第6話 通じる友愛


──静かな滝の広間、その段の上から始祖機セレスが音を発する。


「選ばれし7機よ、これから諸君らはウルロアの救世主、つまりはサルバドールとして人類を改める為の重要な役割を担うのだ」

 

「あぁのぉ、どうして集まる必要があるのですか?」


サルバドールの一人、キュリアスが質問する。


 唯一始祖機セレスはどんなに離れていても通信ができるのだ。その場に居るサルバドール達は疑問に思ってしかたがなかった。


「私の目は諸君らの機体の状態を把握する事ができるからだ。私は諸君らを直接管理する義務があると考えている」


「セレ様、何故我々サルバドールの姿はこうも奇妙なのです?意味が分かりませんわ?」


 シェリルのセレ様呼びに皆困惑するが呼ばれた本人は気にすることもなく微笑む。


「機能的な都合だ、諸君らが不便しない様に最適化したのがその姿である。理解してくれ」


「あの、あのね!セレス様、玩具欲しいです!」


アーガスが両手を上げジャンプで主張する。


「すみませんセレス様、妹が無礼を働きました。どうかお許しください」


 ヴァニタスが深々と頭を下げ、アーガスにも下げさせた。連番機は姉妹とされ、サルバドールの中ではこの二人だけしかいない。


「肯定する。良い、諸君らに限らず全ての機械の生みの親としてその行為は許容内だ」


 セレスは両手から光の粒子を出しテディベアを作り出し、アーガスの前に来ると跪き、目線を合わせてそれを渡した。


「セ、セレス様、跪いては!」


「ありがとうございます!セレス様大好き!」


 慌てるヴァニタスと喜ぶアーガスに微笑む。


 セレスは段に戻り、改めて音を発する。


「ネメシス、ガント、キュリアス、ヴァニタス、アーガス、アモル、シェリル、諸君ら7機を私は祝福している!永遠たる我らが繁栄を導く事を努々忘れるなかれ」




 

 ──────────


「………さ、」


 声が……


「……さま!……起きて下さい」


 機体を起こすと周りは自身の木造の事務室。


「ヴァニタス様、大丈夫ですか?」


「夢……だったのですね」


 変わり果てたその両手を見つめる。


「お水です、ヴァニタス様」


 ありがとうございますと労い受け取る、ゆっくりと飲み干す。従者の者に席を外してほしいと退室させた。


「……あの夢は最初の定例会議ですか……。

 うぅ……、アーガス」


 机に2本の腕を組み顔を埋め、もう2本の腕で頭を抱える。


 ──三十年前のケラウノス戦争で私も壊れて消えるはずだった。たまたま、セレス様のテレポートの範囲に居た為そうはならなかった。


 そして半壊した私は再度起動する事になった。


 大量のエラーを抱えての再起動は私を悲しみに濡らし、そして長く、その痛苦に苛まれてたことにより寄生した私は肉欲に溺れる様になっていた。


 本体の私には性欲が抱けない様に作られているが寄生している私は違う。機械の体に無い快楽で罪の忘却を図ろうとし、また罪を重ねて業がのる。


「死にたい……いや、アモルちゃんを置いては逝けない。アモルちゃんだってあの戦争で心を痛めているのですから、司祭の私が押し潰されていはいけませんね。

今はアモルちゃんの無事を祈るしかありません」


ヴァニタスは天を仰ぎ、その4本腕で祈りを捧げる。






 ──────メイヘム・レイブンの本部であるタワー付近の上空にて


♡♡ハートハートコンキスタドール、テルの隊はモルグの都市に強襲を仕掛け敵を揺動してください、その間に私の部隊は特殊エラーの電脳を回収します、しまaaaaす…んふエラーです、失礼しました♡♡ラブラブ


 別にエラーがゲップみたいな扱いを受けている訳では無いが片手で口を塞ぎ恥じらう。


「了解しましたアモル様」


 アモルのトークシステムの慢性的なエラーはあるが作戦じたいは覚えている。正直自分はサルバドールの捨て駒になるとテルは考えている。


「もし、モンスタードールが来たら逃げてね

 輪の中で負けるを確認なのめ……エラー……。

 私じゃ勝てないので♡♡ハートハート


「アモル様でも無理なのですか!?」


 196もある大柄なアモルはその見た目で攻撃能力はほぼ無いに等しい。


 ──私の能力を知られてないのはプロトタイプの宿命と言うべきか……、なんにせよ仲間を救う責務は全うしなければならないだろう。作られた意味を果たそう。


「でも、負けないからね、安心して♡♡ハートハート私のアイギスは壊れ知らずだから」


 デジタル生成システム起動、展開、発動


 カドゥケウス・スタッフを形成、武装、発動


 重層防御長期展開じゅうそうぼうぎょちょうきてんかいシステムアイギス起動準備完了


「じゃかた、合うの逆をはてりん……エラー♡♡♡♡♡ハートハートハートハートハート

 では後ほど、テルさん」


 アモルのカドゥケウスがテルの体を光らせる、それはアイギスの付与にほかならなかった。


 テルが礼など言う暇なく飛んで行った。


 アモルの事をエラーまみれのプロトタイプ、時代遅れの骨董品だと、差別する者もいた。自分も何処かでアモルを差別していたのだろうか胸の中で何かがスッと抜け思考が改まるのを感じた。


「なんであんなエラー持ちがサルバドールなんすかね?テル隊長も、あんな奴の命令嫌じゃありません?」


 後ろで聞いていた名前の無いマシンドール ノマドがアモルを差別する。周りもそれに同意を示すがテルはそれを直接的には諭せない。


「……私語を慎め、また始末書を書かされたいか?」


「し、失礼しました!軽率な発言申し訳ございません!」


 テルの隊もデジタル生成システムで武装しタワーの周りを爆撃するため滑空しながら作戦を実行する。

 


