第2話 軍人生讃歌


 事は一刻を争う、と言われ総統閣下アウインに戦場と化した元国立地下研究所…、もといギュルケ邸にヘイディー・ミュラーは上司のレオン大佐の元へ急いで向かっていた。


「全く楽しみだ、久しぶりの戦場は胸が高鳴る」ヘイディー大尉は部下と不敵に笑う。送られてきた報告書には雑兵のキリングドールが百体にネームドのマシンドールが一体が居るそうだ。


 ヒューマノイド達の中にマシンドールという戦闘用ロボを指揮するロボがいる。その中で功績を挙げた機体は始祖機セレスから名前が与えられる。人間で言う勲章のようなものだ。


人類は過剰にヒューマノイドを恐れている、というのも全てマシンドールのせいだ、アレらは人を理解するために人を模倣し疑似人格を形成する。


もしかしたら隣人がヒューマノイドで殺しに来るのでは、と疑心暗鬼になり恐怖と不安がこのトラオム国の国民に銃器を持たせた。軍事国家にとっては人材の補充に好都合、故にプロパガンダを延々とたれ流し続けている。


 装甲車が目的地に付くとマークスマンライフルを手にヘイディー・ミュラーと部下はモルスケルタ死は確かと敬礼して迅速に出撃する。………しかし、すでにその場所は後の祭りだった。張られたテントの数に愕然とする。


「どうゆうことでしょうか大尉」黙るようハンドサインを送り、付いてくるよう指示した。人気無い野営地を出来るだけ音を殺しながら駆け抜ける。


 そして野営地を抜けると赤と黒の軍服を着た死体とメラメラ燃えるスクラップが目に映る、ヘイディーはその有り様を眺め歩くと、話し声が聞こえてきた、生存者の元へと戦場を駆け抜けた。


「ハハハ!なるほど、腑に落ちるよ綺麗な君」血だらけのレオン大佐が話していたの両足がない白衣のマシンドール。

 

「出血量46%……しぶとい人間ですね」火花と放電を鳴らす、どうやら完全な相打ちになっているようだ。ヘイディーはレオン大佐の側に立つとそれに気づき喜び笑った。


「どうやら演目に遅れたみたいかね?大佐殿」

「いや、全くヘイディー大尉はツイてないよーだね、……あぁ、あちらカフカさんでございますヨ」体が動かないのかこちらを見らずに真っ直ぐカフカというマシンドールを見つめている。


「……たかが二十匹のザコ強化兵如きに負けるなんて屈辱的にも程がある」砂嵐が交じる音声の中には微かに感情的なものを感じた。


ヘイディーがカフカに銃を向ける、喋らせて置く理由が無い故に。しかしレオン大佐は銃を下ろす命令を下す。ヘイディーは命令を聞き入れ、理由を訪ねる。


「カフカさんはわざわざタナトスピルツが外に出ないように工作してくれたんだ。それに私と踊ってくれた婦人だ、撃つことは許さんヨ」どのみち死ぬ……いや壊れる?が正しいのだろうか。ヘイディーがレオン大佐の傷の具合を診たが見たままの通りすでに手遅れだった。


「婦人?私が?マシンドールに性別は無いんだけど、そんなことも分からないなんて頭の悪い人間ですね」悪態を付き煽るカフカにレオンは優しく笑う。


「なに、些細な事ヨ、嬉しいのさ、この瞬間さえも」死に際に立つレオンは嬉しそうにしているがなぜ嬉しいのかカフカは理解できない。


「……死ぬのが怖くないのか?」至極当然の質問だろう、生物は皆死を恐れる生き物だ、どんなに世を呪い、憎んでいても生きていたいものだ。


「私かい?そうだね……舞台せんじょうで踊るのが好きでね、だから終演は必ずやらなきゃいけないのさ、永遠は存在しない」ふと、ヘイディーはレオン大佐がいつも腰にぶら下げていた拳銃が無いことに気づいた。


 その事について尋ねると嬉しそうに「ギュルケ夫妻方にあげたよ、アレらは単なるコレクションの一部だからネ」一番のお気に入りだ、と話していたのにそれを渡したと言うことは相当に夫妻方を気に入ったのだろう。


