第9話 愛が大きく見えすぎて


 マッテオは見知らぬ白い天井と嗅ぎ慣れた無菌室のニオイがする部屋のベッドの上で目を覚ます。


「マッテオ、大丈夫?」


 ──長い夢を見ていた気がする、死んでなかった。


「あぁ、大丈夫……、ん?何か声が……高い?」


 風邪でも引いたか?なんだか胸も重苦しい。


「あの……ね、見ても驚かないでね」


 マッテオは体を起こしながら、なにが?と尋ねる、そして目の前の姿見に写る自分に驚いた。


 ──見知らぬ女性が鏡に写っている。……僕なのか?僕なのか!落ち着け、触って確認して……無い!


「へ?……ナンデ?どうして?」


「説明しょーーう!」


 大声で仕切りのカーテンを開ける白衣の女がホワイトボードを引き回して現れた。


「あーーどうも!Drバティスタであります!

 自己紹介終わり!……で!今マッテオちゃんはどうしてチンチンさよなら状態のご機嫌マンコって感じになってるのはですね!それは何故か溶けてしまってた旦那さんをヨハナちゃんのご立派ピルツで体をコネてくっつけウキウキワクワク愛の工作してたらーーー!……女性に……なっちゃったんだよね……うん」


 軍の関係者は本当に変人しかいないな。


「元に戻るんですよね?」


「うん……それは大丈夫だよ……ほらヨハナさんの女性ホルモン取りすぎで……そうなっただけっぽい……それに…既に男に戻りつつあるから……そこら辺は……安心しってくっださーーい!」


 精神病棟から抜け出したんじゃないのか、情緒どうなってるんだコイツ


「因みに君の処女の血は頂いた」


「は?」


 ヴァニタスぶりに殴りたい相手ができるとは思ってもみなかった。


「半分嘘ー!処女はとってませーん!血液は取ったけどねー!」


「ヨハナ、僕もタナトスピルツを使える様になってきたんだ、このやかましい医者を使って見せてあげようか」


 額を床にバティスタの土下座は素早く綺麗なフォームだ。


「ほんと、すんません勘弁して下さい」


「……もういいですからしばらく二人きりにして下さい」


 バティスタは無駄の多いい何処かで見たようなピエロな動きで扉の外側に立つ。


「しばらくしたら様子を見に来るからにぇー」


ドアを勢いよく閉めてデカい音を立てて去った、患者に配慮とか無いのだろうなあの医者。


「……ヨハナ、心配かけたね」


「お互い様だよ、いつもは私が心配させてたからさ、マッテオが無事で良かった」


ヨハナが部屋の窓のカーテンを開けると、外の快晴が目に飛び込んできた、でも気持ちはぼんやりと曇って仕方ない。嫌な夢でも見てたのだろうか?


「……ヨハナには助けてもらってばかりだね」


「そこもお互い様じゃない?私が幸せなのもマッテオのおかげだからね」


お互い様……ね、正直何かしてあげれた気はしない。


マッテオはベッドから立ち上がり、窓辺の椅子に座る。──外は昨日の事が嘘かの様に人々が行き交っているのが見える。

 

窓外の快晴は鬱だが前に座る妻の顔はそれを和らげてくれる。


「ところで僕はどれぐらい寝てた?」


「15時間位だよ、バティスタ先生が騒いでも、マッテオは全然起きなかったよ」


「ちゃんと寝た?」


 ヨハナの一旦気になったらずっと起きる癖があるから心配だ。きっと杞憂だな、目にクマは見当たらない。


「うん、マッテオを抱き枕にして寝た」


 その言葉に先程鏡に写っていた姿に違和感を覚え姿見を覗き込んだ。首に噛み跡のようなものが見えるだけで3つある。


 チラリとヨハナの方を見ると気まずそうに俯いて顔を赤くしている。何処までヤッた!


