制服を着るトラオムの女性の警官だ。


 「警備会社イービルクライから来ました。ハイエント所属ナタリー・フロイドです。アウイン総統閣下にお呼ばれました事、誠に恐縮至極であります」


「フロイド?」


 ヨハナが顔を上げ、その人を見つめる。


「あぁ世辞をどうもありがとう……いや君のお姉さんが余りにも可哀想な死に方をしたものだからねさ、是非、私の前で復讐して欲しいんだよ」


 あくまで自分が復讐を見たいが為の要求……


「ふざけるな!私は!私こそはヴァニタス様に選ばれし大いなる人間だ!」


 幹部のモノに組み伏せられるがその反抗的な態度を示す。おおよそヴァニタスの洗脳の犠牲者なのだろう。


「見てのとおり、ウチの科学者セス・ロブレスは人格をイジられてすっかり奴の手駒だ、命令だ殺せ」


 もはやガベルすら鳴らさずに直接的な命令にナタリーは戸惑いながらも拳銃を引き抜き頭に銃口を押し付ける。


「人殺しは初めてか?」


「はい……」


 小刻みに震える右手を見ればそうだと誰でも分かる。そう、人殺しは震えるモノだ。


「お前の姉はヴァニタス様に選ばれた人間だ!使われて至極光栄だったろう!」


「良心の呵責をする必要は無い、お前の目の前に居るソレはヴァニタスを研究所に入れた張本人、姉の仇、死に値する命だ」


甘い囁きのままに引き金を引き、銃声を鳴り響かせ、床に脳漿をひくとアウインは満足気に拍手した。



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