第5話 酒と女としがらみと

──ずっと、ずっと、孤独だった……。誰も彼もが私を見なかった──。だからだろう、余命宣告を受けた日、私は悲しくなかった、一人ぼっちで死ぬのも怖くなかった。


……私は今の私になる前から心は死んでいたのだ。


 友達が死んでも悲しくないのはモンスタードールになったからじゃない。元々私は心無い人間だったのだ。


「……マッテオ」


 つい、彼の名を呼んでしまった。多分、私は何かを彼に求めている。それが慰めの言葉なのか、次にやるべき事を聞きたいのか…。

 

──あぁ、私は何故、馬鹿になりきれなかったのだろう。


「……救えないはずの命にヨハナは立ち向かった。救おうとした。それを偽善と笑う気はないよ」


 アナタらしい、素直じゃないけど、気遣う気持ちが伝わってくる。


「戦いなのだ、失うのが常だよ奥方……、

 それと……そろそろ服を着てくれますかね?

 独り身のハルト准尉には目に毒だ」


 少佐殿!とこちらに背を向け叫ぶハルト准尉を見て、マッテオは慌ててヨハナを部屋に連れて行くのだった。



「……マッテオ」


「ん?どうした?」


「自分で着替えれるけど」


 部屋に付くなり下着に上着に白衣まで着せて、手早くやるものだから言いそびれたけど。


「……悪かったね」


「いいよ、お姫様になったみたいだから」


 前は一緒に暮らしてるのに互いにすれ違ってたせいかは分からないけど、二人で暮してるって気はしなかったから、なんだか嬉しい。


ドアの向こうからヘイディー少佐が入ってもいいかと尋ねる声がする。


「今開けます」


ドアを開き、少佐を招き入れ、リビングの椅子まで案内する頃にはマッテオがもてなしの料理をいつの間にかテーブルに運んでいた。


「おやおや、美味しそうなスープですね……デッドマンビールとかあったりするのかね?」


 お酒は二人して余り飲まないのでマッテオが確認しに向かう。その間の席をヨハナが気まずそうに座っていた。


(この人、前々からマッテオと親しげだけど……、どういう関係なのかしら)


「奥方」


「は、い?」


そういえば、マッテオ以外だとジェシカぐらいしか会話したことがなく、人見知りだったことをヨハナは思い出し戸惑う。


「ジェシカ・フロイドはヴァニタスの能力によって死んだ。君のせいではない。まぁ…私の言葉では余り慰めにはならないだろうがね」


 彼が気遣うのは意外だった。けれど、私は皆が思っているより悲しくない。辛くない。でも、少しは楽になれるかな。


「気遣いありがとうございます……」


 ──……………………………………。

 あれ?会話ってこんなに続かなかったっけ?