「……カフカは死ぬのが怖いのかね?」ヘイディーの問にレオンは苦い顔をした、引っかかりはしたがその答えは直ぐに分かった。


「……嫌だ」──ロボットが泣いている、こうなることをレオンは知っていたからあえて聞き返さなかったのかと腑に落ちる。


カフカは手首しかない腕を必死に動かし、その場を去ろうと試みるがバタンと横に倒れるしかならなかった。


「やれやれ、意地悪ダネ、私は舞台の上のピエロ、最後の最後の相手には笑っていて欲しかったのにサ」人に近いマシンドールは性能が上がれば、真似する人物によっては恐怖を覚える。カフカは涙を流すがそれ以上の事はしなかった、絶望し諦めたのを見てレオンは不満そうにしていた。


「綺麗な君、この瞬間は寂しく感じるかい?したらば」レオン大佐は臓物を片手で抑えながらカフカの元へよった。そして反対側の手でカフカの脇の下を通しギュッと抱きしめる。


「これで一人じゃないネ、今の私では冷たいだけかもだけど」カフカは理解が追いつかない、こんな事に意味があるのか考える、答えが出ない。


「意味不明な事するなクソ人間」だがカフカ自身気づかぬうちに手首のない両腕で抱きしめ返していた。血で回路が故障しただけと、カフカは行動に結論づける。


「意味不明……か、これは愛で、優しさ、そして敬意だね。……ヘイディー大尉、軍の衛生兵を待機させてる、物音をたてるなと言っているのでメメントモリと叫んでやれば出でくるよ……それから私の我が儘に付き合ってくれてありがとう、感謝するよ」一頻り喋り終わると糸が切れた人形の様に崩れて倒れた。


 カフカが寂しそうにその死体に手を伸ばそうとした瞬間、ヘイディーは両腕を撃ち抜いた。困惑するカフカの前に座り目線を合わせる。


「な、なんで?」他者からの暖かさを知ったカフカは先程までなにもしてこなかったヘイディーに怯えと絶望を感じた。

 

「おやおや、まさか自分だけがなにかを憎んでいいと思ってるのかね?私はヒューマノイドが大嫌いなのだよカフカくん、親友的なレオン大佐の我が儘は通しきった、故にここからは私の領分だ」頭の中のデータチップを取り出すため、マイナスドライバーで目の部分の隙間に突っ込んだ。


 壊れかけのカフカの神経回路は過敏に痛覚信号を出しており、叫び声を上げるがヘイディーは躊躇なく弄くり回す。


「あぁ、ハルト准尉アルノー軍曹、野営地に戻って合言葉を叫んで衛生兵と合流してくれ、それとレオン大佐は英雄になりましたと報告しておいてくれたまえ」やめて!やめて!と抵抗するカフカに針金を突っ込み片目を取り除く、その様に部下はクスクスと笑いながらテント群に戻って行く。


 カフカは去る人間に思わず「待って!」と口走ってしまい、なりふり構わない態度を見てヘイディーはひび割れた顔を殴った。


「命を取っておきながらカッコの悪い事しないでくれないかね?でなければ、今すぐレオン大佐殿を生き返らせてみせろ」その言の葉が自分のものだと認識したと同時に驚いた、こんな感情があったのかと。レオン大佐は死んでも尚、興味と驚きを提供してくれる愉快なピエロだ。


 カフカの顔半分を破壊し中のデータチップに手を掛ける、少し熱っぽく艷やかな触り心地だ。電子媒体の全てがこれに詰まっており、今の時代にとっては不思議に感じる代物。


「嫌だ!やめて!」顔半分でも動き続ける様はもはや呪いにすら見えてくる。ただこの涙ぐむヒューマノイドを破壊しても良いものか?本来人格を形成する機構は破壊しても問題ないが……、貴重なサンプルとして少々手間ではあるがデータチップの横についている電脳器をえぐり取る事にした。