 慌てて服を脱いで確認すると胸にもクビレにも太ももにも噛み跡がある。Oh、そんな言葉しかでない。


 少し間を起き、知らない女性じぶんの姿に恥ずかしさを覚え、服を着て窓辺の椅子に深く座る。


「……その、ゴメンね」


「……まぁ、んん~、えっと…君はそういう趣味だったの?」


あったとしても理解ある夫して……向き合う必要がある?気がする。


「ち、違うよ!マッテオだったから手を出したワケで、そんな趣味はありません!マッテオがエッチィのが悪いです!」


 まさか自分がそんな事を言われるとは……、ややこしいが股に違和感は無いからまだ致命的なラインは超えてない……はず。


「まぁ……取り敢えずこの話は一旦忘れて、昨日のドール襲撃の情報が知りたい」


 リモコンを手に取りベッドの前にあるテレビをつけた。けれども、あるのはつまらない番組とくだらないCMばかりで知りたい情報は皆無。マッテオはテレビを消して、国内専用のインターネットを閲覧する為携帯を探す。


「うーん、ヨハナ、ちょっと携帯を貸してくれないか?」


「いいけど……」


 何か後ろめたさを感じる振る舞いに予測は付くがそれを指摘するのは今じゃないし、余りヨハナのプライベートを勘ぐるモノじゃないな。


 渡された携帯には自分の寝顔が写っていた、ヨハナの顔をチラリと見る。ニヤついていた。幸せそうでなによりだ。


 昨日の事に関してネットのコミュニティを閲覧して回ると少し分かったことがある。全体的に何体キリングドールを倒したか自慢する輩とタワーに登る僕達についての考察やアウインの正体についての考察がなされていた。


 正体を知ってなんになると言うんだか。


「私にも見せて」


「大体分かった。ありがとう助かった」


 ──妻は喜びに反して僕の気持ちはモヤモヤして仕方ない。でも何処かで経験した事のあるようなこの気持ち。


 ぼんやりした思考と目の前の愛しい伴侶を見て思わず「……君への愛が大きすぎるのかな?」と声が漏れた。


「え!なになになに!デレ!デレなの!?」


「い、いや、ちょっと、僕の祖父が言ってた事を思い出してたら口に出ちゃっただけだから」


「じゃあ、小さいのねマッテオの愛は」


「そうじゃないよ!ただ、君を愛するがあまりそれ以外がモヤモヤして仕方ないんだ!」


 顔を真っ赤にしてがむしゃらに話すマッテオにヨハナの心の高鳴りが止まらない。


無言で担がれたマッテオはベッドの上に押し倒され、困惑とざわめきに冷や汗をかく。


「もう、躊躇しないから私」


 馬乗りになられるのは何回目か、妻の目はギラギラと鋭く見つめてくる。


 ヨハナの頭のピルツがムクムクと大きくなり、そして濃い青いカビのニオイが漂って思考が真っ白になってゆく。


お互いに情に駆られて熱いキスをした。

 

 その瞬間、雰囲気をぶち壊す様にスライドドアを勢いよく開けられ仮面の軍人ことアウインが入ってきた。後ろにはバティスタとノーシスが控えている。


「おい、百合夫婦、今からヴァニタスを招き入れやがった奴の有罪率90%の総統裁判するぞ!お前らも参加、いや、連れて行く」


 指を鳴らすとアウインの後ろに居たノーシスがベッドを担いで持ち上げた。


「バティスタも来い、任せたい仕事があるからな」


「了解であります!」


 バティスタはベッドに飛び乗る。


 あっという間の事で二人は固まる。雰囲気ぶち壊しの上に生殺しのムンムン、無駄にデカい廊下にそのニオイを撒き散らしている。


ヨハナがソッと僕の上から降り、隣に座るとそれとなく手を握り、互いに不器用に笑う。 


「えへぇ、百合、イイですね~」


 マッテオはバティスタの横腹に蹴りを入れて落とそうと試みる、嗚咽を出し、下半身がベッドの外に出ているがノーシスは気にすることなく動き出す。


「あっ、ちょっと、ノーシスさん私落ちそう、落ちそうですー、助けて」


「ミューズタワーの最上階にある閣下の事務室まで耐えて下さい」


 ──何はともあれ、何故アウインは裁判を見せたがっているのか分からない、それが見せしめの為なのか、それとも何らかの形でタナトスの力を使わせたいのか、いずれにせよ覚悟はしないといけないだろう。


 独裁者の所業が夫妻を待ち受けるのだった。


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