 沈黙が痛痒く、ソワソワして落ち着かない


「あの!……夫とはどうゆう関係なんですか?」


 ヘイディーは顎に手を当てて少し考え込む。


「ん…?彼との関係?なんと言えばいいのかな。

彼とは奥方と結婚なされる前から関わりがあり……、個人的な依頼もたまにしてたり……、私の中では友人ですかね」


 話しを遮るようにわざと音を立てながらビール瓶を置き、並べた。


「ただの依頼者だ、友人なんて思ったことはない」


 そう言いながら彼のコップに酒を丁寧に注いでいく。


「……、奥方も彼のツンデレには困らされてませんかね?全く素直じゃないでしょう?」


 マッテオは私の裸を見た時と同じくらい顔を真っ赤にして彼の意見を否定している。本当に友達なのだと思える程に二人は楽しそうだ。


「ったく、僕はお前が嫌いだ、……それより今後に付いて話したい。ヘイディー少佐殿」


嫌味ったらしくそう彼の名を呼び、私の隣の席に座った。


「まぁ……夫妻方は確実にモンスタードールとしてアウイン総統閣下の手駒になるだろう。嫌かね?」


「僕達の命の保証があるなら文句はない」


 マッテオは自分の中の世界しか興味がなかったけど、今はその世界に私も居る。でも彼は一緒に戦場に行ってくれるだろうか?私は不思議と怖くないけど。


 タナトスピルツの効能なのかも知れない。


「モンスタードールは基本的に、大なり小なり不死性を持っている、夫妻方も先程の傷が癒えているのを見る限り、簡単には死ねないだろうね」


 タナトスピルツの繁殖能力がそのまま生命力に転じているとマッテオが仮説を立ててたけど合ってたみたい。


「聡明なDrヨハナにも意見を貰えるかね?」


「あっ……えっと」


 不安で隣に居るマッテオの手を握りしめた。


「そういえば説明がまだでしたね」


 マッテオは私の身に起きた事を包み隠さず話した。


 馬鹿になりましたって説明するだけなのに色々とオブラートに包みながら遠回しに遠回しに説明してくれた。


「成る程、馬鹿になったのかね、困りましたな」


 そんなマッテオの気遣いはたった今無駄になった。


「スゥー……、少佐殿には手心はないんてすかね?」


なんだか嬉しくて彼の手どころか、腕まで抱きしめていた。そのことに気付いたマッテオは唇がムッと、力んでいた。


「前より、夫婦仲はお熱いようでよろしいですねぇ」


「っ……」


 マッテオは私をグイッと引き寄せた。ドキドキと彼の心音が聞こえてくる。


「……それから僕らを別々にするのはやめてください」


 おわーー!え!?家の夫こんな人だっけ!?タナトスピルツで大胆になっちゃった!?それは私か。


「別に構わないよ。何なら営みだって許しますよ」


「っ……、余計なお世話だ!」


 ……次の作戦は考えついたから今夜にでも実行したい!性夜よ!性夜!妊活とか生温いことしないんだから!


ドアが乱暴に開けられ、ハルト准尉がミュラー少佐の元へ早足で詰め寄り耳打ちをする。


「…………成る程、奥方、少しお聞きしたい。

ここのタナトスピルツは絶対に繁殖はしないのかね?」


「え、えぇ、そうです。私が許可するまで絶対に繁殖しません」


デッドマンビールをイッキ飲みして、不敵な笑みを浮かべる。マッテオは露骨に嫌な顔を見せた。


 「トラオム国の首都モルグにサルバドールが接近中との事だ、だいたい3時間頃には我らがメイヘム・レイブンの本部であるタワーと接触する。

 喜び給え、総統閣下アウインからの直々の命令だ。モンスタードール2名は即刻、モルグの防衛にとの事だ」


 えぇ!まだ身支度とか済ませてないのに!手帳探さなきゃ。


「だが、ここから首都までは車で3時間はかかる。

 それに今お酒を飲みましたよね?」


 そこはアルノー軍曹に任せると言うミュラーにハルト准尉は気の毒だとつぶやく。


「あの、ジェシカの灰を持って行ってもいいですか。せめて妹さんに渡したいので……ダメでしょうか?」


「手早く済ませてくれ給え、二時間半の疾走、車の旅が待ってるからねぇ」


 黒いビニールの袋と輸送用の箱を探しにヨハナは自室に向かった。


 ──リビングに戻るとヘイディー少佐はレオン大佐は死んだとマッテオに告げていた。


 「レオン大佐が……しかしそうですか……、カフカ・ホロノーツがマシンドールだったのか」


カフカってあのやたらマッテオに近づいて来た子よね?


「おや、来ましたか、では手早く行きますよ」


 皆で廊下を出て、ジェシカの灰を袋に詰めると少佐が大声でダッシュ!と叫ぶ。


 ──この施設は地下7階まであるが二人で住んでいた部屋は5階にある。一階にはジャミング装置があるけれど、マッテオが見た時には既に壊れていたそう。


「なぜ、僕はヨハナを抱えて走ってるんだ」


「良いじゃない、お姫様抱っこは子供の時の憧れだったの!それに浮気の分はお願い聞いてもらうから」


「もう、浮気したのかね」


誤解を招く言い方に案の定ヘイディーが食いついた。


「誤解だ!僕は断じて不貞なんかしてない!

 僕だって被害者だ!」


「キスは浮気に入らないと思ってるの!