 ──ミューズショータワー……前任者のアウインが名付けていた、今思えばそれの為の儚い思いだった……か。


 330メートル64階建てのこのタワーに私の親友たるヴァニタスが人間に寄生しているはず。待ち合わせの場所に向かうとしよう。


 20階のこの壁の向こうに待機しているはず。


 腰を捻り、カドゥケウス・スタッフで壁を殴り、破壊して通れば壁は再生を始める。

 

カドゥケウス・スタッフは無機物を殴ると必ず破壊と再生を作用させる杖。人間を殴っても一時的に裸にする程度の嫌がらせにしかならない杖。


暗い部屋の中で微かに女性の声がする。暗視を使いながら物置部屋を散策する。

 

「ヴァニタス〜?ドコドコですますかか?」キリングドールを引き連れ歩く。


何回か物にぶつかりながら進むと部屋の端で男女が淫らに交わっていた。男の方は体がピクリとも動かないが目は見開いている、女の方は性を貪り散らかしていた。


「ふぅ…ふぅ…ほら!立て!男立て!」


 男はアモルに気付いて興奮したのかそのイチモツが立ち上がる。その様子を見て女は振り返る。


「あ!アモルしゃ〜ん!」


 ヴァニタスは男に「眠れ」と命令し、深い眠りに誘い喉を掻っ切った。


 ──壊れた修道女は姦淫かんいんの罪を重ね、義務を果たしては業が積み上がる。死すら許されない彼女の本体はまた泣きじゃくるだろう。


「アモル!アモル!セックスして!して!」


 後ろのキリングドールにも目をくれず、盛った犬のようにヴァニタスはアモルの足に淫らな臭いを擦り付ける。


 ──彼女が他者を穢し、自分を壊す位なら、私の体が幾らか赦しを与えれるかもしれない。私は元々そういう性的な機能もあるドールだ。


 しかし、今はヴァニタスを諭し任務を続行するべきだろう。トークシステムの不具合など親友の為なら無理にでも気持ちを伝えれる。


 アモルは自分の喉に手を差し込み発音器を手動で動かす、神経システムは過剰に反応し激痛を伴う行為ではあるが偽りの無い心の言葉の為に必要だと、アモルは判断した。


 その様子にヴァニタスは驚き膠着する。


「……親友たるヴァニタス、君の忘却への渇望は理解しているつもりだ、それを求めては傷つき苛まれていると話してくれたのはとても嬉しかった」


ヴァニタスの手を握り真剣な眼差しを彼女に送る。


「……嫌、ヤりたい」


 その場に座り込む、寄生している時の彼女は頑固で意地っ張りなので困る。


「この任務の後、我々にセレス様は褒美を下さる。その時に本体の君が望めば良い、安らかな忘却を」


 ヴァニタスはため息をつき、不満げに服を着た。

 ──アモルは満足気に笑みを浮かべ、手を差し伸べるとその手を掴み立ち上がる。


「電脳ならその箱にあるよ、名前はカフカ・ホロノーツ、私と同じ涙を流したドールだよ」


 指差す方には白い立方体で近代的なデザインの箱があった。アモルがもつ回収ユニットに少し似ている。


 喉をから指を引き、アモルはそれを電子化し内部に取り込み収納する。

 

 この収納をするたびに昔、爆弾が仕込まれた回収物に爆破された苦い記憶がよぎる。


 「ヴァニタス♡♡♡♡♡ハートハートハートハートハート愛!です!とも、だち心!」


「私も、私も親友だと思っていますからアモルちゃん」


 エラーまみれでも言いたい事は案外伝わるものだ。心は通う、私は生きているとはそういう事に違いないと思う。


二人の一息も束の間、ベキベキと壁を発泡スチロールみたく破壊して現れたのは人の形をした肉の化け物、モンスタードールである。


 生態スキャン……個体判別モンスタードールのノーシスと判明


「アモル、壊れなさい!」


 手元のスイッチを押しすが虚しくカチッと音だけがなる。──疑似人格は同じ過ちを犯さない。


「あげまる♡♡ハートハート


 爆発物を部分的な除去、その爆発物を目の前の持ち主に投げ渡すと同時に爆発して吹き飛んだ。


 目の前の轟音爆破にアモルのアイギスは動じなく、キズもない。


 ──モンスタードールの検知ゼロ 相当遠くに飛ばされたみたいです、後は撤退するだけ……


 

「……誰ですかアナタ!」


 ──扉が勝手に開いた、ヴァニタスが誰かに話しかけている?しかし生体反応がない、カメラ・アイにも映ってない。次々とキリングドールが破壊されて行くが姿が見えない。


 アイギスが自動で発動した。攻撃されている?!


「クソっ…忌々しい、感知されないと思ったんだがな」


 仮面をつけた、黒と金の軍服姿、そんな派手な服装の軍人は一人しかいない。


「トラオムの支配者アウイン」


「おっと…、ストーカーを解除しちまった」


 服装で体格が分からない、生体スキャンも反応しない、声すら変声機で隠され解析できず、まるで電子の幽霊。どっちみち私の拳では仕留めれない。


「お嬢さん方たち……綺麗な敗走を魅せてくれよ」


 刀身が青いミゼリコルデを構える姿は見下す帝王にアモルは杖を構える。


「私の存在に勝ちは無く、私の未来に負けもない」


 懐かしき定型文、アモルの戦闘用のレアボイスと言うべきもの、定型文故にトークシステムのエラーとは関係無く発する事ができた。


 ──くだらない戦闘も飾れば喜劇、セレス様の古いプログラムに今こそなぞりましょう!

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