「……あ…、あもも、るるるる、……ニンゲン!殺す」エラーでも起きたのか。目が真っ赤に染まり、歯を鳴らす姿は血に植えた獣の様だ。


素早く管を切り、電脳器とその機械の間に放電など気にする事なく手を突っ込んだ、一瞬だけ青白く光感電したが強化兵であるヘイディーは怯むことなく取り出しカフカの電源をおとしてやった。


 「……さてと、夫妻方の屍が残っているといいのだかね」タナトスピルツの性質上、死体は無いと見たほうがいい。それにマシンドールが居るかも分からない、どちらにせよギュルケ邸内部の調査隊を派遣しないといけないだろう。



 ───次の日なると胞子の拡大防止の施設がギュルケ邸を覆いかぶる様に建てられていた。しかし、どんな非人道的な手段を用いればこんな十メートル弱のものを数十時間で建てられるのか……。ヘイディーは同じく黒い会社に務める者に尊敬の意を抱いた。


 予想通り調査隊が組まれ、何故か私も隊に組み込まれる事になった、菌糸を防ぐ防護服越しにあくびが止まらない。突然背中に衝撃が走る、誰かは検討が付く、エーリヒ大佐か……。

 

 「よぉ〜、ヘイディー少佐」女顔で容姿端麗な外見からは予想もできないほどに中身が下品で野蛮な男。レオン大佐はアレでも礼儀はあったがエーリヒはそれがない、挨拶代わりのこの殴りつけにもだ。


「レオンがおっ死んでよ〜、何人か昇進して!何人か鬱になってたぜ!ギャハハハ!」総統閣下は適材適所を心得ている方だがエーリヒに過剰な権力を持たせるのは正直どうかと思う。


「おまたせしました少佐殿」部下二人が防護服に身を包んで戻ってきた。だが既に調査隊が2組入って行っているのにあちらの不備で防護服が2着遅れて運ばれてきたのは些か不満だ。


 「なぁ、ヘイディーお前さ、総統閣下の姿見たことあるらしいなぁ?」神妙な顔の彼にヘイディーは懐から赤い紙切れを出し示した。


「総統閣下の秘匿命令を示す赤紙だ、それ以上の質問は止めてもらえないかな?」この赤紙に逆らえば例え上司のエーリヒも撃ち殺さねばならない、でなければ私が殺される。


「あぁ、総統閣下への質問じゃねぇ、お前に質問してんだよ」くだらないトンチな屁理屈だ。総統閣下アウインは正体をその時まで隠し通す気でいる、それに対して不満を感じるのは理解できるが大人しくしてもらえないだろうか?


「総統閣下に関わらないならどうぞ、因みに日本のカレーライスが好きだ」日本人は嫌いだが彼らも食文化は狂気じみていて好きだ。ただ何も言わず苦虫噛んだみたいな顔で睨み付ける。


エーリヒがため息付くと顔を揺らし、にこやかで気色の悪い声で「……俺に抱かれない」とヘイディーを口説いた。思考があっけらかんと止まり心無い目で、乾きと軽蔑の念をこめて「セクハラで訴えるかな」そこから一切振り向かず、部下にはハンドサインで付いてくるよう指示した。


 部下も笑うことも無い真顔、何故か付いてくるエーリヒ大佐、空気が読めないどころかずっと下ネタを言い続けている。控えめに言って死んでくれ。


 入口の前につくが扉の内側からガリガリと獣が引っ掻く様な音がする。扉が有無を言わせず開くと同時に紅く燃えた刃を生やしたドールがヘイディーに飛びかってきた。そして誰よりも先にエーリヒが対処に動き、それを撃ち抜いた。


後ろで「惚れた?」と騒ぐエーリヒをよそに倒れたドールを確認する。「マシンドールか……」カフカと同じく白衣を着ている。手にはタナトスピルツに関する紙の様なものを持っていたが容赦なく燃やした、胞子拡大防止の為だ。


 ヘイディーはドールが血まみれだった事を鑑みて、先に行った調査隊は全滅したかも知れないと脳裏に浮かぶ。そしてマシンドールがまだ居るかもしれないギュルケ邸に足を踏み入れるのだった。

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