 後で車の中でヴァニタスよりも……こう…、ドスケベなキスをするんだからね!」


 ハルト准尉がゴフッと、むせ転んだ。


「おやおや、准尉も抱っこを希望ですかね?」


「それは本気でやめてください」



 ──地上に出ると銃を向けられながら目の前の装甲車に乗り込んだ。ヘイディーはアルノー軍曹に酒を渡し、車を走らせた。


「よく見たらコレ、デッドマンビールじゃないですか!こんな高級酒どこで手に入れたんですか!?」


「ん?夫妻方から貰ったのだよ」


 ミラー越しに何やら凄まじく情熱的なキスが行われている二人をちらりと確認する。


「お酒、有り難く頂戴します」


「……ぷはぁ、別にいいのよ、もてなしでしか出した事殆どはなかったもの……ほら、もう一回!」


 マッテオの真っ赤で涙目の羞恥している顔を見てヘイディーはこっそりとニヤける。


「ん?どうしました少佐殿?」


「はは……気にするな、過去の夢を見ただけさ」


車は風を切りながら走り、遠くから人影が見える。


「……キリングドールだ」


 少佐の中では道のど真ん中でこちらに向かって来る敵に下す命令など決まっている。


「構わん、轢き潰せ。

 轢いた程度でぶっ壊れる装甲車じゃない

 トラオム国の軍用車が壊れるものかね」


 ガゴンと、車体が上下に揺れるがヨハナはまだキスを止めない。マッテオは揺れのおかげで少し離れることができた。


「ハァ…ハァ……もう……、許して……死んじゃう……から」


「なに、言ってるの!もっと上書きのマーキングするの!私の唾液の味を覚えるまでやるから!」


 モンスタードールのヨハナの怪力に抗えるはずも無く組み伏せられるマッテオ。キスの度に揺れる車体。


「こうなると車が横転しないか不安になるというもの」


「えぇ、キリングドールが少しづつ増えていますね」


遠くで首都モルグの方から煙が上がっていた。正面右の大空に黒い点がわらわらと近づいて入るのが見えた。


「凄い事になってる」


「ハァ……キスで息が上がる事が…ふぅ…、あると知ったばかりなのに、あんなのにどう対処すればいいんだ?」


 首都モルグの防壁。そのゲートの向こうからのなにかがフロントガラスに突っ込んでき、慌てて皆、車の外に出る。


 目の前の修道女が異形な片腕でマシンドールの頭を潰していた。 微かにマシンドールがピクっと動くと今度は両手で胴体をバラバラに引きちぎり、こっちをまじまじと見つめている。


「……何故お前がここに居る。

モンスタードールのノーシス」


 ──この人も私と同じモンスタードール、なんてスケベオーラ!マッテオから遠ざけなきゃ。

グイッとそばに引き寄せられるマッテオはなんとな~く察して真顔になる。


「貴様!私の姉との約束を破ったのか!」


突然少佐は怒号を上げ、ノーシスに飛び掛かり馬乗りになると首を切り裂き喉を開き、眼球に突き刺し脳ミソをかき回す、喉から腹にかけてかっさばき、肺腑を抉る。

 

 人間なら死ぬはずだが馬乗りにされているノーシスは体を再生させながら申し訳そうな顔をする。


「あっ……と、今は止めましょ?義弟くん」


ピタリと、ナイフを止めると肩を押さえた。


「……ハァ、傷が開いてしまった。

それから貴様に義弟と呼ばれる筋合いはない、何故なら姉は貴様と契を交わす前に死んだからだ。

 姉以外とは結婚しないと言ったくせに、私を安心させると言ったくせに。虫酸が走る」


 その言葉をかけられる度にノーシスの顔が陰る。

「ごめんなさい」と言葉を残し、羽を生やしその場から飛び去った。


 気まずい空気の中、轟音と悲鳴が耳を刺した。


 戦争の空気、闘争の匂い、煙が上がるタワーを見て、少佐は笑う。


「ハハハ……!行くぞ夫妻方。戦いとは祈りだ、安寧と野望を欲する祈りだ。その果てに勝利がある。

 そう心得給えよ夫妻方。初陣を綺麗に飾ってやろう」


「やるしかないのか……」


「大丈夫よ、私達は世界一の激強夫婦なんだから!」


 今度はヨハナがマッテオを両手で抱えてメイヘム・レイブンの本部に向かって走るのだった。

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